宝箱


『第12階層への転移が許可されます』


 俺が探索した事のある最深部の階層が更新される度にこの声は聞こえてくる。どんな理屈でこの声が鳴っているのかは分からないが、言葉の意味は分かった。階層間の転送に使われる扉は、その次の階層と、自分が行ったことのある全ての階層に直接転送させる機能を持っている。つまり、いつでも第一階層の洞窟に戻ることができるし、そこから到達領域内の最深部へと移動する事も可能という事だ。この機能を使えば、ダンジョンから出る事ができない俺でも第一階層でなら睡眠をとる事ができる。


 捕食の能力である体力吸収を使えば、モンスターを殺し続ける限り睡眠は不要になるが、それでも寝たい時はある。焦ってばかりいても強くなる事は出来ない。そんな達観した考えを賢者の記憶は俺に抱かせる。


 ダンジョンの外に出る場合、出口は俺の家のリビングに作られるだろう。だが、もしもその場所が白栄ギルドに見張られている場合、戦略級のトラベラーとまた戦う事態になりかねない。だから、出るのは戦略級トラベラーの異能に対抗できるようになってからだ。供物追跡によれば、やはり白栄ギルドは十華に何かすると言う事は無いらしい。相変わらず位置情報はギルドの中だが、状態は正常だ。冷静になれ、焦る事と急ぐ事は違う。


 スケルトン、ゾンビに加えて、この階層ではレイスが出現する。通常の物理的攻撃を透過するという特性を持っているが、魔法や魔力を宿した武器なら普通に攻撃できる。他のアンデットと同じように魔力で核を破壊すれば死亡する。こいつの死骸は残らないが、割れた核だけはその場に残る。魔力もスケルトンやゾンビよりも少し多いので魔力を増やす相手にはちょうどいい。


 ダンジョン、まるで魔力を効率的に増やすために作られた建造物の様だ。捕食が無かったとしても、ここなら効率的に最大魔力量を増やすことができる。何せ、魔力量順に敵が並んで待ってくれているのだから。


「第一術式、炎息吹カリュウ


 増えた魔力量と、ここまで戦続けで向上した魔力操作によって前世の半分程度の威力を獲得したその魔法は、数体~十数体の魔物を同時に燃やし尽くす。レイスの核も特別炎に強いという訳では無いようで、簡単に燃え尽きる。


 賢者の記憶をたどれば、如何にこの賢者の魔法が異質で天才的なのかが客観的に解る。例えば、有り勝ちなファイアーボールやファイアランスのような魔法も前世の世界にはあったし、炎系統の代表的な魔法に上がるのは炎息吹ではなく、いまの二つのような分かりやすい魔法だ。ただ、炎息吹の画期的な点は、魔法の強さによって魔法名を変えるという文化を完全に否定したことにある。


 例えば、同じファイアボールでも打つ人間の力量、魔力操作によってその威力が上下する。ただ、それは魔力の伝導率が魔力操作能力に依存するという意味であり、仮に注入できる魔力を自由に設定できるのであれば、才能ある人間と同じ威力の魔法を修練によって再現できると証明した。魔力操作はセンスの世界だ、成長できない者はずっと成長できないし、成長できる者は容易く成長していく。だが、炎息吹はファイアボールには無い魔力注入量というパラメータを設定する事が出来る。これによって、如何に魔力操作が不得手であっても、注入する魔力量を調整するだけで同じ威力の炎息吹を発動させる事ができる。


 例えば、俺の使う炎息吹は前世の賢者が使う炎息吹に比べて5割程度の威力しか発揮しない。しかし、仮に二倍の魔力を注入した場合、その威力は同じになる。これは、魔力操作という才能センスではなく、魔力最大量という努力の方が重要であると結論付けた魔法の、最初の一つだった。


 賢者の魔法書に書かれている魔法には全てこのギミックが仕込まれている。つまり、注入する魔力量を変化させる事で、威力を変化させる事ができるというギミックだ。これが有れば、一番台の魔法であっても十分に強いモンスターに通用する。勿論、魔力操作も蔑ろにしていい物ではないが、それ以上に魔力最大量こそが重要だと、魔力操作センスだけで、胡坐をかいていた魔法使いを魔力最大量努力によって越えられると証明した魔法。この爺さんが考え出した最初の魔法にして、たった一つの魔法の開発によって賢者の称号を得た人間の、ある種伝説の魔法だ。


「儂の魔法は、知性すら持っていない魔物に後れを取る様には作られておらん」


 天才の自負は、自身となって現れる。緊張すれば筋肉が強張る様に、緊張すれば魔力操作が疎かになる。だが精神的な意味でも、この賢者の魔法を使えるというのは、とても大きな意味を持っていた。




ーー




『13階層への転移が許可されます』


 13階層へ到達した俺は、変わらない風景に嫌気を指しながら出てくる魔物を屠っていく。身体もちゃんと動かさないとな。


 身体強化によってモンスターを殺して行けば、辺りにはモンスターの死骸が山積みになっていく。


 一定量溜まれば、もうモンスターを自らの手で殺す必要はない。


 数十体の魔物から魔力を吸い上げ、高等魔法をスタンバイさせる。


 第三七術式、


龍巻ハリケーン


 地形ごとモンスターの身体を巻き上げていく巨大な竜巻が召喚される。


 魔法とは召喚術が原型になっている。呪術式や空間魔法は別だが、基本的な自然魔法の元はそれだ。召喚術は、考えられるあらゆる物を召喚する魔法と捉える事ができる。この場合、召喚物がこの世界の法則を無視していればい居る程に、その消費魔力が多くなる。


 例えば、人は飛べないが、飛べる人を召喚する事は出来る。その場合、世界の法則と反している箇所の数や大きさから消費魔力が決定する。この仮定の場合、消費魔力は十万を軽く超えるだろう。飛べるという部分ではなく、無から人が生まれるという現象は自然的ではないと判断されるからだ。


 龍巻は召喚術の応用魔法で、空気を利用した風の嵐であれば不可解であれど可能性はある程度の魔力消費になる。それでも8000以上消費するのだが。


 竜巻はモンスターと廃墟を吹き飛ばし、かなり綺麗になった街並みを視界に移した。


「って、なんだこれ?」


 吹き飛んだ廃墟の跡地に、箱のような物が転がっていた。


 まるで、ゲームに出てくる宝箱みたいだ。前世は賢者、今世の趣味はRPGだ。ただ、ミミックとかを警戒するべきかと思ったが俺には龍眼がある。この箱がダンジョン生物ではない事はすぐに解った。


「けど、隠密能力とか魔力隠蔽みたいな能力を持っていないとも限らないし」


 ビジョンも使って調べてみるが、箱の中にモンスターが居る様には思えない。


豊穣ウカノ


 植物の成長を促進させて、蔦で箱を開けてみる。


 箱が開く音が鳴ったが、中から何かが飛び出してくるようなことも無ければ、箱が爆発する事もない。


「薬品……か?」


 中を覗いてみると、中に入っていたのは試験管に入った液体だった。


『初級回復薬ポーションを獲得したことにより、購入可能品の中に初級回復薬ポーションが追加されます』


 全く新しいアナウンスが頭に流れた。どうやら、宝箱から入手した品物はコインの購入品に追加されるという意味の様だ。事実、品物の中に初級回復薬が追加されている。ただ、購入額は驚愕の10万コインだ。賢者の知識によれば、錬金魔法でこれと似たような効果の薬を作る事は可能だったが、魔力を帯びた特殊な植物が必要だった為にこの世界では作成不可能だった。それほど高価値の物でもなかったはずだが、やはり世界が違えば値段も違うという事なのだろう。


 そもそも、賢者の知る回復薬と全く同じ薬なのかも定かではない。効能に差が無いかとか調べないと真面に使えた物ではない。コインに余裕はあるし、色々と調べてみるとしよう。

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