第6話 見送り

迎えの馬車は十一時にきっかりに家の前に止まった。

真っ白い箱馬車ではなく、茶色の馬車だったが、さすが王国仕様なだけあり、国の紋章がでーんと飾られた馬車だ。

立派な身なりの兵士がミーニャを迎えるために恭しく玄関の横に立っている。

知らない人が来て、ミーニャの顔は途端に曇った。

極度の人見知り。それが我が愛する義妹だ。

しかしもともと城で働く者たちに顔見知りがいるわけもない。だから当然の結果といえばそうなのだが。

意気消沈する義妹の姿に心が痛くなるのも事実なわけで。


「うー、行ってくるね…」

「俺の服の裾を放してから言え。ついてきてほしいなら一緒に行くけど」

「大丈夫だもん」

「だから、俺の服の裾を放してから言って」


苦笑しつつミーニャの頭を優しく撫でる。彼女は黄色い石のついた髪飾りでツインテールに括っていた。アインラハトが先ほど手作りした黄柱石の欠片を使った髪飾りは義妹のお気に入りになったようだ。


ようやく決心がついたのか、ミーニャは行ってきますと小さく呟いて、しぶしぶ馬車に乗り込んで行ってしまった。


その馬車が豆粒になるまで見送った。

全く姿が見えなくなってもまだ玄関に立っていた。


やはり気になる。

大丈夫だろうか。

王様に失礼なことをしたり、新しい仲間に意地悪されたりしないだろうか。

心配しすぎて、仕事にならない。

もう今日は臨時休業にしようと決める。


決めながら、手のひらを上に向けて呪文を唱えた。

調子はいいようだと安堵した途端に、淡い光が浮かんでパンっと弾けた。

手のひらに焦げたような痛みが走る。腕から肩にかけても鈍い痛みがあり思わず歯を食いしばってくぐもった声が漏れた。


「まったくざまあないな…」


ミーニャの髪飾りは魔道具だ。

道具屋を営んでいるアインラハトはもともと魔道具職人だった。

その頃の知識をふんだんに使ってミーニャの髪飾りを作った。実は盗聴器の魔道具だ。

だが受信するための魔力がアインラハトにはない。

正確には、自分の中にある魔力を上手く扱えないのだ。

初級魔法ですら、全く効果がない代物になる。


「あれ、店開けないのに、こんな時間にお前がまだ家にいるなんて珍しいな。何かあったのか?」

「バウルン!」


街の反対側の森の方から、冒険者の恰好をした金髪の男前がやってきた。

昔馴染みで元同僚兼友人のバウルン=テンバだ。

アインラハトも昔は冒険者をしていた。メインの職業は別だが、素材を集めたりするのに冒険者はうってつけだったのだ。

高い材料費を支払わず、むしろ自分に必要のないものは売れば儲けになるのだから冒険者は美味しい職業だと思っていた。


「朝から森でなにやってたんだ…半年ぶりじゃないか、今回も長かったな?」

「いつもの見回りと鍛練だよ。まあ、今回は国境近くまで行ってきたから久し振りの王都だしな。昨日ようやく帰ってきたんだが、ちょっと間があくとすぐにアチコチでモンスターが増えていてな、気になるからざっと狩ってきたんだ。あ、これはそこの森で見つけた薬草だ。あの狂暴娘は、まだ寝てるのか?」


差し出された草の束を受け取るために、アインラハトは手を差し出した。その手をがっつりと掴まれる。

鋭い視線を向けられた先には、火傷で皮のめくれた痛々しい手のひらがある。


「この手はなんだよ、魔法を使ったのか?!」

「ちょっと試しただけさ、問題はないから目くじら立てんなよ。それより、お前はまたそんなこと言って…あんな可愛い子のどこが狂暴なんだよ。目が腐ってるんじゃないのか」

「何が問題ないんだ、さっさとその薬草で手当てしろよ。それに、それをいうなら曇るだろうが。あのな俺は正常だ。圧倒的に間違っているのがお前。ラハトの方が目が曇ってるんだよ」


なぜかバウルンはミーニャの天敵になっている。

二人は会えば、年齢差など感じさせないフランクな舌戦を繰り広げるのだ。まるで本当の兄妹のように。

少し羨ましいと思わなくもない。


「ミーニャなら今、城へ行ったよ。それを見送っていたんだ」

「何? とうとう狂暴性がばれて、害獣指定されたのか」

「だから、そのネタやめろ。違うって、ミーニャがマスコット的な勇者になったんだよ」

「マスコット勇者ああ? なんだそりゃ。というか、普通に実力だろ」

「だから、あんなか弱くて泣き虫で怖がりで可愛い義妹のどこにそんな力があるっていうんだよ。本気で言ってるのか?」

「だから、こっちはいつだって本気だって言ってるだろうが。あの怪力狂暴女がとうとう本性晒す日が来るとはなあ。まあお前にばれていないのが、今も不思議なんだが」

「それ以上言うとお前でも容赦しないぞ…」

「はいはい、ラハトに理解してもらうことは諦めたよ…まったく盲目バカ義兄め。じゃあ、あの小娘はいないのか、ならゆっくりさせてもらおうかな」


にこやかに笑う様には悪意がない。

確かにミーニャが家にいれば、二人はピリピリするのでバウルンはゆっくりできない。店で話すくらいだ。それも気配を察するのか、ずぐにミーニャが乱入してくる。


「店は開けないから、母屋に入ってくれ。朝食が豪華だったから、まだ余っているぞ、朝飯もどうせまだ食べていないんだろう」

「それはありがたい。お前の飯は本当にうまいからな。お礼替わりに、その手に包帯巻いてやるよ。一人で利き手に巻くのは難しいだろう」

「包帯なんて要らないよ。大袈裟にすればミーニャが泣く」

「相変わらず義妹中心で生きてんなぁ」

「当たり前だろ」


あんなに可愛い義妹がいれば当然である。

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