坂東信濃法具戦記二〇二三

和泉 守

序章


死闘の末に荒野と化した那須の、地平線に光が収束していく。

どうにか終わった、その実感はわずかであった。

右側を見れば藤並ふじなみ釜足かまたりが、神器とされる雷の大太刀を片手に膝立ちの状態である。

日夜訓練で鍛えられている、海兵の学生であっても息は荒い。

以前より僕と面識のある大国おおくに世里せり嬢は、砂鉄を操る槌を杖代わりにして身を起こし、光の残像をじっと見つめている。

緊張しつつもどこか呆然とした表情である。頬には深い切り傷ができてしまっている。

阿蘇山あそざん照美てるみ嬢は傷だらけの細腕で、僕にとって高等師範学校の後輩でもある、彼女の従弟を横に抱いている。

火を自在に操る、「火の一族」本家伝承者の証である松明は、彼の手から離れ、照美嬢の横に転がっている。

うつむいている照美嬢の表情は見えないが、小さな肩が震えている。

彼女の従弟は、ほんの五分前に事切れたばかりだ。

僕の左側から、動く気配がする。

左に視界を移せば、「水の一族」総本家の当主である、塩槌しおつち正彦まさひこが辛うじて立っている。

左手に持った長柄杓で、目の前を指さす。


光があった方から二人、人影が見える。

小柄な青年である日辻ひつじ洋佑ようすけと、

大柄な女性である桔月きつつきあかり女史である。

不釣り合いな組み合わせではあるが、ともに封印術の使い手である。

彼らが幻でなければ、対象の封印が終わったことを意味する。

僕の後ろで、りょう孔明こうめいがかすかに笑顔をうかべて手をあげる。

孔明もまた、「木」の法具を発動し、地中から生やした木で、体をどうにか支えている状態である。

洋祐とあかり女史が片手を上げる。

ようやく、どうにかなった、片付いた、終わったという実感を僕も抱く。


その僕たちの周りには、おびただしい遺体が、

数日前から、中にはつい先ほどまで戦っていた者たちの遺体が、

本土や沖縄のみならず、北は樺太、西は朝鮮、南は台湾、東は千島と、

全国各地から、困難をおして集まってくれた、戦友たちの遺体が折り重なっている。


僕の身近な人もまた例外ではない。

僕が属する風の一族、

その総本家、そしてその当主であった、僕の長兄は、

わずか数時間前に亡くなっている。

遺体は今やどこにあるのかわからない。

彼が息を引き取る直前に僕に渡した、

「風の一族の総本家」の証である法具「大扇」は、

今は僕が受け取り、右脇に抱え、立つようにして持っている。

僕自身、座り込んで、倒れそうなところを、扇によりかかっている状態である。







僕の次兄が、京都に退避した臨時政府に出向いて、粘り強く交渉した末に、

然るべき資質を持った皇族が、三人とも来てくれなければ、

否、来てくれるのがあと数時間遅ければ、

恐らく僕たちも、長兄や戦友たちの後を追うことになっていただろう。


僕の左側、正彦の更に向こう側に見える、

帝室の方々と、その周りにいる近衛軍の一帯を除けば、

その場に横たわっておらず、僕の目で見える範囲で、生きているとわかる人数は、

僕を含めて8人だけだった。

後から聞いたところによれば、一連の戦いで命があったのは、

僕を含めてわずか12人の学生だけであった。

戦いに加わってくれた仲間が、5000人を超えていたことを考えると、

生き残った人数は、あまりにも少なかった。


太正の関東全域にこれほどの大災害をもたらしたものを、結局打ち負かすことはできず、

今の僕たちでは、どうにか封印するのが手一杯であった。

ましてや首相と陸相の急逝直後に発生した大災害、

政府機能が不全に陥っている状況では、ここまでできただけでも万々歳だった。

年月が経ち、本家当主の座を退いた今でも、僕は思う。


当時の僕の目で見えた範囲だけでも、多大な犠牲は防げなかった。

しかしながら、今回の災害が発生した時期や、

僕たちが戦い、封印に成功した時期が、

神無月でなかったのは、まさしく不幸中の幸いであった。

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