第19話 動き出した胎動


 亜由美は俺の頭を持ち上げて、ソファーに座ると頭を自分の足の上に置き膝枕をしてくれた。逃げようにもオデコに手をのせられて上手く力が入らない。下手に動けばその大きな果実に手が触れてしまいそうな事から俺は大人しくする。内心は視界の先に大きなお山があり、その上から亜由美の可愛い顔が見えると正に眼福状態になっていた。試しに突いてみたいところではあるが、それをすると怒られそうなので止めておく。何を突くかって? それはあれに決まっているだろう。そう言う行動が若い男子を刺激をすることを最近の若い女の子は知らないとはいい意味でも悪い意味でも恐ろしい。


「膝枕してあげるから、お話し聞いて?」


 亜由美の人肌が妙に暖かくて、落ち着く。


「昔、くうにぃは書く事を止めた。理由はお母さんから聞いたから全部知ってる。だからもう作品を作らないかもって思ってたんだ……」


 俺は察した。

 多分、この話しをすれば俺の心がどうなるかを知っていた。

 だから膝枕をしてくれているのだと。

 本当に気遣いが出来て、そこに相手の気持ちに対する配慮がある優しい女の子だ。

 今はある意味トラウマを乗り越えたので前に比べると嫌悪感や吐き気や身体の震え等はないが、まだ完治はしていないのでこのまま聞く事にした。


「そうだな。俺も作品をもう作るとは思ってもいなかった……」


「そうだったんだ……。でもねSNSの投稿やニュースサイトで【奇跡の空】について沢山の事が書かれている事に気付いた私はこれは本当は聞かない方がいいと思った。だけどどうしても気になって……だから聞いてもいい?」


 亜由美が気にしているのは恐らく俺がトラウマを思い出した時にどうなるかを知っているからだろう。


「別にいいよ」


「……また作品書くの?」


 心配そうに俺の顔を上から覗き込む亜由美。


「正直わからない。書きたいとは思う、だけど今は書けない。これは今の俺の精神状態が荒れているからだと思う。もしまたある程度落ち着いたら書くかもしれないし書かないかもしれない。でももう書けないって事はないかな」


 俺がそう言うと亜由美は安心したのか胸に手を当てて、一息つく。

 そして。


「そっかぁ。だったら私もまた絵を描こうかな……」


 その言葉に俺は懐かしさを感じた。

 昔亜由美はよく絵を描いていた。だけど俺が作品を作る事を止めると亜由美も後を追うようにして絵を描くのを止めた。厳密に言えば止めてはいないが、昔に比べるとかなり描く頻度が減ったと言った方が正しいのかもしれない。これはあくまで育枝を通して聞いた事なので本当かどうかもわからない。


「やっぱり今はあまり描いてないの?」


「うん。去年くうにぃには言ったけどなんかこう~描きたい! って思える絵がないんだよね。現状維持の為じゃなくて私はこれは! って思える絵を描きたいの!」


 正直、亜由美の気持ちはわかる。

 それが創作者の気持ちと言っても過言ではないだろう。創作者ならばどうせ作るなら誰かに感動を与える作品を作りたい、これはある意味本気になればなるほど誰しもが思う感情だと俺は思っている。


「どんな絵が描きたいんだ?」


「私の全てを注ぎ込んでも表現できない絵かな……?」


 亜由美は人差し指を唇にあて、小首を傾げて男ならば可愛いなって思ってしまうような笑顔を浮かべた。


「それなら七海に頼んでみたらいいんじゃないか? プロに書いてもらったシナリオの同人誌とかある意味最強だろ?」


「そうだね。でもさ、プロって人を感動させて当たり前みたいな所あるじゃん。世間の目って意味でね」


「たしかに、それは否定できないな」


「だから七海先輩がいいなら一度描いてはみたいとは思う、けど多分そうじゃないんだよね私の描きたい絵って。だから昔みたいに私くうにぃの作品の絵を描きたいなって思ってるんだ。どうかな?」


「そうだな、気が向いたら何か書くからその時までお預けだな」


 亜由美は口を膨らませた。

 どうやら素直に俺が返事をしなかった事が気に食わなかったらしい。


「育枝から聞いた話しなんだけど、オーストラリアでは絵を描いていたんだろ? だったらまた昔みたいに家でも描いたらいいと思うぞ。俺より凄い人間は沢山いる。そう亜由美みたいにな」


「うん? 私? 私凄くないと思うけど?」


 俺は起き上がってから亜由美の隣に座り直して言う。


「才能って言う神様からのギフトを持っている奴はそれを沢山持っているんだよ。それは可能性とは違う領域でな」


 【奇跡の空】が有名になったのは住原空哲の力だけではない。

 そこに見えない力、いや見えていても周りが代表者として【奇跡の空】を見ていたのだ。

 それは決して正しくなんかない。


 俺が言う神様のギフト――才能は持っている奴は持っているし持ってない奴は持っていない。簡単に言うと零個の人間もいれば複数個の奴もいる。亜由美は間違いなく神様のギフトを俺が知るだけで四つは持っている。

 まず手の器用さ。絵を描く上で繊細なタッチは必要不可欠だ。そして琴音と同じく亜由美もその筋の関係者から目を付けられているらしい。実力は確かな物と言っていいだろう。

 次にイメージ力。たった一本の線が作品を変えることだってある。亜由美はそれを正しく理解し頭の中でしっかりとイメージして描く事ができる。当然色鮮やかな作品にするにはどうしたらいいかなども頭の中で全てイメージする。

 更に容姿も良く、人に愛されやすい人格の持ち主でもある。


 これだけでも本当に凄い事だと思う。


 だが亜由美の本当の力はもっと違うところにあると俺は思っている。

 神様のギフトが生まれ持った先天性の物だとしたら、人間が生まれてから後天性として手に入れた力――『情熱』だ。

 これは誰しもが簡単に手に入れられるし、扱える物だと思うがそうじゃない。

 世の中には数万、数十万、数百万……を超える作品がある。そう俺や亜由美が生きている世界は決して実力があるから認められる世界かと言われればそうじゃない。そこには運が大きく影響してくる。だが亜由美には運なんて物はあってもなくても最初から関係ないのだ。よく人は誰かの本気の姿に影響して変わる事があると言われる。それ以外にも好きな人に影響を受けてとかもあるとは思う。それと同じで亜由美の作品は見る物を惹きつける何かがあるのだ。それは言葉では表現のしようがない、目に見えない何かがある。絵を見る者の目を惹きつけ魅了し、絵がまるで見ている者の心に直接訴えるような感覚に襲われる力があるのだ。

 その絵は年々見る度に進化していき、それをすぐ近くで見ていた俺は、力の成長を恐ろしいとまで一度は思った。

 それほどまでに亜由美が絵に描ける『情熱』は本気だった。

 そして俺の作品が世に知れ渡ったのもやはりココに原点がある。


「まぁ、私の悩みはもう解決しないだろうけどね。お姉ちゃんにもそう言われたし」


「ん? 悩み?」


 まさか、俺と一緒で誰かに作品を批判されたのか?


「別に大したことではないよ。ただ――」


 その時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 どうやら育枝が帰ってきたらしい。亜由美はすぐに立ち上がると「あら、残念」と言って、俺が使った食器の後片付けの為にリビングに戻っていた。俺が慌てて止めようとすると「いくと少しは話したら。私さり気なく見守っててあげるから」と言って静止させられた。

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