一週間


 ダンジョンが出来て一週間、たったそれだけの時間で世界情勢は劇的な変化を見せた。日本だけで見ても、異能力を犯罪行為に使用するグループが多く現れ、国家級の異能力者の手によって見せしめとでも呼べるような検挙が何件も行われた。


 そして、異能力とは別の特殊な能力者の存在も露見した。俗に言う加護持ち、異能力に加えて全く異なる異能をもう一種類扱える事からマルチスキルとも呼ばれる彼等の存在は手記にも書かれていなかった。


 恐らく、この手記は元々国に渡すための物が原本になった物なのだろう。仮にこの手記と同じ内容の物を日本国が持っていたと仮定するのなら、ここまでの手回しの速さも納得できる。


 SS級トラベラーを殆どの国が抱えているというこの状況も、若勝もかたちが仕組んだ結果の一部なんだろうと思う。被害を極限まで抑えるのであれば、力ある異能力者の情報は何よりも重要だ。それを国へ前もって渡しておく事で治安の悪化を極力防ぐという手法を取った。


 若勝が考えたにしては回りくどい話だ、あいつはもっと正面突破って感じの性格だから。だとすると考えたのはあの時の白髪の爺さんか、もしくはもっと別の誰か。若勝がそれに協力している理由は定かではないが、彼女の性格を考慮するのならそもそもダンジョンなんて危険物をこの世界二出現させたりしないだろう。だからこそ、止まれぬ事情があったとしか思えない。


 世界情勢は動いたが、最も重要なのはコインの存在だ。これが有るだけで、生物以外のこの世界で売られている全ての物品が購入できる。つまり、地球の資源に頼らずとも人類が生活できる状態になったという事だ。犯罪グループが多くなったとは言ったが、その目的はどれもこれもダンジョンの占拠が目的だった。


 それほどまでに、ダンジョンと言う施設は人類の欲望を駆り立てる。かと言って日本円や米国円が価値がなくなったかと言えばそうでもない。最も高価値の通貨は間違いなくこのコインだが、それでも余り強い異能力に目覚めなかった者は普通に働いている人間が殆どだ。


 どいつもこいつも手に刃物を持っている状態のせいで、家から出る人間が減ったのも一種の社会現象としてニュースになっていた。


 ただ、人間は慣れる生き物だ。法の整備やダンジョンの民間利用は、手記に書かれていた情報を鵜呑みにするのであれば直ぐに始まるだろう。もう始まっているかもしれない。今のところ、少なくとも日本ではダンジョンは国の管理の元で厳重に立ち入りを禁止しているが、これが解放される日も遠くはないだろう。


「若勝……辛かったよな……」


 こんな大それた、世界を変えるような物の片棒を担がされて、この一週間だけでも死体の山と言える物が築かれている。そんな事、彼女が望むはずがない。


 何か事情があるのか、誰かがやらせているのか。定かではないが、どちらにしても助けると決めたからには死んでも助ける。二度同じ失敗は繰り返さない。


「悪いが、お前が助けて欲しいと思ってるかなんて、考慮してやれないからな」


 独り善がりで、我がままな話だ。


 自意識過剰で、自己中心的な想いだ。


 けど、あの涙が嘘だったとは、俺には到底思えなかった。




ーー




 この一週間で多くの単語が生まれた。


 世界に現れた謎の扉の先を示すダンジョンと言う言葉。


 それに潜るための職業、トラベラー。


 国家級の力を要する異能力者、SS級トラベラー。


 コインの通貨的名称を示す、DP。


 異能の強さを表す指標、能力者ランク。


 異能力の進行度を示す、能力者レベル。


 トラベラーの育成とサポートをメインとするギルドと呼ばれる組織。


 他にも色々と、今までの常識とは異なるような言葉が世界に生まれた。ただ、未だ魔力を発見した者は居らず、魔法に気が付いた人間もいないようだ。まあそりゃ、目の前に特異な能力があれば魔力に気が付いたとしても、魔法ではなく異能の副次的要因だと解釈する方が常識的だろう。そして、何よりも魔法を使うための最低限の魔力が人類に目覚める為には、少なくとも5年はかかる。


 賢者が作り出した最適化された魔法でもなければ、俺の様にポンポンと魔法を撃つ事は出来ないからだ。魔力を集めやすい特異体質の人間でもいるなら別だが、今のところそのような異能力に目覚めた人間の情報は無い。


 あれから、一週間かけてダンジョンの4階層まで行った。


 スライム、ゴブリンと来て、三階層にはオークとしか形容できないような豚頭のモンスターが居た。四階層はゴブリンを屈強にして二回り以上巨大化させたオーガと呼ぶべきモンスターも居た。


 このダンジョンは世界中同じ構造になっているようで、ほとんどのギルド及び国家はこの5階層で立ち往生している。まあ、戦略級の突入を渋っているのが主な原因だろうけど。


 五階層には、ゲーム風に言うならボス部屋がある。一つの体育館程度の部屋で構成される五階層だが、その中に一体のモンスターが鎮座している。部屋の外から中の様子が伺えるような作りになっているのだが、龍眼で見たこいつの魔力はオーガなんかとは別格の代物だった。


 オークが約1500。オーガが1800程度の魔力を保有しているのに対して、このボスモンスターは約3000の魔力を保有していた。魔法の超基礎的な物に身体強化という技術がある。魔力が持続する限り、肉体へのダメージを防ぎ、身体能力を大幅に強化する。オーガはこの術を習得していた。そして恐らく、このボスモンスターもそれを身に着けていると考えられる。


 面倒な話だ。身体強化による運動能力の増加は、最大魔力量に比例して効果が増える。つまり、魔力3000で発動されるそれは、かなり強い異能力でも持っていない限り激戦を予想される。これが国やギルドが攻略できていない理由だと考えられる。


 ただ、オーガを倒す事で至れる最大魔力量1800にはもう到達した。さっさと次に進むとしよう。身体強化しか使えない魔法使いなど、どれだけ魔力を持っていようが相手にならないんだから。




ーー




 ゴブリンを醜悪にして、オーガよりも筋肉を付けたような個体。


 名付けるなら、ゴブリンキングとでもしておこうか。


「本物の魔法使いとの各の差って奴を、教えてやるよ」


 ゴブリンキングの武装はシミターなどと呼ばれる剣だ。反り返った刀身が特徴的な武器だが、大きさは人間が持つように想定されているとは思えないほど巨大。


 ゴブリンキングがその剣を振り下ろし、俺へ向けるような構えを取った。


 それを引き金にしたかのように、わらわらとゴブリンやオーク、オーガまでもが大量に現れる。


「今解ったよ。確かに、普通の異能力者や魔法使いからすれば、その数は驚異的だ。国やギルドでも歯が立たないのも納得がいく。それにしても、お前と俺の相性は最悪だ」


 第三四術式、


龍息吹ドラゴブレス


 今回は雷でいいか。


 広範囲に展開された雷の息吹は、小鬼、豚頭、大鬼の全てを巻き込んで焼き焦がす。


「勿論、お前にとってだけど。これで終わりだ。第一九術式、絶断アブソリュート


 本来なら、九番台の魔法を使うためには莫大な魔力が必要になる。


 実数値は魔法にもよるが、一万強から三万と言ったところか。


 その数値をどこから補っているか。


 そんなのは一つしかない。


「捕食」


 ここにある死体の山からだ。


 絶断は、視界内全てを有効射程として、発動した瞬間に照準方向の全てを切り裂く。


 難点があるとするなら、面での攻撃となるために、その方向の延長線上にいる物体全てを一つの例外もなく断ち切ってしまう事。


 これは空間系統の魔法であり、物理的な防御能力は、その一切を無意味な物と化す。


「案外、呆気ない幕引きだったな」


 首を飛ばされたゴブリンキングは、最後に「GU?」と口にして息絶えた。

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