第2話 現れたのは……


 キーンコーンカーンコーン。


「んー、やっと終わったぁぁ……」


 本日の授業が終わる鐘が鳴ると同時に、後ろの席から情けない声が聞こえてくる。

 確かに今日は、高校二年生として学校が始まってから最初の金曜日。長期休み明けの学校で疲れるのはわかるが……。


「……はぁ」


 俺は別の意味で疲れていた。

 今日だけで何回スマホをチェックしただろうか……。軽く10回は超えている気がする。

 普段は友達が少ないが故にかいりの動画を見るか、ゲームしてるかの二択なのだが、ここ最近はそれ以外の理由が出来てしまった。

 そんな俺に珍しさを感じたのか、先程情けない声を発していた後ろの席のやつに背中をつつかれる。


「今日はずっとスマホ見てたけど、どうしたの樹?」

「…………はぁ」

「ねぇー、樹ってばー」

「……動画」

「そんなようには見えなかったけど?」

「……なんでわかるんだよ」

「ふふふ、僕はいつでも君を見てるからね。えいっ、えいっ」

「やめてくれ……」


 俺は振り返りその指を掴む。

 本人はそれが想定外のことだったのか、やや頬を赤らめて驚いた顔をしていた。

 相川あいかわ皐月さつき、俺の数少ない親友だ。

 整った顔に、白い肌、背は小さく、髪は黒髪のショートカット。

 今握っている指だって触り心地が良く、何よりも大きな赤い瞳が特徴的な……男だ。

 名前も見た目も女の子っぽいし、喋り方も若干女の子っぽいのだが、男だ。

 その証拠に男子用の制服も着ているし、何よりも一度だけ銭湯の男湯で一緒になったことがある。……その時のこいつは何故かタオルで前身を隠していたが。

 皐月は男子からも女子からも人気がある。人当たりが良く、誰からも慕われるような彼はよく告白をされる。

 今のところ男女比が半々でなんとかキープ出来ているとか嬉しそうに話していたのを聞いた。

 そんな完全な陽の者の皐月と陰の者の俺が仲良くしているのは、理由がある。


「ねぇねぇ樹。昨日発表されたデモムービー見た?」

「デモムービーって……あぁ、れたすそふとの?」

「そうそう! はぁー、あのオープニングから滲み出る神作の予感がしたよ!」

「あー、皐月。興奮するのはいいけど、ここ学校だからそっちの話のボリュームは抑えてな」

「あっ、ご、ごめん樹……」


 指摘されて冷静になったのか、ボリュームを落とす。

 ……そう、これが俺と皐月が仲の良い理由。

 俺は昔からゲームが好きだった。実況動画を作ろうと思ったのもゲームの実況を見ていたからで、最初はRPGを主にやっていたが最近ではノベルゲーム……いわゆる美少女ゲームの方にハマっていた。

 そして、どあそふとの体験版をスマホで遊んでいる時、それを皐月に見られ『実は僕も同じのやってるんだ!』と迫られたのが全ての始まりだ。

 以来、皐月はみんなにはソレを隠しつつ、俺とはそっち系のゲームの話で盛り上がることもあった。


「僕って和のものが好きだからああいった雰囲気のゲームとか好きなんだよ」

「そう言えばそんなこと言ってたね」

「樹は学園ラブコメならなんでもいいんだっけ?」

「なんでもってわけじゃないけど……。まぁ面白いと思えば」


 こうして他愛ない話をしながらも気になってしまう。

 天野かいりがお休み宣言を出してからはや5日。あのような動画を出すくらいなのだから、たった5日程度で復帰するなんて思ってはいないが、それでももしかしたらと期待してしまっている。

 ……それに俺にはもうひとつ、通知が来るのを待っているものがあった。

 あの公園で出会った少女、ひかりさんだ。

 『また連絡しますねっ♪』

 あの時のひかりさんの笑顔と声が脳裏に浮かぶ。

 そう、彼女もまたあれから一度も連絡のれの字も無かったのだ。

 もしかしてあれはイタズラだったのでは? なんて疑問は抱かない。俺はあの子の笑顔を信じて待つことに決めたのだ。

 ……とはいえ、流石に一週間近く連絡が無いとは思ってなかったけど。


「リアルの学園ラブコメは全然しないのにね」

「興味が無いだけだよ。そもそもクラスの女子との会話さえまともに出来る自信ないのに」

「あはは、そうだったね。でも僕が思うに樹は出来ないんじゃなくてしないだけだと思うんだけどなー」

「……何が言いたい?」

「だって樹っていつもぶっきらぼうに見えて実は優しかったりするのを僕は知ってるからね」

「別に俺は特別なことをしてるわけじゃない。少なくとも俺の中での当たり前のことをしてるだけで。第一俺が優しいなんて言ったら世界中の人が優しくなるぞ」

「ま、樹ならそう言うと思ったよ。……で、結局樹は何を待ってたの?」

「ただの宅配便だよ……」


 これ以上詮索されるのは困ると感じは俺はそう言って立ち上がり、カバンを取ろうとした時だった。


「おーい、立華、まだいるかー?」


 突然、教室の入口から俺を呼ぶ女性の声。

 だが俺は返事をしないようにする。何故ならこの人がこういった感じに俺を尋ねてくるときは大抵厄介事を押し付けてくる時だから。

 なのでまだ見つかっていないうちに気配を消して、そのまま帰ろうとするが、


「はーい、いまーす!」


 何故か俺の代わりに元気良く皐月が答える。


「なんでお前が答えるんだよ!?」

「えっ、だってこうでもしないと樹は気配を消して逃げるじゃん」


 こうして皐月の手によって俺を呼んだ人物は、俺を見つけその隣に立つ。


「いつも立華の代わりに返事をしてもらって悪いな、相川」

「いえいえ、ひいらぎ先生にはいつもお世話になってますから」

「相変わらず相川はいい子だなー。それに比べて……」

「…………」


 冷たい目で見られたので思わず目を逸らす。

 この人の名前は柊 七海ななみ先生。

 俺のクラスの担任であり、俺の親戚だ。故に面倒事をどうせ暇だからと俺に押し付けることもあるため、こうして突然現れた日には気配を消して逃げるに越したことはなかったのだが……。

 いつの間にか皐月と結託していたらしく、今では逃げようとするとすぐさま皐月の手によって逃げられなくされてしまっていた。

 ……そして、この人達に捕まった俺は無力だ。


「それで今回はどうしたんですか七海さん」

「ちっ、嫌味を言ってもなーんもないもんなぁ。こほん、お前確かアパートに住んでたよな? 公園の近くの」

「まぁ、そうですね」


 俺はアパートを借りて一人暮らしをしている。

 家が遠いというのもあって、ここら辺で一番安いところを探した結果、時計塔のある公園の近くのアパートを見つけ、そこから通うことになった。

 一応言っておくが、七海さんから一人暮らしは大変だろうし、良ければうちに来るか、と誘われたこともあったが、お断りした。純粋に一人暮らしに興味があったというのもあるし、その当時はまだ動画作りをしていたため、一人の空間が欲しかったというのもある。


「だけど、それがどうしました?」

「あー、そのだなぁ。お前にひとつ宅配便をやってほしい」

「は、はぁ……?」

「なんと言えばいいかな。お前の後輩……って言ってもそいつは中等部なんだが、入学式の日に倒れて以来ずっと休んでるやつがいて、近くに住んでいる生徒もいなくてな。いつもは担任が行っていたんだが、今日はいなくて……」

「つまるところ、提出物やらなんやらをその人に届けて欲しいと」

「話が早いやつは嫌いじゃないぞ。というわけで……。ほれ、これがそれだ」


 そう言って七海さんもとい七海先生はプリントやら色々入ったファイルを俺に渡す。


「……あの、七海さん」

「なんだ?」

「もうこのこと自体断るのは諦めるとして。俺その人の家とか知らないんですが」

「あー、そうだったなぁ。同じアパートに住んでいたもんだからうっかりしていたよ」


 そうだったって……。それが一番重要ではないのだろうか。…………いや待て。


「七海さん今なんて言いました?」

「うっかりしていた」

「その前です」

「同じアパートに住んでいたもんだから」

「……同じアパート?」

「あぁ。だってここって、お前ん家のアパートだろ?」


 そう言って七海さんはその子の担任から渡されたのであろうメモ用紙を見せる。

 そこにはとても見覚えのあるアパート名。

 いや、それどころか。


「……同じですね。それも俺ん家の隣です」

「お前お隣さんが病気してるの知らなかったのか?」

「そもそも引越しの時に一度も会ったことないんですよ。無茶言わんでください」


 確かその時は俺自身がいなくて、代わりにたまたまこっちに様子を見に来ていた両親が対応していたはずだ。

 機会があればと思っていたが、その機会にも巡り合わず今に至っていた。

 そのことを話すと七海さんと何故か皐月までもが大きなため息を吐いた。


「あのさぁ樹。せめてお隣さんの顔くらいは知っておこうよ……」

「仕方ないだろ、会う機会なんて無ったんだから」

「ま、これも何かの縁だと思って行ってこい立華」

「……まぁ隣ならそんなに手間にならないですし。それにお隣さんと顔合わせできる機会ですからね」

「やる気になってくれたか嬉しいぞ。でもいくら可愛いからって相手は病人だからって変な気は起こすなよ」

「俺がそんなことできる人に見えますか?」

「樹って変な時に行動力あるからなぁ……」

「そもそも好きでもない子にそんなことするわけないだろ」

「でも樹って好きな子とかいないんでしょ?」

「何を言っている俺は──」

「天野かいりはそこに入らないからね」

「…………」


 言う前に止められてしまった。


「ま、アタシとしちゃきちんと届けてくれればそれでいいんだけどねー」

「先生がそれでいいんですか……」

「お前に襲うなんて勇気がないのは知ってるからな。それじゃアタシは失礼するよ」


 そう言って七海さんは教室を後にした。


「……それにしてもまさか隣に同じ学校の人が住んでいたんてな」

「そんなに心配なら僕もついて行こうか?」

「別にいいよ。これくらいなら俺でも出来るし、なにより皐月はアレがあるんだろ?」

「あー、まぁね」


 困ったように笑みを浮かべる。

 こいつはこいつで苦労しているのを俺は知っている。だからこそあまり邪魔になるようなことはしたくない。


「それじゃ俺はそろそろ行くよ。また明日な」

「うん、また明日。あっ、出来たらその子に会った感想も聞かせてね」

「……気が向いたらな」


 楽しそうに腕を振る親友に見送られながら俺は教室を出た。




 学校から歩いて30分ほどの場所にある、どこにでもあるような二階建てのアパートの二階の一番奥の部屋が俺が借りているところだ。

 つまりその隣は一つしかなく、俺は今その人の扉の前に立っている。


 「…………」


 本来であればポストに入れて終わりにしても良いのだが、それだと顔を合わせるということが出来ない。

 ならばチャイムを鳴ら素だけなのだが……。


「……ダメだ、緊張する……」


 中にいるのが女の子、それも俺の後輩だと考えると指が震えてしまい押そうとボタンに触れる直前に引っ込めてしまう。

 もう何度目かのチャレンジ。今度こそとチャイムを鳴らそうとして、また同じように指を引っ込めそうになった時だった。


「──ッ!!?」


 不意にスマホからラインの通知音が。

 普段はラインなんて来ないからその音にびっくりしてしまい。


 ──ピンポーン。


 引っ込めようとした指は驚いた拍子にチャイムを鳴らしていた。

 どうしようか迷っていた俺に心の準備なんて出来ているわけもなく、


「……どうしよう」


 まだ春だと言うのに汗をかいていた。


(落ち着け、今の俺にはちゃんとした理由があるんだ。だから大丈夫)


 そう何度も自分に言い聞かせていると、中から「はーい」と可愛らしい声が。

 俺は自分が同じ学校の生徒であり、届け物をしに来たことを簡潔に伝える。

 やがて扉の鍵が解かれる音と共に扉はゆっくりと開き……。


「すみません、わざわざありがとうございま──」

「「……えっ?」」


 中から現れたのは、会ったことがない人なんかではなく、


「ひかりさん?」

「……立華、さん」


 公園で出会った少女、ひかりさんだった。

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