フィルとの決闘

 その翌日。鍛錬場での出来事だ。フィルは悠然とその場に待つ。しかし、30分待っても1時間待ってもトールはその場に現れなかった。

 仕方なくフィルは寮に帰った。

 そしてその翌日。

「ちょっと! どういうつもり!」

 しかし当然のように翌日会うのだ。同じクラスの隣の席だから当然の事だ。

「何が?」

「決闘にこなかったことよ!」

「あー。あれね。考えたんだけど、やめにしない? 僕は女の子相手に手を出した事がないし。手を出すつもりがないんだ」

 トールは言った。

「あんたがその気がなくてもあたしは殺る気で満々なのよ」

 片手で首根っこを捕まえて持ち上げる。その睨み付けるような眼差しはとても女子のものとは思えなかった。

「とにかく、今日の放課後ちゃんと鍛錬場に来なさい。首根っこ掴んでひっぱてでも連れて行くから」

「はぁ~。わかったよ」

 逃げられないと悟ったトールは仕方なく同意をする。


 鍛錬場での事。予定は一日ずれたが問題なく開始になった。

 服を着替えた二人は向き合う。強化服だ。スーツのような恰好。要するに防御力の高い服という意味合いで差し違えがない。

 制服のまま闘うのは女子からすればパンツが見えるので嫌なのだろう。後は男子でも服に傷がつく。当然のように戦闘用の恰好が学院の方で用意されていた。

「なんだ? なんだ?」

「剣姫と転校生が闘うのか?」

 異様な闘いのムードは一般生徒達をたきつけるに十分なものだった。人が人を呼ぶ。何か面白い事があるのか、と思い人が集まってくるのだ。人は人がいるところに集まる習性がある。店の前に行列があると、何かおいしいお店なのかと思い自然と行列に並んでしまう事があるだろう。そういう事だ。

 手にしているの本物の剣であるが、不公平をなくす為か私物ではない。同じ剣だ。だが、それでも斬れば斬れる。強化服は防御力を高めた服ではあるが、それでも斬撃に対して完全ではない。斬られれば斬られる。

「ルールは簡単。どちらかが死ぬか、相手に負けを認めさせた方の勝ちよ」

 野蛮だなぁ。

 とトールは思った。この王女様は些か野蛮な気がしてならない。おてんばで済む範囲を些か逸脱している気がしてならない。

「いくわよ!」

 先陣を切ったのはフィルだった。

 速いな。

 そうトールは思った。そして思い切りが良い、普通人間は人間を殺すのを躊躇するはずである、本能的に。人間は同族である。それを殺すのは共食いのようなものだ。恐らく人間には共栄本能みたいなものがあるのだろう。余程異常(クレイジー)な人間を除けば、人は人を殺すのに躊躇いを覚えるはずだ。しかし、彼女の踏み込み、そして斬撃には躊躇いというものが感じられない。余程の何も考えていないのか、あるいは人殺しに躊躇いを覚えない、戦場なら英雄と呼ばれるような存在なのだろう。

 だが、速いと言っても条件つきである。女子としては、学生としては、という条件がつく。「なっ!?」

 当然のようにトールはそれを避けた。

 自らの師 、剣聖レイ・クラウディウスの速度を上回る程のものではない。

 空振りの隙の後、喉元に優しく剣を突きつける。

「……まだやるの?」

 トールは聞く。大凡3センチ程度の差だ。その気になれば喉元を斬り裂く事など容易い。まあ、やるわけないのだが。

「くっ」

 首に剣を突きつけられても、それでも尚、彼女は戦意を失わなかった。失わないどころか、殺すつもりで言ったのに、情けをかけられた事に対して激昂した。

「わっ!」

 フィルは剣を振るってくる。仕方なく、後ろの大きくのけぞりその攻撃をかわした。

「なんで殺さない!」

 フィルは言いつつ剣を振るう。

「殺すって、物騒だな。僕は別に君を殺すつもりはないよ。というかそんな必要もない」

 決闘だろうが何だろうが、王女様を殺すのは大問題であるし、何よりトールは女性に暴力を振るう事を師から習ったわけではなかった。

「この!」

 フィルは剣を振り下ろす。その攻撃はもはや正確さなど関係のない、力任せの野蛮な攻撃だった。感情に身を任せたような大ぶりの剣だ。

「……そろそろ終わりにしない?」

 トールはフィルの喉元に剣を突きつける。圧倒的なまでの力量差だった。あの馬車での出来事は偶然ではなかったのだ。フィルは剣を落とす。涙を流す。負けた事なんてまともにないのに。圧倒的なまでの敗北感で。今後続けても同じ事の繰り返しだと脳内でシミュレーションができた。だから取り得る選択肢はひとつだけだった。

「……あたしの負けよ」

 そう宣言した。

「なんだ? よくわからないけど、剣姫、負けたのか」

 観客(ギャラリー)がざわめく。

「まさか、手抜いてたんじゃないの? 油断してたとか」

「けどまあ、勝ちは勝ちだし」

「はぁ~……」

 トールは溜息を吐いた。勝利の充実感などない。女の子を泣かせるなんていうのは虐めているみたいで気が引ける。

 あるのは面倒な雑事がやっと終わったという開放感だけだ。これでやっと帰れる。流石に疲れた。肉体的な疲れはあまりないがそれでも精神的には疲れる。

 手元が狂えば殺しこそしないでも傷つける事にはなっただろう。

「じゃあ、問題なかったら僕帰りますけど。いいですよね?」

 フィルに尋ねる。答えはない。ショックのあまり聞いていないのかもしれない。

 ともかくトールはそれを是と受け取った。

 トールは帰った。寮に戻り、シャワーを浴びる。そして普通に就寝をした。

 特に大それた事をしたとも思っていなかった。

 だが、これが彼の運命を変えるような一大事に発展するとは、彼は思ってもいなかったのである。


「あっ」

 翌日の事だった。登校の際、トールはフィルと遭遇する。

「なによ」

 フィルは言う。仕方なしに隣に並んで歩くという感じ。

「……あ、あの、昨日の事なんだけどさ」

「なによ。ちゃんと約束通りパンツは穿いてきてないわよ」

「そんな約束しました?」

「したじゃない。何でも言うこと聞くって。あなたみたいな変態、私にノーパンで登校してくる事を要求してくると思って」

 フィルは言う。

「確かめたいなら好きにすればいいわ」

 フィルは言う。

「た、確かめる? そんな事するわけない。するわけ」

 急に怖くなってきた。特に風が。突如突風が吹く。

「きゃっ!」

 フィルはスカートを抑える。

「嫌な風ね」

 トールは内心ドキドキだった。

「首輪も希望だったらするわ」

「しなくていいです。しなくて」

「そう」

「それで、あなたにお願いがあるんだけど」

「なに?」

 ノーパン女子からされるお願いって一体、何なのか。ただのノーパン女子ではない。ノーパン王女である。王国のノーパン第二王女。ノーパンとつけるだけでえらい変態的になる。

「あたしと結婚して欲しいの」

「は?」

 一瞬、耳を疑った。目も疑った。しかし、彼女の強く真っ直ぐな眼差しはとても冗談を言っている風には思えなかった。

 突風が吹く。今日は風が強いようだった。

 彼女は本当に穿いていなかった。どうやら冗談や嘘を言うタイプではないらしい。

 風が吹き荒れていた。

 そんな中、トールは呆然としていた。

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