なけなしの1本

 フロントの男が物欲しげに手のひらを出してくる。

 そうか、情報が欲しければ金を寄こせということか。

 だが、あいにく俺には金が無い。

 あるのは魔石1個と葉巻2本、そして……


「しかたがねえな……」


 俺はおもむろに麻袋を取り出し、男の手のひらにその中身を盛ってやった。


「はっ? なんだこれは!」


「何でも美味くなる魔法の調味料……、塩だ」


「ふ、ふ……ふざけるなァァァー!!」


 男は逆上して、塩を投げてきやがった。

 まあ、俺も大人げなかったと少し反省していたのだが……


「ヴヴゥゥゥ~~~~……」


 思わぬところで風雲急を告げる事態となっていたのである。

 隣にいたフレアにも塩がかかってしまっていたのだ。 


 獰猛な獣のようにうなり声を上げながら、背中を丸めて肩をブルブルと震わせている。


「な、なんだそのガキは……気持ち悪いな。まさかあんたそいつは……」


 フレアの正体がバレちまったか?


「クスリ漬けにして、獣人変態プレイをしようとしているのか!?」


「はっ?」


 だから、なぜそんな勘違いが起こる?

 あんたらは俺をどんな目で見ているんだ!

 

 フレアの全身からは魔力マナがみなぎり、漆黒のローブの端がゆらゆらと揺れている。

 杖の根元の丸い石が赤味を増していく。

 ここで暴れられると、さすがにマズい。

 いくら俺でもフレアの正体を隠し通すことは不可能だ。


「フ、フレア? 無理だとは思うが、ここは一つ穏便に――」


 おっさんの交渉術の一つ、〝ここは穏便に〟を発動させようとしたその時、


「変な味がするのぉぉぉー!!」


 フードから顔をバッと出し、大きく開いた口から舌を出して喚いた。 


「口の中がヒリヒリするのぉぉぉー!!」


「まさかお前、投げつけられた塩を全部口に入れちまったのか?」


「しおもったいないと思ったのぉぉぉー!!」


 きっと、俺には見えないほどの素早さで、空中に飛ばされた塩の一粒一粒を大きな口を開けて平らげてしまったんだ。

 調味料としては万能な塩も、直接口に入れればヒリヒリもするってもんだ。


 警備員が俺を取り押さえようと、後ろから手を回してきた。

 最初に見かけたもう一人の受付の男が一緒にいるということは、初見で俺が厄介な客だと察知して、警備員を呼びに行っていたということだ。

 この男、勘が良いな。


 だが、その勘も魔女が相手となると勝手が違うらしい。

 大胆不敵にも、フレアの肩に手をかけようとしているのだから。

 

「その子に触るな! あんたがすべきことは、今すぐに水を持ってくることだ! あんたの大事な仕事場を吹き飛ばされたくなかったらな!」


 

 木のジョッキに注がれた水をごくごくと飲むフレアのことを、チラチラと見ながらフロント係はようやく話し始める。


 俺が男に伝えたセシルの特徴に良く似た女神官は確かに来たらしい。そして、部屋に短時間滞在しただけで、俺たちがここに来るほんの少し前に出て行ったという。


「くそ、入れ違いになっちまったか!」


 もっと早く聞けていれば間に合ったかもしれないが、あれから相当な時間が経っちまっている。


「その女神官は、ここを発つときに何か言っていなかったか?」


「品揃えの良い道具屋はどこかと訊かれたんで、地図を開いて場所を教えてやったんですが……」


 男は懲りずにまた手のひらを出したので、俺はため息を吐きつつ、なけなしの葉巻1本をポケットから取り出した。


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