捕食吸収


 あれから、一週間後あの手記に書かれた言葉通り世界中で迷宮が現れ、全人類に異能が目覚めた。


 その種類は千差万別だったが、俺にもそれは宿っていた。


 俺に宿った能力の名称は『捕食』。死骸を喰らう事で、その体力を吸い上げる効果を持つ。ただ、効果対象は生物の死骸限定で素早く捕食しなければ体力を補強する事は出来ない。そりゃ当たり前だが、死骸には体力なんて呼べる物は存在しない。それが無くなったから死んだのだ。だが、出来たてほやほやの死体の場合であれば、脳へのエネルギー供給がストップしている段階であっても10分程度ならその体力を完全に消失しないようだ。


 つまり、俺の能力を簡単に言うのであれば相手を殺す事でその死骸を吸収し傷を修復する事が出来る能力という事になる。


 要するに完全な外れ能力だ。勿論、それは死体を作り出すだけの能力を持っていない人間が持つ場合に限った話だが。


 そして、この能力には一つ隠された力がある。それは死体から吸収できるものに体力だけではなく、魔力も含まれているという事だ。この能力があれば一年も待つ必要なく、俺の魔力量を必要値まで増やす事ができる。


 本来、魔力は10年ほど生きていれば、それだけで一般的な量までは増やす事ができる。それは身体の成長に伴い少しずつ魔力の器が大きくなっていくからだ。そこからは修練や、他生物の魔力を吸収する事で魔力を増やしていく。


 ただ、他生物の魔力を吸収する場合その還元率は凡そ10%程度しかない。しかし、この捕食能力があればその還元率は凡そ90%程度まで上昇する。


 ただ、この世界に生きている生物は基本的に魔力を持っていない。魔力が世界に発生したとは言っても、まだ一週間程度しか経っていないこの世界では、その保有魔力量は前世の世界で言う所の生後一週間の赤子と変わらない量しか保有していない。だから、この裏技を使うにしても相手がいないと思っていた。


 しかし少し前に、ダンジョン生物の死体が迷宮から運び出されてくる現場を目撃して驚愕した。ダンジョン内に生息するモンスターの魔力保有量は前世の世界の一般人に相当する。それは10年という成長だけで至れる最大段階まで魔力を持っているという事だ。この世界の一般人の凡そ200倍程度の魔力を宿していると観測できた。


 つまり、俺はダンジョン生物を殺し、その魔力を吸収する事で魔法使いとして有り得ない速度で強くなれる。


「何という事だろうか。まさか、儂の悲願はまだ終わっていなかったと、そう言うのか……!?」


 おっと、爺さんの人格が出てきた。この賢者、物知りで知的な性格のクセに魔法の事になると我を忘れる。殆ど忘れかけていた記憶だが、魔法を磨けると分かった途端に記憶が顔を出してきた。


 この爺さんは前世で魔法書を作っていた。魔法書とは賢者が各々開発した魔法を書き上げ、先の時代の礎とするための書物だ。俺、いや儂はその魔法書に100の魔法を書く事を目的としていた。


 ただ、結局は志半ばで倒れ、最終的に開発できた魔法の数は半分の50個。それでもあの世界の人間からしたら50の魔法を新開発したというのは偉業も偉業だ。満足していないのはこの儂くらいの物だろう。


 この一週間で蓄えられた魔力は、向こうの世界の一般的な成人の半分程度。通常なら5年か掛かる所だが、賢者の修業方には魔力の貯蓄スピードを加速させる物もある。今回はそれを使わせてもらった。


 数値化すると、500と少し。魔力の単位は明確に決まっているし完全に数値化されている。例えば儂の開発した魔法書によれば一番台の魔法を使うのには必要な魔力が10~100。二番台が101~500程度。こんな感じで消費魔力についても計測されているし、この数値を当てはめれば感覚的に自分の魔力量を把握する事もできる。


 賢者の爺さんの自我と今の俺の自我が時折混ざって出てくるな。ただ、人格は完全に俺の物になっている、儂とか言っているのは昔の名残だ。性格という意味で言えば、俺に統一化されている。完全に融合していると言えばいいか、数十年の記憶を持つ賢者と生まれたばかりの俺は同居していたが、そこから徐々に人格の融合が始まり、今では完全に融合しきっている。多重人格と呼べもしない程完全に。


 まあ、いい。今の俺に問題なのはどの程度の魔法なら使えるのか、という事だ。賢者が考案した50の魔法には1から50の番号が割り当てられ、10の位の数字がその系統を1の位の数字がその最低消費魔力を表す。消費魔力は魔法の出力に直結するため、1桁の数字が大きくなるほど高威力の魔法と考えて間違いない。


 今の俺に使用可能な魔法は1番台と2番台が少し。正し、2番台を使うと一発で魔力が無くなるので出来るだけ控えるべきだ。ダンジョンに潜るのなら、死体から魔力を吸収すれば一発で解決するのだが。恐らく俺の捕食を使えば、魔力最大量が俺以上の生物を取り込めばその数値に比例して俺自身の最大量も増えるだろう。二倍持っている相手を吸収したとして10%程度、それが最大魔力の増加率だ。


 手記には一つ、大きなヒントが書かれていた。それは最後のページ。俺のよく知る彼女の筆跡で走り書きのように書きなぐられた文字。


『空振帝、18793141955418』


 この文字と数列。それが何を示すのかは書かれていなかったが、何の意味もない事だとも思えない。他の文字は彼女の文字では書かれていなかった。けれどこの文字だけは彼女の筆跡を感じ取る事ができた。


「くうしんてい、いちはちななきゅうさんいちよんいちきゅうごごよんいちはち」


 だから、取り敢えず呟いてみただけ。しかし、俺の視界は劇的な変化を見せる。


「扉……だと……?」


 俺の目の前に、まるで初めからあったかのように、唐突に一つの扉が現れた。黄金に光る両開きの扉。門と形容する方が正しいか?


 それはネットに拡散されている、ダンジョンの入り口と全く同じ形状の、扉。


「まさか、俺の部屋にダンジョンの入り口が開かれたとでも言うつもりか?」


 いいや、どちらでもいい。もし何かの間違いだったとしてもそれを開かない理由は俺には存在しないのだから。


「少なくとも、こんなチュートリアルで、ビビってられない」


 扉を開ける。信じなければ始まらない。この扉と迷宮の扉が酷似している事ではなく、この扉を出現させる為に呟いた言葉の書き主を。




ーー




 確かにそれはダンジョンだった。ネットに出回っているダンジョン内の記事によれば、内部は洞窟のような雰囲気であったという。


 全く同じ。ここは洞窟の内部と形容するべき場所だった。


 そして、記事にはその洞窟内にはスライムを彷彿とさせる生物が住み着いているらしい。


 ネチャ、ネチャ、


 そんな音が聞こえてくる。確かにそれはスライムという生物が現実に存在するのならば、こんな音を発するだろうというような音だった。


 賢者の覚える一番台の五つの魔法の内、攻撃に使用できる魔法は一つしかない。使い悪すぎだろ。いや、俺なんだけどさ開発したの。


炎息吹カリュウ


 龍を象った小規模な炎がスライムへ突進する。


 今の魔力量と制御能力では、そのサイズは本来の3分の1程度。


 ただ、それで十分だったようだ。


 洞窟の角から現れたスライムは完全に燃焼した。


 残ったのは燃えカスの死体と100と書かれたコインが一枚。


「これが、どんな物でも購入できるコインって奴か」


 って、あれ一匹で100円ちょっとの価値しかないのかよ。


「って、捕食捕食」


 異能力は完璧に働き、俺の魔力が回復しそれを超過する分の魔力が、俺の魔力の器を大きくするという効果を作用させる。


 550。


 今の一匹で50弱も魔力量が増えた。これは期待できるな。


 第一術式の炎息吹でも十分な威力を持っている事が確認できたのは朗報だ。


 スライムの死骸とでも言えばいいのか、ブヨブヨの片栗粉入りの水みたいな奴に魔法を使う。


「第一一術式、亜空倉庫インベントリ


 これは、無限に入る袋みたいな魔法だ。


 魔力を制御して、自分の身体の周りの空間を拡張しその狭間に収納するとかいうトンデモ理論だ。


 まあ、こっちでの言い方を考えるのなら物質を数値化して保有するという感じ。


 これで収納した物はいつでも取り出せる。錬金術の超応用魔法だ。


「取り敢えず、これで魔力を増やす目途はたったって事か…… にしても、なんで若勝は俺にこんな事を教えたんだ?」

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