魔女裁判


「ごふっ」


 男が息を吹き返すと、まだ幼なかった俺は、自分が英雄になったような気分になる。それはとんでもない思い上がりだった。 


「下がってろ坊主!」


 襟首を後ろに引っ張られ、俺は背中から倒れ込んだ。


「うわァァァーッ」


 直後に響く悲鳴。

 見ると、魔道士の首に男が噛みついていたのだ。

 みるみるローブが鮮血に染まっていく。


「くそっ、アンデッドになりやがったぞ!?」

「坊主が飲ませた薬のせいだ!」


 アーチャーが弓矢を放つと、アンデッドの背中を突き破り、魔道士の背中から突き抜けていった。

 そして二人は息絶えた。


「おい坊主! その薬を作った奴は誰だ!? 今どこにいる?」

「死人を蘇らせる薬を作れる奴なんざ、魔女以外にあり得ねぇ!」


 俺は恐ろしさにうち震えていた。

 何が起きたのかは分からない。でも、ただの治療薬を恐ろしいクスリに変えてしまったのが、俺自身であることだけは分かっていたからだ。


「この近辺の村で、薬を売り歩く女がいると聞いたことがある。きっとその女が魔女なんだ!」


 男達は村の方角へ走っていった。

 

 俺も必死になって走ったが、5歳のガキが大人達の脚力に付いていけるはずがない。

 村へ着いたときには、広場に人だかりができていた。

 その中心に、人が木に縛り付けられているのが見える。

 心臓が大きく波打つ中、近づいていくと――


 一瞬、その人物と目が合った。


「逃げなさいレン! すぐ逃げるの! あなたはただの人間として生きなければならないの!」 


 ロープで木に縛り付けられて身動きがとれなくなっている母さんが、視線で俺の位置を悟らせないように、空に向かって叫んでいる。


 興奮した群衆は、罵声を浴びせて物を投げつけ始める。

 木の根元には大量の薪が置かれている。

 村人の一人がたいまつを運んできた。

 


<< 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ >>



 頭の中で声が響いた。



――この声は、この後の俺の人生の中で、生死を左右するような場面に直面したときに必ず聞こえてくるようになる。思えば、このときが最初だったかも知れない。


<< 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ >>


 

 頭の中の声はしだいに大きくなっていく。


 

 聖職者が祈りを捧げ、聖水を母さんにかけた。

 木の根元の薪に火が点けられると、みるみるうちに燃え広がる。

 母さんは炎に包まれていく――


 


「うわああああぁぁぁぁぁあああーッ!!」


 ベッドから飛び起きた。


 見ると、隣にはスースーと寝息を立てているフレアがいた。

 俺の全身はびっしょりと汗をかいていた。


 最悪な気分だ。


 部屋全体がぼんやりと赤く光っている。

 光の元はベッドサイドに置かれたフレアの杖である。

 杖の根元にある球体の石が赤く輝いているのだ。


「おい、他人の記憶を勝手にのぞくのは、あまり良い趣味とはいえねーな!」

  

『ふむ。やはり、気付かれておったか……』


 杖がニョキッと立ち上がった。


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