甘々ほろ苦の爆弾

紺藤 香純

第1話

 あまあま、ほろ苦。

 キッチンが幸せな匂いに包まれます。

 夕ご飯の後に、晩酌中のお父さんを追い出してキッチンを占領したのは、高校生のお姉ちゃんです。

 お姉ちゃんは家庭科クラブの一員だそうです。秋の文化祭前にも試作をしていました。

「部活の準備?」

 私が聞くと、お姉ちゃんはゴムベラを横に振りました。

「クラスメイトに配るだけ」

 今日は2月13日。明日はバレンタインデー。お姉ちゃんは、学校に持って行くお菓子をつくっているのです。

 高校生は、いいな。中学校と違って、学校に食べ物を持ち込んでも怒られないんだもの。



 幸せな匂いの正体は、溶かしたチョコレートでした。

 卵、バター、メレンゲ、ほんの少しの薄力粉が手早く混ぜられ、四角いケーキの型に流し込まれます。ガトーショコラです。

千依ちよは? 明日持って行かないの?」

 お姉ちゃんは包丁とまな板を洗い、ホワイトチョコレートを刻みます。違うお菓子もつくるみたいです。

 中学校でも、バレンタインデーにかこつけてお菓子を配ろうとする人はいます。でも。

「持って行けないよ。校則違反になっちゃうもん」

「うちらは、こっそり持って行ったよ」

「2年生の先輩は、隠れて持って行くみたいだけど」

「平気っしょ。持ち物チェックとかなかったし。あげたい人、いないの?」

 薄力粉、ベーキングパウダー、抹茶パウダーを、ふるいにかけるお姉ちゃん。手際が良くて見とれてしまいそうです。

 手際が良いといえば、うちの中学校の生徒会長。何でもスマートに片づけて、格好良いんです。

 格好良いんです。1年の私なんかがお近づきになれないくらい。下手に近づいたら嫌われそうなくらい、繊細で格好良いんです。私なんか、気持ち悪いと思われてしまいそうです。

「ん……いないよ」

 私は、キッチンを出て自分の部屋に向かいます。



 充電が終わったばかりのスマートフォンは、グループラインのトークで、いっぱいです。

 クラスメイト、部活、学習塾、趣味のアカウント……皆、おしゃべりです。面と向かって喋れないことを、スマートフォンでぶっちゃけます。

 私はトークを見ずに学校の宿題をやります。

 学校の勉強なんて、大人になったら使わないよ、とクラスの皆は笑います。

 でも、後悔したくないです。今の勉強は将来無駄かもしれないけど、やらないで後悔するより、頑張ったことを思い出にしたいです。

 宿題が一段落して気晴らしに開いたスマートフォンのグループラインは、緊急事態が発生していました。



『明日、持ち物検査があるって!』

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