第二章 第二話「私に必要だったもの」

 次に気が付いた時、みんなが心配そうに私をのぞき込んでいた。


 かすむ目でまわりを見ると、先生はコップに飲み物を注いでくれてて、ほたか先輩と剱さんが懸命に帽子であおいで風を送ってくれている。

 私は地面に仰向けになっているようだ。


 あと、なんだか不思議な感触が頭の下にあり、触れてみる。

 ……温かい。

 柔らかい。

 あと、甘くていい匂いがした。


「ま……ましろさん。……くすぐったい」


 千景さんの囁くような声が頭上から聞こえる。

 ふと視線を上げると、千景さんの顔とお胸が見えた。

 大きなお胸は至近距離に迫っていて、千景さんが動くと私の額をサワサワと撫でる。


「うわわ……。ち、千景さんの膝枕っ?」


 あまりに魅惑的な光景を目の当たりにして一気に頭の中が鮮明になり、慌てて起き上がる。


 どうやら私はバテて、倒れていたらしい。

 みんなに介抱されたうえ、千景さんの膝枕で眠っていたようだ。


「ましろちゃん、ごめんね……。もっと早く休憩にすればよかった……」


 体力がない私が悪いはずなのに、ほたか先輩が本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 さらには千景さんも、ほたか先輩と一緒に頭を下げ始めた。


「あ、あの……。そんなに謝らないでください……。私がダメなだけなのに……」


 私が言うと、千景さんはふるふると首を横に振る。


「ち……違う。ましろさんの……せいじゃない」


「そうだよっ。

 ましろちゃんは初心者だし、体力がないことぐらい、見てわかるの。

 ……それでも登れるようにサポートしあうのがチームで登るってこと。

 ……ましろちゃんがバテたのは、お姉さんたちの責任なんだよぉ……」


 さらに剱さんも「ま、気にすんな」と意外と優しく言いながら、風を送ってくれている。

 みんなが当たり前のように私をフォローしてくれていて、私は思わず胸が高鳴ってしまった。


 まるでリリィさんの励ましみたいだ。

 現実でこんなあったかい言葉に包まれるなんて、あまりに意外過ぎて嬉しくなる。



 その時、千景さんが長い前髪の隙間から私を見つめ、たどたどしく話し始めた。


「バテたの……ボクの、せい。

 ボクが……ちゃんと教えられなかった……から」


「教える……ですか?」


「あのね。千景ちゃんはサブリーダーとして、山で疲れない歩き方をましろちゃんに教えようとしてたの。

 ……でも恥ずかしくて、言い出せないうちにましろちゃんがバテちゃって……」


 すると、天城先生も苦笑しながら話に入ってくる。


「空木さんが大股歩きなのは、後ろから見てれば一目瞭然いちもくりょうぜんよぉ。それだと疲れちゃうの。

 でも伊吹さんが『サブリーダーになったから、自分が教えたい』って言うから、見守ってたのよぉ」


 ほたか先輩が説明してくれると、千景さんは小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。


「ボクが……自分で言いたいって……伝えた。……言えなかったけど」


 そこまで聞いて、ようやくわかった。

 山道でチラチラと私を見ていた千景さん。

 あの時、歩き方を教えてくれようとしてたのだ。


 私は「辞めたい辞めたい」と考えてばかりだったのに、千景さんはサブリーダーになった責任を感じて頑張ろうとしてくれていた。

 膝枕をしてくれてたのも、せめてもの罪滅ぼしなのだろう。

 恥ずかしがり屋の千景さんの頑張りに、私は自分のネガティブ思考が申し訳なくなる。


 そして同時に、一つの興味が沸き起こってきた。


「あの……千景さんにとって、登山の魅力って……なんでしょう?」


 私と同じかそれ以上に陰のある千景さん。

 そんな彼女が登山を頑張る理由が知りたくなった。


 すると、千景さんはすうっと遠くに向かって指を突き出した。

 よくわからないまま、その指先を追って視線を移す。

 その指先の向こう、木々の間からは出雲平野の街並みが広がっていた。


「え……。こんなに高くまで来てたんですか……?」


 その光景は、今まで見たことのあるどんな風景よりも高く、広かった。

 日々を暮らしている街がとても小さく、そして遠い。

 ずっと地面ばかり見てたけど、いつの間にかこんな高い場所までやってきていたのだ。


「登山は……歩けば、ちゃんと進む。……頑張りが感じられて、好き」


 千景さんはかみしめる様に言葉をつむぐ。


 その言葉は私の中にストンと落ちた。

 自分が欲しかったものだと、素直に納得できた。


 私の生きがいは創作活動だけど、作品作りには明確なゴールなんてない。

 進んでるつもりで、全く進んでないこともしょっちゅうだ。

 暗闇の中で進むだけでも大変なのに、違う価値観にさらされてくじけることも多かった。


『気分転換も兼ねて、お外に出ましょっ』


 ……天城先生に言われた言葉を思い出す。


 そうか。

 私に必要だったのは変化。

 そして確実にたどり着ける成功体験だったのだ。


 創作活動をあきらめるわけじゃないけど、たまには報われることを実感したい。

 山登りが最適なのかは分からないけど、頑張った分だけ報われる世界には間違いないのだ。


 今はこの高さまでしか来れなかったけど、歩き方を教わって、体力をつければ、いつか頂上にたどり着けるかもしれない。

 こんなにポジティブなのは自分らしくないけれど、登山の良さが少しだけ分かった気がする。


「……今度登るとき、千景さんから教わりたいです。

 ……歩き方を教われば、もうちょっと高くまで登れる気がするので!」


「ちゃんと……話せるように……が、頑張り……ます!」


 千景さんはモジモジしながらも、しっかりと答えてくれる。

 その仕草が本当に可愛い。


 運動は本当に辛いけど、もうちょっとだけ頑張ってみよう。

 ……そう思った。



 △ ▲ △



 フラフラになって下山した後の、帰りのマイクロバスの中。

 ボンヤリと座っていると、隣の千景さんが私の靴をじぃっと見つめている。


「登山靴が……どうかしましたか?」


「その靴、部の備品。

 ……ましろさんの足に、あってないかも。足に合った靴は、疲れにくい」


 そう言われて、自分の登山靴に視線を落とす。

 確かに、私の足にしっくり来てない気がする……。


「そういえば、横幅がちょっと窮屈きゅうくつかもしれません……」


「あと……ましろさんのバックパック。よく見ると、ベルトがたるんでる。

 それだと、疲れる」


「バックパック……。ああ、ザックのことですか!

 いろいろ呼び方があるんですね~」


「うん。なんとなく……ボクはバックパックって、呼んでるだけ。

 それより……」


 千景さんが自分のザックを指さすと、確かに千景さんのザックは首の後ろやわきの下のベルトがキツそうに締め付けられていた。


「バックパックが後ろに傾くと……重心がずれて、疲れる。

 ちょっとキツくするのが……コツ」


「……千景さん、道具に詳しいんですね!」


 私が感心すると、千景さんは帽子を深くかぶって目を隠してしまった。


「……あの。……そんなこと、ない。

 バックパックのこと、気付けば……きっと疲れなかった」


 千景さんは目を伏せ、落ち込んでいるように見える。

 バテたのは私が体力ないだけなのに、こうやって責任を感じられると申し訳なくなってくる。


「あわわわわ……。

 べ、別に今日の登山が最初で最後なんてわけないですし、今度は注意するので大丈夫ですよぉ……。道具についても、色々と教えてくださいね!」


「……ボ、ボクなんかの知識。……肝心な時に言えないから、意味ない……」


 すると、横の座席に座っていたほたか先輩が、身を乗り出してきた。


「も~。千景ちゃんは凄いんだから、自信を持って!

 千景ちゃんはすご~く知識が豊富なんだよ。

 お姉さんは千景ちゃんがいないとダメなぐらいなんだから~!」


 そう言って、ほたか先輩は千景さんを抱きしめて頬ずりし始める。


「知ってるって言っても、要領が悪いから……全部、覚えようとしてるだけ……」


 千景さんは妙に後ろ向きだ。自分に自信がないのだろうか?

 なんてもったいないのだろう。

 千景さんは自分の魅力に気が付いていないのだろうか。


 前髪で隠してるけど素顔はかわいいし、

 片目隠しキャラなんて、最高にそそるのに!

 しかもボクッ娘で小っちゃくて胸が大きい。

 ……一人でどんだけ属性を盛るんですか!



 そして、そんな千景さんとほたか先輩がイチャイチャしてるのを間近で見て、たまらなく興奮してしまう。

 美少女同士のからみの、なんと尊いことか!


 この気持ちは忘れないようにメモして、創作に生かすことにしよう。

 本当は写真におさめたいけど、さすがに失礼だし、アイデアをメモするだけにとどめるのだ。

 私は座席の上のスマホを手に取り、電源を入れる。



 ……しかし、すぐに異常に気が付いた。

 このスマホ。機種は同じだけど、私の物じゃない……。

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