第8話 七海の後悔 1


「もう朝なのね……」

 高層マンションの上階にある一室にて。

 彼女は作家と学生を兼業する為、自分の得た収入を使い一人暮らしをしている。

 カーテンの隙間から差し込む日の光によって白雪は目を覚ました。

 昨日はずっと片想いをしていた空哲に振られて家に帰っても、お風呂に入っても、寝る前も大泣きしていた為に普段なら整っており綺麗な瞳が今日は朝から腫れていた。それに普段なら何があっても欠かさずにしているドライヤーや肌のお手入れも昨日はする気力すら出なかった為に髪はボサボサと綺麗な容姿が台無しになっていた。


「空哲君……夢でも優しかったな……」


 白雪は瞼を擦りながらさっきまで見ていた夢を思い返していた。夢の中での空哲は白雪だけを見てくれてとても優しくて素敵だった。それに白雪が抱えている悩みの相談相手にもなってくれてととても頼りになる存在でもあった。なにより夢の中での空哲は中々素直になれない白雪の頭を撫でてくれてと文句なしの優男だった。

 つい夢だとわかっていても現実になって欲しいなと言う、白雪の願望を詰め込んだ夢だったのだ。


「それに夢の中での空哲君かっこよすぎだよ。私より凄い作品を書くなんてやっぱり凄いわ……ふふっ」


 高校で奇跡的に出会えたずっと好きだった人。

 そして活動を中止して、もう戻ってくることはないと思っていた。

 だけど違った。

 あの時見た彼の目は今まで以上に生き生きとしていた。


「多分、現実でも書いちゃうんだろうな……。私もっと頑張って追いつかないと……」


 どれだけ作品が売れても、これだけはわかっていた。

 プロとなった今でもあの日見た『いじめ』に関する作品には圧倒的に力が足りていない。そう彼の根底には素人とかプロだとか言う概念がそもそもないのだ。だけどプロとなって一つわかったことがある。私はようやくずっと憧れて尊敬していた彼から認めてもらえる作品が作れるようになったのだと。そして彼の心を動かす事が出来る作品が作れたのだと。それは悲しくも恋のライバルと呼ばれる相手との復縁のストーリーだった。だけど彼――空哲はそれを認めてくれた。ようやく空哲と同じ場所まで来れた。そう思うととても嬉しく感じた。


 私はプロとなる事でようやく誰かに『作品を評価してもらえる立場』になった。

 だけど本当の実力者である【奇跡の空】はプロにならずとも全国の人に『作品を評価をしてもらえる立場』に最初からいた。


 そう考えると――。

 やっぱり凄過ぎるよ、空哲君。


「空哲君それに私の事……あっ、そうだった……」


 ――思い出した。


 白雪は近くにあった巨大なイルカのぬいぐるみを抱きしめて胸の中で急に生まれた不安を誤魔化す。


『大好きだった。だけど――』


 その一言が白雪の胸の奥を締め付ける。


「……うぅぅぅぅぅぅ。いじわるぅぅぅぅーーーーーッ!」


 だった? だったって何よ! もういじわるぅ!!!!!!!!!

 そしてベッドから起き上がると同時に巨大なイルカのぬいぐるみの尻尾の付け根部分を力強く握りしめ――大きく振りかぶってぶん回しては床に叩きつける。



「空哲君のバカぁーーーーー!!! あそこは私を選ぶ場面でしょうがーーーー!」



 朝から白雪は珍しく大声で泣き叫んでいた。

 幸い壁が厚くお隣や下の階に住む住人には迷惑にはならない部屋の作りとなっている。


「なによ! あの瞬間私絶対に勝った! って確信したのに。ずっと色目や特別扱いして心掴んでた……っ! 実際大好きになったんだったらそのまま私を好きでいてよ! なんで心移りしてるのよ、この浮気者!!! 誰の為に無理して毎日学校行ってたと思ってるのよ! このバカ空哲ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!」 


 どんなに頑張って取り繕っても本当の白雪はこっちである。

 その為、普段口にしないだけで本当は心の中で色々と思っている事が沢山ある。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が乱れても、空哲の身代わりとなった巨大イルカはぶん回され、朝から学校一の美女と呼ばれる気品がある女王様的な存在である白雪七海によって既にボロボロ。第七号となる巨大イルカのぬいぐるみは最早修復不可能とまでなっていた。一号から六号も七号と同じく時に白雪に安心を与え、愛情を与え、そしてボコボコにされる運命を辿ったのは本人達だけの秘密である。


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