第8話 予想外の変装をさせられる

 

 家に帰ると、琳加りんかからRINEが来た。


 "リツキ、今日は本当にごめん。

 二度とあんな酷いことはしません。

 映画は本当に楽しみにしてるからっ!"


 おぉぅ……マジでクラスの女子からRINEが来る日がくるとは。

 それにしても、琳加は俺の眼鏡を少し拝借したくらいなのに罪の意識が凄いな。

 やっぱり、友達がいないと純粋過ぎる子になってしまうのだろうか。

 あいつに番長キャラは絶対に無理だろ。


 "別に気にしてない。

 俺も楽しみだ。"


 ふぅ……30分かけて執筆したのがこの文章である。

 めちゃくちゃ書き直したわ。

 長いとキモがられるかもしれないし。

 いや、でも素っ気なさ過ぎるかな?

 結局正解が分からずこのまま送って寝た。



 ~~~~~~~~~~



(ここが琳加のハウスか……)


 試写会当日。

 立派な一軒家の前で俺は立ち止まった。

 コレってインターフォン押して良いの?

 RINEで「着いた」って言えば良いの?

 不審者と間違われる前に決めなくてはならない。


「リツキっ! おはよっ!」


 しかし、すぐに琳加が玄関を開けてくれた。

 えっ、何で分かったの?

 ずっと外見てたの? 散歩が待ちきれない室内犬なの?


「あぁ、琳加。おはよう」

「――って、なんでいつもの鬼太郎の格好で来てるの。変装するんでしょ?」

「あっ、ついクセで。外ではいつも眼鏡かけてるからなぁ」


 俺が眼鏡を外すと、琳加はしばらく俺の顔を見つめた。

 顔に何か付いてます?

 琳加はまじまじと見つめると惚けた顔でため息を吐く。

 すみません、ため息とか吐かせちゃって。

 俺ってうんざりするような顔なんですかね。

 俺の顔から意識を逸らせる為に口を開いた。


「それにしても。絶対にクラスの奴には見つからないようにしないとな」

「リツキが眼鏡を外せばバレないと思うけど……? そ、それにリツキとだったら別に噂されても……」


 琳加は急にマゴマゴと小声になった。

 後半全然聞き取れなかったんですけど。


「違うよ、琳加が『吉春よしはる君以外の男と歩いてる』だけで問題なんだよ」

「……?」


 琳加は分かっていない表情だ。

 こいつ、マジで普段はボッチだったんだろうな。

 取り巻きがいる分、俺よりもずっとマシだが。


「いいか、お前は『吉春君が好き』って事になってるのに他の男と歩いてるのが誰かに見られたらどう思われる?」

「えっと、『琳加ちゃんはお友達が多くて頼れる人だな~』って」

「そんな琳加ちゃんは存在しないっ! いいか、間違いなく『琳加は男を取っかえひっかえしてるビッチ』って噂が流れるぞ!」

「び、ビッチ!?」


 琳加は顔を青ざめて頭を抱えた。

 気の毒だが、琳加に現実を見てもらう必要がある。


「友達どころか、卒業まで周囲に白い目で見られることになるな」

「そ、そんな……男の人と歩いただけで……」

「しかもその相手が陰キャの俺なんかだったとバレてみろ。もう卒業後も――ごめん、自分で言ってて悲しくなってきた」


 琳加はしばらく絶望していた。

『世間』というものの恐ろしさを感じ取ったのだろう。


 しかし、突然何かを閃いたような表情で顔を上げた。

 俺の顔を見ながら何かを考えている様子だ。


「……リツキ、やっぱり髪とかもそのままだと遠目から鬼太郎だとバレちゃう可能性があるよね」

「ま、まぁ、そうだな」


 確かに、琳加の言う通りだった。

 俺もシオンになる時は髪をメイクさんにいじってもらってるし。

 もちろん今日も映画館に着いたら、サプライズの舞台挨拶の前にやってもらう予定だ。

 上手く琳加の前から抜ける事が出来るかが問題だが。


「髪を後ろにまとめるか……琳加、ゴム持ってる?」

「えっ……あぁ! ヘアゴムね! もちろんあるよ!」


 琳加は突然顔を真っ赤にした。

 こいつ、熱でもあるんじゃないだろうか。


「でもリツキ、髪をゴムでまとめるだけじゃバレちゃう可能性がある」

「ま、まぁな……でもどうすれば?」


 琳加は悪童のような笑みを浮かべると俺の腕を掴んできた。

 何か良からぬ事を考えているんじゃないだろうか。


「映画まで時間もあるし、私の家でリツキを変装させちゃおう!」

「いや、家に上がるのは悪いだろう」

「大丈夫、家族は温泉旅行に行かせ――行ったから! 明日までは帰ってこない!」

「お前は置いていかれたのか……可哀想な奴め」

「いいから、ほらほら!」


 俺は琳加の強引な勧誘を断り切れなかった。


「お姉ちゃんが演劇部なんだ、だからカツラとかもあるよ!」

「失礼な、まだハゲてねぇわ」


 そんなこんなで琳加に振り回されて10分後……



 ~~~~~~~~~~



「こ、これが……俺?」

「うわ、凄い……女優さんみたい……。メイクもしてないのに……」


 完全に女装させられた俺が鏡の前に立っていた。

 確かに、見てくれは金髪の女性に見えるが、中身が自分だと思うと気味がわるい。


「これなら、男の人と歩いてることにもならないし鬼太郎ともバレないね!」

「琳加お前は…………」


 俺は思わずため息を吐く。


「――天才かよ」


 もちろん、途中で気がついていた。

 だって女性モノの服に着替えろって言うんだもん。

 だが、俺は琳加の作戦に乗ることにした。



 俺が恥をかくだけで琳加の世間体が保証されるならこんなに安い事はない。


 俺の女々しい顔もたまには役に立つもんだ。

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