第八章「約束のとき」

第八章 第一話「そして山百合は咲きこぼれる」

「あぅぅ……。この登り、今までで一番大変じゃないですかぁ~?」


 私はどこまでも続くような坂道を、途方に暮れながら眺めていた。


 今は午後一時半。

 チーム行動は予定通りに終わり、昼食をとった後は全員が一列につながって歩く『隊行動』に移っている。

 歩みはついに今日最後の、そして三瓶山で一番大きな山『三瓶さんべ』へと踏み出したのだ。



 さすがに七時間ぐらい歩き続けているので、脚が疲労で棒のようだ。

 景色から元気をもらおうと思ったけど、雨が上がったばかりで雲が多く、遠くが見えない。

 景色に癒されることもなく、私たちは黙々と脚を動かし続けていた。


「ましろちゃんっ。腰を曲げて歩くと、腰が痛くなっちゃうよ~」


「う。そうでした……。気を付けなくっちゃ」


 ほたかさんの指摘で気が付き、背筋を伸ばす。

 ザックの重さの分だけ重心を前に傾けたほうがいいのだけど、背骨を丸めると痛めるということで、曲げるなら脚の付け根がいいらしい。


「重かったらアタシに分けるか?」


「大丈夫っ。美嶺はいっぱい背負ってるから、私も頑張るよ!」


 みんなにお世話になりっぱなしなので、最後まで自分の脚で歩けるように踏ん張る。



 無心になって脚を動かしていると、いつの間にか歩調に合わせて脳内で音楽が流れ始めた。

 これはお気に入りのアニソンの……イントロ部分だ!

 なぜかイントロの部分でループしているので、じれったくて強引に歌詞部分に思考をずらす。


 するとその時、美嶺が後ろから話しかけてきた。


「それにしても登ってる時ってさ。

 同じ曲が頭の中でグルグル再生されることってないか?」


 なんと美嶺も同じ状態だったようだ。

 二人でシンクロしていたようで、なんか照れてしまう。


「あるある~。今もまさにそんな感じ!

 ……まあ、私の場合はアニソンばっかりなんだけど」


「やっぱアニソンだよなっ!

 でもサビ部分を繰り返すだけで、曲が進んでくれないんだよ~」


「ぷっ」


 そこまでシンクロしてるなんて思わなかったので、ちょっと笑ってしまった。


「お~い、笑うなよぉ~」


「違う違う。私も一緒だから、偶然すぎて笑っちゃっただけ―っ」


 アニソン好きだなんて、美嶺はやっぱりリリィさんなんだ。

 オタクなやり取りを思い出して、うれしくなってしまう。



 その時、突風と共にまわりが真っ白になり、気が付くと右から左へ白い塊が流れていった。


「うひゃぁっ!」


 ビックリしながらその塊を見送って、しばらくして雲だったと気付く。


「さっき真っ白だったのって……雲の中ですか?」


 ほたかさんを振り返ると、笑顔で大きくうなづいてくれた。


「うんっ。ちょうど雲の高さを歩いてるんだねっ」


「これも山ならではの体験なんだ……。すごかったです!」


 あたりを見渡すと、雲が風に乗って飛んでいく。

 雲の高さを歩いてて、まるで天国のようだ。


「ましろちゃんが知らないことは、まだまだいっぱいあるよ~。

 例えば雲海うんかいとか!」


「うんかい……ですか?」


「雲の海って書くの。

 朝の気温が低い時間帯は雲が低い場所にたまってるんだけど、たか~いお山から見下ろすと、海みたいにどこまでも真っ白な平原が見えて、素敵なんだよ~」


 そのうっとりとした表情を見ると、私も胸がドキドキしてくる。

 いつかその景色を見たいと思った。



 そしてその直後、視界が一気に広がる。

 広い広い草原と大地。

 男三瓶の山頂だ。

 その山頂の向こうに広がる景色に、目を奪われた。


「……すごい」


 風と共に雲がカーテンを開くように流れ、雲の切れ間から見渡す限りの海が見える。

 雲間から光が差し込み、海上をスポットライトのように照らしている。

 視界の先には私の住む街も見えた。

 弓なりに伸びる海岸線の先にある山は、みんなと初めて登った弥山だ。

 弥山からこの三瓶山を見た記憶がよみがえり、懐かしさを覚える。


 きらめく光景に包まれ、心が癒される。

 頑張った私たちを祝福してくれているようだった。


 後ろを振り返れば、この二日間で登ったいくつもの山頂が一望できる。

 クレーターのように真ん中がくぼんだ大きな山を、この脚で確かに一周したのだ。

 思えば子三瓶の山頂に立った時は、雄大な自然を前にして自分の小ささに落ち込んだものだ。


 でも、今の感情は違う。

 人間の尺度と比べると不変と言っていい大らかさに包まれ、安心する自分がいた。

 簡単に一喜一憂する私を、まったく変わらない大きさで包み込んでくれるのが山なのだ。


「こんなに大きな山を、自分の脚で歩いたんですね……」


「うんっ」


 感慨深く景色を見つめ、ほたかさんも大きくうなづく。


「こんな……こんな高い場所まで来たんですね!」


「うん……うんっ」


「って、ほたかさん、泣いてるんですかっ?」


 横を見ると、ほたかさんは目をぬぐっていた。


「うれしいの……。みんなと一緒にここまで来れて、こんなに素敵な景色を見れて……」


「ほたか。……ずっと一緒に、登ろう」


 千景さんも微笑んでいる。美嶺ももちろん、歯をニカッと見せて笑っていた。


「そっすね。山はまだまだいっぱいあるんで、すごい景色はいくらでも見れますよ!」


 みんなの笑顔を見るだけで、なんだか胸がいっぱいになってくる。

 こんなに笑顔に包まれてるのは、お山の神様がくれたご縁なのかもしれない。

 山頂を見渡せば笑顔がいっぱい。まるで、たくさんの花が咲いたように見えた。

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