全てを失った日


「それで、どういうことですか兄さん。キチンと説明して貰えるんですよね?」


 十華が目覚めて、開幕話した言葉はそんな物だった。


 俺たちが住んでいた家は既に解約されているようで、別の住人の部屋になっていたのでここはビジネスホテルの一室だ。


 だったら、俺も誠心誠意答えなければならないだろう。


「ああ、なんでも聞いてくれ」


「まず、兄さんはこの三ヶ月何をしていたんですか!」


「それはだな……」


 俺は十華にダンジョンに潜っていた事を伝えた。その上で人類に発現した異能力とは別の魔法や、クラススキルについても軽く説明した。


「って訳で、多分俺は地球最強の霊長類ってか生物になったわけだ」


「俄かには信じられない言葉の数々です」


「だよな……」


 そりゃ、いきなり魔法使いになって色々と特殊能力に目覚めて人類最強なんて頭が狂ったとしか思われないだろう。けど、それならそれでいい。こいつに迷惑を掛けたくないし、抱え込ませたくない。


 けれど、もしも俺が十華に誤魔化さずに真実を話した理由が存在するとするのならば、


「いいえ、兄さんの言葉を私は信じます。たった一人の家族なんですから」


 きっとそれは今の考えとは真逆の、自分がそれを一人で抱え込めない逃げからだったのかもしれない。



「ありがとう、十華……?」



 その瞬間、十華の瞳がまるで阿鼻巣に洗脳されていた時と同じような、感情の無い瞳に変わった。


 比喩ではなく、これは何かの魔法か異能が発動している。


『人類、70億人の我が子らよ。私は貴方方が神と崇める存在』


 そんな声が脳に響く。この声に魔力が乗っているのか!?


「まさか、声だけで洗脳できるとでも言うつもりか!?」


 神と自称する存在、俺はそんな存在に一つしか心当たりがない。


 お前が若勝を誘拐した奴か。


 だが、俺の声が聞こえている様子は無く、その声は言葉を紡ぐ。


 まるで、子供に言い聞かせるように。


『この世界は今、異世界の魔の手にさらされています。異界の魔術師たちが、この世界この惑星に進行し戦争を起こそうとしているのです。私の力でダンジョンを壁として作り出しましたが、それが攻略されるのも時間の問題です。先日彼等は400階層に至ったのに対して我が世界の攻略状況は200程度。ですが、たった三ヶ月で皆さんの最高到達階層が100階層を記録しました、私は多いに期待しています。お願いです、何としてでもダンジョンを異世界の魔術師よりも先に攻略してください。私は陰ながら応援していますよ。神の加護を約束して、ずっと待っています』


 長々と、刷り込むような声が脳に直接届けられる。


 俺の魔力量でも抵抗しきれないって事は、少なくとも最大魔力量の差が10倍以上開いている。ほぼ魔力を持たないこの世界の生物に抗う術などありはしないだろう。


「うぅ……」


「十華!? 大丈夫か?」


 瞳の色が元に戻っている。


 それに精神干渉されている形跡もない。


 だが、精神干渉を受けた形跡がある。


「神様の言葉を守らなくちゃ。私、異能レベル3だけど何もしないよりはマシだよね? 何してるの兄さん、早くダンジョンに行こうよ」


「は?」


「神様が言ってたんだよ? だからそうしないといけないんだよ。モンスターを殺して、魔術師を殺して、私たちの世界を守らなくちゃ」


「何言ってんだよ……?」


「兄さんこそ何言ってるの? 神様が言う事なんだから従わないとダメに決まってるじゃない」


 そうか。そういう魔法か。そういう術を使うのか。


 それが、お前のやり方か。


 神だか何だか知らないが、絶対に許さないぞ。


「十華、すまいないな」


 短剣を一本取り出す。


 龍殺しなんて付いていない、コインで買えるただのナイフ。


 バサリ、と重力に従って黒い物が落ちる。


「本当にごめんな」


 それは十華の髪の毛だ。


 俺はそれを掴み取る。


「第二六術式」


 祈る様に、絶対に間違えないように慎重にその魔法を具現化する。


傀儡者マインドルーラー


 対象の身体の一部を媒体にその人物を支配下に置く魔法。


「お前はこの部屋から出るな。食事はこのコインでしていい。コインは自由に使って構わないから」


 ダンジョンで大量に手に入れたコイン。合計価値は10億円を軽く超える。


「はい」


 意思のない声で彼女はそう言った。


「三五術式、龍域ドラゴエリア


 それは俺の最大魔力量の半分以下の魔力しか持たない生物の侵入を完全に拒む魔法。


 仮にこのホテルが取り壊されたとしても、この結界内だけは残り続ける。そう言う魔法だ。ただ、本当にぶっ壊されると風呂とかトイレとか使えなくなるから困るんだが、その時は戻ってこよう。


「第七術式、妖精鐘フェアリル


 それは儂の開発した魔法の中で、最も効果が目に見えない魔法。


 ただ、魔力が減っている事から効果はあると思っているが、それが魔法による物なのかそれとも偶然の産物なのかは定かではない。


 妖精鐘は、その人物に幸運をもたらす魔法である。


「気休め程度だが、無いよりはマシだよな」


 後はホテルに金を払って年間契約を取り付けた。清掃とかも中に十華がいる状況でやって貰えるように交渉した。


 ドラゴエリアのせいで、普通の人間は中に入れないが俺が許可した人間は別だ。取り敢えず、ホテルの従業員全員許可してれば問題ないだろう。


 どうやら、やはり洗脳に掛かっているのは十華だけではないようだ。この地球にいる人類の全てが、神様の為にダンジョンを攻略しなければならないと本気で信じている。ホテルの従業員も、数時間前に話した赤丸小次郎や天宮司花蓮も含めて全員だ。加えて、ニュースやSNSでもまるで狂信者の如くダンジョンを攻略するべきという内容に溢れている。冒険者の登録件数もこの数分で爆発的に増加し、政府もトラベラーになるために必要な異能力レベル制限を撤廃するという動きを始めた。


 このまま放置すれば、間違いなく何千何万人が命を落とすことになるだろう。


 逃れられたのは恐らく俺と俺の配下の魔物だけ、だったら俺自身が何とかするしかない。


 後は供物追跡を自動発動状態にしてっと。


「十華、必ず助けるから少しだけ待っていてくれ」


 全ての答えはダンジョンにある。俺はそんな予感を胸にその言葉をつぶやいた。


「空振帝、18793141955418」


 目の前に現れたダンジョンの扉を開く。


 あの爺さんやおっさん、若勝にもう一度会えば何か分かるかもしれない。


 どこに行けば会えるかなんてわからないが、それでも会える可能性がある場所は一つしかないと思った。


 見慣れた寝泊まりに使っていたダンジョン第一階層の洞窟が目の前に現れる。


「ここは何度来ても変わらないな」


 全てが変ってしまった地球とは大違いだ。

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