君の悲願が問題なく達成された


「うぅ……あぁ……」


 声にならないような叫び声すら上げて、彼女は彼を抱きしめながら、ただ泣いていた。まだ、その温度は人が触れて無傷で済むほど冷えていないが、しかしそれでも彼女がその死体を手放す事は無いだろう。


 ジュッという皮膚が焼ける音が鳴る。それは彼女の心が焼ける音だ。


「やあ、若勝」


「これは儂が預かって置くぞ?」


 泣き続ける少女の前に、三人の男が現れた。


 一人は彼女も知る白髪の老人。アルベルト・アインシュタイン。


 もう一人は、彼女の見たこともない人物。賢者ノーマン。


 最後の一人も彼女は知らない。白銀の騎士、アーサー・ペンドラゴン。


 それは各世界の選別者の中の代表を務める三人だった。


 賢者ノーマンが無詠唱で魔法を使う。その魔法は、亜空倉庫。夜坂陰瑠の死体が、賀上若勝の手元から唐突に消え去った。


「今、私は頗る機嫌が悪いです。もしも、貴方がそれを私に今すぐ返さないというのなら、今の私が何をしでかすのか、私にも分からない」


「それで良い。きっとそれが成長するという事だ」


 少女の言葉に賢者はそう返した。


「貴方はまだまだ未熟だけれど、だからこそ勇者に相応しいのだと私は思いますよ」


 白銀の騎士は彼女にそう言った。


 だが、賀上若勝にはそれがどういう意味なのか分からない。


 そんな事よりも、最愛の人の身体を奪われた激情が、彼女の脳を支配する。


「よく聞きなさい若勝、」


 白髪の老人アルベルト・アインシュタインは、一拍置いて言葉をつづけた。


「彼が何故死を選んだのか、私がきちんと君に説明する」


 ドクドクと鳴っていた心臓を彼女は理性で抑え込む。今にも飛び掛かって、魔法を使って、彼等に攻撃しそうになっていた彼女はそれを自制する。


 彼女自身、今自分がしようとしている事が、自分自身が最も忌むべき行為だという事を理解しているから。


「一つ、君がその偉業を成し遂げる力を手に入れる為に。一つ、君がそれを殺していい理由を見つけられるように。そのために、彼は自らの死を選んだのだ」


 アルベルトは、彼女に対してそう説明する。そして、一つづつ、彼が見て来て、悟った事実を語り始めた。


 人類の繁栄も、遊戯に囚われた激情も、彼等は欠片も持ってはいなかった。ただあるのは、未来を作る者への奉仕精神。




ーー




「それでいいのか小僧?」


「おっさん……」


 若勝が居なくなって、代わりにそこには何時ぞやのおっさんが居た。


「何で居るんですか?」


「いやそう言えば、お主に名のうて居らんかった事を思い出してな」


 そう言えば、確かにこのおっさんの名前も俺は知らないな。


「って、今はそんな気分じゃ……」


「平朝臣織田上総介三郎信長。今の世では、織田信長という名前の方が有名か? 本来では有り得ん事ではあるが、信長と呼ぶことを許すぞ」


「は?」


「人の名を聞いて、何を素っ頓狂な顔をしておるか」


「いやいやいや、織田信長とか何百年も前に死んでる人持ちだして何言ってんすか?」


「察しの悪い奴じゃのうお主も。一体誰が、神に選ばれた人間はこの時間からだけなどと言ったのだ?」


 それは、俺にとって衝撃的な事実だった。若勝が選ばれていた事から、俺はこの世界のこの時間から五人が選ばれたんだと思っていた。


「だったら、まさかアルベルトって……」


「アインシュタイン殿だな」


 まじっすか……


「さて、儂がお主に会いに来た本来の理由を話すとしよう」


 まあ、常識的に考えて、名前言い忘れてたからってそれを態々言いに来たりしないよな。


「お主には儂等の計略を手伝って貰いたいのだ」


「計略?」


「そう、神殺しの計略じゃ」


「無理ですよ。あんな化物に勝てる訳がない」


 俺だって、ぶっ飛ばせるならぶっ飛ばしたい。若勝を誘拐して、勝手に戦争に巻き込んだ神とやらを一発ぐらいぶん殴って、土下座で若勝に謝罪の一つでもさせてやりたい。


 けど、あの声を聴いた瞬間理解してしまった。どれだけ、何百年、何千年ダンジョンで修業してもあいつらの魔力量を超える事は無い。ただの身体強化だけでも、俺の魔法は全て問答無用で無効化される。


 ただ純粋な強さ。それが、神へ逆らえない理由。


「それに異世界の魔術師の進行を食い止めてくれてる神を殺してどうすんだよ」


「ああ、それな」


 それなって、現代に毒されてないかこの信長。


「全部、端から端まで一遍残さず、全く全て、完全完璧におーる嘘じゃ」


 それから、信長が語った事は衝撃としか言えないような事だった。


「異世界の魔術師は、神からこう言われたそうだ。『異世界の科学者が時空間転送技術を作り出して、この世界の侵攻している。それを防ぐためにダンジョンと言う壁を作ったから先にそれを攻略して、壁を完全な物にしてほしい』とな。いやはや、どこかで聞いたことのあるような話じゃのう?」


 固唾を呑んで、おっさんの言葉を待つ。


 確かに、このおっさんがそう言ったからってそれが全部真実とは限らない。


 けど、このおっさんの話には何故かどこかリアリティがあった。


「つまりじゃなぁ、どこの世界のどこのどいつも、他の世界への侵略侵攻なんぞ行って居らんという事じゃ」


 だが、おっさんの話だけ聞いてそれを信じる訳にも行くまい。


「一つ確認させてほしい。それは、どうやって手に入れた情報なんだよ」


 少なくとも若勝から聞いた話とは随分と食い違う。


「それは、今ここでは話せんな」


「それを信じろと?」


「儂の言葉を信じられんか?」


 はぁー。織田信長直々の指名じゃ、流石に断れないよな。


「信じはしない。てか出来ない。けど、聞くだけ聞くから全部話してくれ」


「最初からそのつもりじゃ」


 それから聞いた彼等の計略は、確かに筋の通っていて、そして何よりも俺と若勝の協力が必要不可欠な物だった。


「まあ、儂等は手段を用意しただけじゃ。それを実行するかせんかは、今この時を生きてるお主らに任せるとしよう。さあ、どうする?」


「けど、その計略には一つ、致命的な欠陥がある」


「ほう、どんな?」


「いいや、それは俺が居れば突破できるよ。ただ、俺が死なないといけないってだけの話だ」


 今日は大変な日になりそうだ。そうして俺は出会ったのだ、異世界の魔術師とこの世界を代表する偉人達に。

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