3話―死者蘇生というチカラ

 森を抜けたアゼルは、サッコー一味を担いだスケルトンたちを引き連れペネッタの町へ帰還した。町の入り口にいた門番は、口をあんぐりさせながらアゼルを出迎える。


「おお……!? アゼル、どうしたんだ一人で。他の連中と一緒に出掛けてたろ? いや、それより……そいつらはなんだ? 手配書に載ってる山賊どもじゃないか!」


「えっと、その……」


 顔馴染みの門番にそう問われ、アゼルはどう答えたものか思案する。凍骨の迷宮で起きた出来事を正直に話しても、到底信じてはもらえないだろう。


 そう判断し、アゼルは誤魔化そうと試みる。


「えっと、凍骨の迷宮を攻略してたら、グリニオさんたちとはぐれちゃいまして……仕方なく地上に帰ったら、途中で山賊さんたちに会って捕まえたんです」


「おお、そうか……そりゃ大変だったなぁ。にしても、大手柄だぞアゼル。こいつらには、この町だけじゃなく近隣の町の人たちも困らされてたからな。山賊どもはこっちで憲兵に引き渡しとくから、宿で休んでくるといい」


「はい。ありがとうございます、ピーターさん。スケルトンのみんな、ありがとう」


 アゼルはサッコー一味を門番ピーターに引き渡し、スケルトンたちを土へ還した。連絡用の魔法石を使って憲兵を呼び、一味を引き渡しす。


 牢屋へ行く憲兵たちを見送ったあと、ピーターはアゼルに声をかける。


「んー、いつ見てもネクロマンサーってのはすげぇなあ。こんな大量のスケルトンを操れるんだもんなぁ。俺にゃあ無理だ、頭がこんがらがっちまうよ」


「えへへ……。それじゃあ、失礼しますね。お仕事頑張ってください、ピーターさん。また今度、差し入れ持ってきますから」


「ありがとよ、アゼル。グリニオたちと違って、ホントいいこだなぁお前は。またうちに遊びに来いよな、飯奢ってやるからさ」


 そんな会話をした後、アゼルはペネッタの町へ入ろうとして……邪悪な気配を感じ取り空を見上げる。青い空の一点に空間の歪みが生じ、その中から一体の魔物が姿を現す。


「……クフハハハ。チョウドイイ場所ニ転移出来タナ。最初ノ狩リ ヲスルノニ最適ダ」


「あ、あれは……エルダーリッチ!? 最上級アンデッドがなんでこんなところに!?」


 漆黒のボロ布を纏った、蒼白い肌を持つ魔物……エルダーリッチを見てピーターは叫びをあげる。冒険者として、アゼルも魔物に関する知識を一通り持っていた。


 エルダーリッチ……生前、強大な力を持った魔術師や賢者の亡骸を依り代とし、悪霊が取り憑いたことで生まれる最強最悪のアンデッドモンスター。その力は、容易く国一つを滅ぼせる。


「クフハハハ! 感謝スルガヨイ。私ガ生マレテカラ最初ノ狩リノ獲物ニナレルノダ。苦シミニ満チタ死ヲ与エテヤロウ」


「そうは……」


「俺が時間を稼ぐ、アゼルはその間に逃げろ!」


 悪意に満ちた笑みを浮かべるエルダーリッチに立ち向かおうとするアゼルを制止し、ピーターは緊急事態を告げるために使うホイッスルを吹き鳴らす。


 ピイーッという甲高い音が響き、少し遅れて町じゅうの鐘が鳴らされる。じきに、事態を察した冒険者たちが大勢やって来るだろう。が、それをのんびり待つほど、敵は甘くない。


「余計ナ真似ヲ。マアヨイワ、貴様カラ死ネ!」


「!? はや……ぐあああ!」


「ピーターさん!」


 エルダーリッチは目にも止まらぬ速度でピーターに近付き、隠し持っていた短剣で心臓を一突きし殺害してみせた。アゼルは反応出来ず、ただ見ているほかなかった。


「アゼ、ル……に、げ……」


「死ンダカ。脆イモノダナ、人間ハ。小僧、次ハ貴様ノ……」


「……許さない。よくも、ピーターさんを……。この人は、ずっとぼくに優しくしてくれた恩人なんだ。それを、よくも……!」


 短剣を引き抜き、続いてアゼルを仕留めようとするエルダーリッチだったが、怒りに燃える少年の気迫に押され、少しずつ後退りする。


(ナンダ、コノ気迫ハ!? エルダーリッチタル私ガ、怯エテイルダト!?)


「許さない……! ピーターさんの仇だ! サモン・スケルトンナイト!」


 そう叫ぶと、アゼルは剣と盾、鎧で武装したスケルトンを創り出す。それを見たエルダーリッチは、すかさず距離を取り魔法の詠唱を行う。


「ハッ、図ニ乗ルナ! タカガネクロマンサー如キニ、何ガ出来ル! フレアキャノン!」


「そんなもの、当たりませんよ! スケルトンナイト、シールドチャージ!」


「アアアアアアア!!」


 アゼルの指示に従い、骨の騎士は左手に装備した盾を構え突撃する。巨大な火球を物ともせず、果敢にエルダーリッチへ斬りかかっていく。


「炎ガ効カヌカ! ナラバ……サンダーレイン! 小僧共々、雷ニ撃タレ死ヌガヨイ!」


「そうは……いきませんよ!」


「!? 貴様、イツノ間ニスケルトンノ背中ニ……!」


 広範囲に渡って雷の雨を降らせ、スケルトンナイト共々アゼルを仕留めようとエルダーリッチは目論む。が、それを読んでいたアゼルは、スケルトンナイトの背中にしがみつき敵に接近した。


「ジェリド様から授かった力、見せてやる! 死者蘇生……ターン・ライフ!」


「ウグアッ! 貴様、何ヲ……!? ナンダ、身体ガ……身体ガ、熱イ……バカナ、依リ代ガ……息ヲ、吹キ返シテ……グアアアア!」


 スケルトンナイトを操り、エルダーリッチ目掛けて己自身を投げ付けさせたアゼルは、ジェリドから受け継いだ死者蘇生の力を発動する。


 紫色の炎を宿した右手をエルダーリッチに叩き込むと、相手の様子がおかしくなり出す。依り代として使っている死体が蘇りはじめたことで、本体である悪霊が力を保てなくなったのだ。


「嫌、ダアァ……コンナ、トコロデ……滅ビル、ナド……」


「ピーターさんを殺した罪、あの世で悔いろ! エルダーリッチ!」


 苦悶の叫びと共に、悪霊は消滅した。その直後、町に残っていた十人ほどの冒険者たちが、エルダーリッチ討伐のため姿を現した。


「遅れて悪かった、俺たちも加勢するぞ! ……って、アゼルじゃねえか。なんでここに? いや、それより……もう全部終わったのか?」


「……はい。エルダーリッチの本体である悪霊は、ぼくが倒しました」


 その言葉を聞き、冒険者たちは目を見開いて驚きをあらわにする。そんな彼らを尻目に、アゼルは横たわるピーターの亡骸に近付いていく。


「……ピーターの奴、殺されちまったのか?」


「はい。ぼくが不甲斐ないせいで……。でも、大丈夫です。この力で……ピーターさんを、生き返らせます」


「はあ? 何を言ってんだ?」


 呆れ気味な声に答えることなく、アゼルはそっとピーターの亡骸に右手を添える。そして……。


「……ターン・ライフ」


「う、げほ……。あれ、おかしいな……俺、あのエルダーリッチに殺されたはずなのに……」


 奇跡は、成された。エルダーリッチによって命を落としたはずのピーターは、アゼルの手で再び命を得たのだ。その光景を目の当たりにした冒険者たちの間に、動揺が広がる。


「ま、マジかよ!? アゼルの奴、本当にピーターを生き返らせたぞ!?」


「すげえ……。伝説の王の一人、ジェリド様みたいだ……」


 そんな言葉が飛び交うなか、一人の冒険者が何かに気付き大声をあげた。


「そうよ! きっと、アゼルは伝説の王ジェリド様に会って、何か力を貰って帰ってきたのよ! 私知ってるわよ、グリニオたちと一緒に、アゼルが凍骨の迷宮に向かったのを!」


「なるほど、それなら辻褄が合うぞ! すげえ、すげえよ! アゼルの奴、やり遂げやがったのか!」


「え、あの、ちょっと……」


 アゼル自身が言葉を発する間もなく、冒険者たちは歓声をあげる。彼らの間では、もうすでにアゼルが偉業を成し遂げた英雄になっているようだ。


 面倒なことになったと思っていると、小さな呻き声が響く。声がした方向を見ると、エルダーリッチの依り代にされていた人物が、ゆっくりと起き上がり初めていた。


「うう……。ここはどこだ? 私は何故こんなところに……」


「あっ、目が覚めたんですね! よかった……どこか悪いところはありませんか?」


「君は……なるほど、そうか……。私を悪霊から解放してくれたんだね。ありがとう、坊や」


 どうやら、依り代にされていたのは女性のようだ。ゆったりと全身を覆うボロ布を着ていてもよく分かる抜群のプロポーションが、そう物語っていた。


「いえ、助けられてよかったです。悪霊に操られたままなんて、可哀想ですし……わぷっ!?」


「ふふ、優しいんだねぇ坊やは。お姉さんはとっても嬉しいぞ~?」


 悪霊から解放された女性は、アゼルをぎゅっと抱き寄せる。大きく柔らかな二つのソレがモロに顔に当たり、アゼルは顔を真っ赤にしてしまう。


「あの、あのあのあの! あ、当たって……」


「おや、照れてるのかい? ふふ、可愛いねぇ」


 そんなアゼルを見て、女性はさらに彼を引き寄せ強く抱き締める。それを見ていた冒険者たちは、口笛を吹いてアゼルを冷やかす。


 とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。事の顛末を、冒険者ギルドに報告しなければならないのだ。


「あの、そろそろギルドに戻りましょう? エルダーリッチのこと、報告しないと……」


「あー、それなら俺らがやっとくよ。また後で呼ばれるだろうけど、それまではそのべっぴんさんの面倒見といてやれよ。じゃ、また後でな」


 一刻も早くこの恥ずかしさ極まる状況を抜け出そうとするアゼルだったが、それは叶わなかった。冒険者たちはアゼルと女性を置いて、ギルドに帰ってしまった。


 最後に残ったピーターは、アゼルに深々とお辞儀し、感謝の言葉を口にする。


「……ありがとよ、アゼル。お前のおかげで、俺は助かった。この恩、一生忘れねえ。後でまたうちに来てくれよ。カミさんと一緒に歓迎するから」


「あっ、待ってください! 置いていかないで~!」


「んふふ、よいではないか。アゼルとやら。ん~、柔らかくていい抱き心地だねぇ。お姉さん、クセになっちゃいそうだよ」


 ピーターも帰ってしまい、アゼルは置いてけぼりにされてしまった。女性はアゼルを離すつもりなど毛頭ないらしく、ずっと頬擦りしていた。


「……そういえば、まだ私の名を名乗っていなかったな。私の名はリリン。と言っても、名前以外はほとんど何も覚えちゃいないんだけどね」


「……お姉さん、記憶がないんですか?」


「ああ。エルダーリッチに取り込まれてたせいか、記憶のほとんどが抜けちまってね。ま、幸い魔法についての知識はまだある。だから……」


 そう言うと、女性――リリンはアゼルを抱えたまま立ち上がる。ニッコリと微笑みながら、町へ向かって歩き出す。


「恩返しに、坊やの仲間になってあげるよ。これからよろしく、アゼル」


「よ、よろしくお願いします……」


 整った顔に笑顔の花を咲かせるリリンに、アゼルはどぎまぎしながらそう返事をする。この出会いが、アゼルが英雄へと成り上がる物語の――第一歩であった。

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