第3話 暗黒騎士、誓いを立てる

勇者誕生の地にて。


「ククク…隠遁せし秘奥!」

「キャッキャ!」


寝台に寝かされた赤子に向け、暗黒騎士は兜の面頬を上げたり下げたりする。

要するにただのいないいないばぁである。


「あらあら、この子は本当に騎士様が好きねぇ」


その様子を楽し気に眺めながら、ベッドから上半身だけを起こして夫人は笑う。

産後の肥立ちがあまり良くなく、まだ具合が良くない夫人の代わりに暗黒騎士は身の回りの世話を引き受けていた。


「フフフ…そろそろ乳の時間であろう、我は外に出ているとするか」

「あら、もうそんな時間ですか? 別にこっちは気にしませんけれど」

「貴婦人の肌を無下に覗き込むなど言語道断な事よ」

「あらあら、そんな大層なものじゃありませんよぉ」

「ま~う~」


暗黒騎士の言葉に照れ笑いを浮かべる夫人に抱き上げた勇者(0歳)をそっと抱きかかえさせて、自身は外へと出ていく。


「ムッ、今日は時化か」


外へと出た暗黒騎士は目の前の海の荒れ模様に顔を顰める。


「同胞は無事であろうな?」


この短時間で共同生活を送る夫婦との距離感は急激に縮まり、夫の方とはいつの間にか兄弟の契りを交わしていた。

お前、本来の目的何だったよ?と言われればそれまでであるがこういう性格なので仕方がないのである。


何処か胸騒ぎを暗黒騎士が覚えた時、こちらへと走ってくる漁師の姿が目に入る。


「た、大変だ! あ、あいつの船が転覆したって!」


……………。


夫の葬儀はしめやかに行われた。

彼は転覆した船から漁師仲間を何人も助け出したが、その果てに自らは力尽きたのである。

遺体は幸いにもすぐに拾われ、海での水死でも殆ど生前と変わらぬ姿であった。


「彼は素晴らしき…素晴らしき男であった。 武とは違う強さをもって其れを世に知らしめたのだ。 我はその死を嘆くと共に、我が同胞の生き様に感銘を受けた。

ならば、あの日の誓いに則り、この子を立派に育ててみせると」


未亡人となり、深く嘆く婦人の傍に立ち、暗黒騎士はまだこの悲劇の意味も分からずに抱きかかえられて微笑む赤子を見つめるのだった。


勇者歴0年(秋):暗黒騎士、勇者を育てる事を故人に誓う。

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