理想の相手 Shooting & Kiss.

春嵐

01 ずっと

 鳴り続けるドアベルの音。うるさい。


 虹彩認証で画面を開いて、玄関先を確認する。


『おい。買ってきたぞ』


 扉の向こう。


 彼がいる。


「何よ。もう夜中の1時だけど」


『発売日だからだろ。開けてくれよ』


 夜中だってのに。この男は、女の部屋に図々しく上がり込もうとしている。


「何しに来たの?」


 でも扉を開けちゃう。私は本当に、だめな女。


「そりゃあもちろん、ゲームのためだろうが」


「明日も仕事」


「休めよ」


「休まないわよ」


「いやいや。いいから。休めって」


 ばかじゃないの。


 休むわけ。


「まあ、有給使ってなかったし、たまには、いいかな」


 ああ、ほんとにわたしはだめ女。


「よっし」


 彼。


 リビングに飛び込んでくる。それを、目で追いかけた。


「ねえ。ちょっと」


 そこは抱きつくとか、そういう、なんか、ないわけ。


「なんだよ。玄関に突っ立って。はやく入れよ」


「わたしの部屋なんですけど」


 彼。


 テレビの電源をいれて。ゲームの準備をしている。コントローラ。ゲーム機。接続と回線。


 その姿を見て、わたしは。わたしの思っていたことは、すべて妄想なのだと、思い知った。


 彼は。


 本当に。ゲームしに、わたしのところへ来た。


 深夜に、女性の部屋に上がり込んだのに。


 わたしに対して、何も、する気がない。


「出ていってよ。自分の部屋でゲームしなさい?」


 絶望感が、そのまま言葉になって彼の方向に飛んでいく。


「いやだよ。ふたりでゲームしようぜ?」


 このばか。


 子供か。


「ねえ。わたしたち、いい歳なんだよ?」


「いい歳ってなんだよ」


「わたし、アラサーになっちゃうんだよ?」


「アラサー。死語じゃねえか」


 言われて、なんか、自分が死んでしまったような、悲しい気分になった。


「いつだってお前は、俺にとって、あの頃のままだ。いっしょにゲームしてただろ。昔から。だから今日も、ふたりでゲームするんだよ。仕事なんか休んでさ」


「なんなのよ。もう」


 それでも。リビングに入って。彼のとなりに座って。コントローラを握る。だめなわたし。彼のことが、どうしても、きらいに、なれない。


「なんのゲーム?」


「シューティング。機械NPCが相手だってさ」


「あっそ。対戦機能は?」


「ねぇな」


「残念」


 ゲームの中だったら、こてんぱんに彼をやっつけられるのに。このどうしようもなく切ない気分を、彼に全部ぶちこんで発散できるのに。


「ほんとに残念だよ」


 言った彼の横顔は、本当に残念で、悲しい顔をしていた。


「ん?」


「あれ」


 敵のオブジェクト。動かないで

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