第34話 魔物を狩る

 扉を抜けるとそこは俺の知らない路地だった。狭い路地で荷物も雑多に並んでいるので横に並んで歩くのは不可能だろう。こんな時は一番強い俺が前に出て歩けばいいのだろうが、真っ先に駆けて行ったサクラを追い抜くことも出来そうにない。

 俺はサクラとあさみとアイカの後をついていったのだけれど、路地から抜けて人通りの多い大通りに出たところで、サクラの手を中年の女性が引っ張ってどこかへ連れて行こうとしていた。


「こんなところで何してるのよ。いいからこっちに来なさい」


 そう聞こえたことは間違いないのだけれど、サクラはこの世界に来たのも初めてだろうし、知り合いなども当然いないはずだ。それなのに手を引かれて連れていかれているということは、人違いなのだろう。俺はサクラのあとを追っていたのだけれどいつの間にかできていた道もすっかり元に戻ってしまっていてどうしても人混みをかき分ける必要があるのだった。


 俺たちはサクラを見失ってはいなかったけれど、その場所までたどり着くのにも時間がかかりそうで、俺たちがサクラの近くまでたどり着いた時には中年女性が二人で何か揉めているようだった。


「ミチコさん、あの人は昨日の巫女さんじゃないと思うんだけど、髪の長さも色も違うんじゃないかね」

「そうかしら、でも、こんな街に巫女さんが二人もいるわけないじゃない」

「でもね、この巫女さんは昨日の巫女さんとは別の人よ。それに、お付きの人も別人になっているわよ」


 お付きの人というのは俺の事なのだろうか?

 しかし、俺はこの中年女性にあったことはないし、サクラと一緒でこの世界に知り合いもいないのだ。巫女が二人いるのかは知らないけれど、サクラに迷惑をかけるようなことにならなければいいと思った。


「お付きの人って、あの獣人の人達でしょ?」

「この巫女さんのお付きの人は獣人じゃないでしょ」

「そうは言いますけどね、獣人なんて変身できる種族もいるんですし、私はこの巫女さんで間違いないと思うんですよ」

「そうは言ってもね。別人の巫女さんだったら新しく契約を結ばないといけなくなるよ。その予算はどうするんだい?」

「そんなの知らないわよ。巫女なんだから無償でやるのが道理でしょ。神に仕える巫女なんだから、神の信徒である私たちを助ける義務があるのよ」

「そんな自分勝手な話が通用すると本気で思っているのかい?」

「当然でしょ。私たちが今まで色々と面倒を見てきたっていうのに、いざというときに雲隠れしちゃうなんて許されるわけがないじゃないのさ」

「だからって、この人は私たちに関係ないと思うんだけど、巫女でも違う人でしょ」

「もう、分かったわよ。昨日までの巫女とは違う人なんでしょうよ。でもね、あんたも巫女なら責任取ってこの街を守りなさいよ」


 「すいません。お二人の言っていることが全く理解できないのですが、詳しくお聞かせいただけますか?」


 サクラも混乱していたし、俺もあさみもアイカも中年女性の意見に正しい部分があるのか甚だ疑問に思っていた。町を守るという言葉に若干の違和感を覚えたけれど、その正体まではわからなかった。


「要するにだ。山にいる魔物を退治すればいいってことだろ?」

「ああそうさ。それが出来るなら神宮だろうが統一法王庁だろうが関係ないね。あんたたちも神に仕えし巫女ならこの街を救っておくれよ。お礼なんて出来ないけれど、頼むよ」

「一つだけ確認したいんだが、そのいなくなった巫女ってのはどんな髪の色だったんだ?」

「申し訳ないが、私は色の区別がつかないんだよ。明るいか暗いかくらいしか見分けられないもんでね。落ち着いてよく見ると、昨日までの巫女さんとは顔も違うように見えるし、詳しいことはこっちのチカコさんが説明してくれるので、よろしくお願いします」


 結局のところ、魔物を退治してサクラたちの名誉を回復するのが先決だろう。どんな魔物が待ち受けているのかわからないけれど、きっと俺なら大丈夫なはずだ。少しだけ不安だったけれど、三人を不安な気持ちにさせないためにも俺はいたって普通に国道をしていた。


「そうですね。私たちが頼っている巫女さんは濃い赤毛でしたね。こちらの巫女さんと身長は同じようでしたが、胸の大きさは全然違ったと思います。あと、特徴としましては、三人の獣人を連れていることでしょうね。一人はオオカミ、一人はフクロウ、一人はトラだったと思いますよ」

「そうですか。では、俺が少し山の様子を見てきますので、この三人に何か食べ物と飲み物をいただけますか?」

「ええ、それくらいでしたら。簡単なものしか作れませんがよろしいですか?」

「はい、出来れば名物とかだと嬉しいです」


 食い意地が張っている人間は他にもいるので珍しくはないと思うのだけれど、初対面の相手にこれだけ言えるのだったら陰でいじめられることもないだろう。いじめられたとしても俺が助けるだけなので安心だろう。


 俺はサクラたちと別れたのだけれど、俺は甲冑を身に纏っている男性にどうすればいいか聞いてみた。


「そうだな。とりあえずは相手を知ることが大事だろう。あんたがいくら強くたって事前準備もせずにいきなり戦いを挑むほど愚かではあるまい。それにだ、山の魔物は見えないところからも攻撃をしてくるんで、それに関しても対策を立てる必要があるんだよ。今までどんな対策を講じても全て無駄に終わってしまったんだがね」

「俺はあんまり下調べとかしないんだけど、今は一人だから気を付けないといけないな」

「おいおい、お仲間を置いてきたとはいえ俺もいるんだし、一人ってことはないだろ。俺だってそれなりに戦えるんだぜ。攻撃よりも守りの方が専門とは言えよ、俺だって今までそれなりに武勲を上げたりもしてるんだよ」

「そういう意味で言ったわけじゃないんだが、申し訳ない」

「いや、俺も熱くなっちまったな。お互いに冷静に行こう」


 俺が一人といったのは何もサクラたちがいないからというわけではない。むしろ、サクラたちがいない方が守ることを考えなくていいので自由に戦えるということもある。一緒にいる男がどうなろうと知ったことではないが、リンネがミカエル側についていったのが少しだけ不安なだけだ。俺は他人に命を与えることが出来るけれど、自分にはそれが出来ない。つまり、この世界にリンネが来ない限りは死ぬことが出来ないのだ。


 俺は甲冑の男と二人で山に入ったのだけれど、山の魔物はそう簡単に見つかるものではないらしく、他にも四人一組のグループが複数組入山していった。どこかの組が見つけた場合、何もせずにそれを報告するように頼んであるのだ。


 俺は甲冑の男と二人で山の中を静かに気配を消しながら歩いているのだけれど、少しだけ勾配のある坂に生えている木々は自然のままで少しだけ歩きにくかった。それでも、小鳥のさえずりや木漏れ日は心地よいもので、魔物がいなければ過ごしやすそうに思えていた。

 そのまましばらく歩いていると、少しずつではあるが獣独特の臭いが風に乗って流れてきていた。鼻につく臭いはむせ返りそうになるほど濃厚で、俺は鼻を覆っていたのだけれど、隣の男は目を輝かせていた。


「なあ、この臭いだよ。今まで何度か冒険者を連れてきているけれど、こんなに強烈な臭いは初めてだぜ。あんたは魔物を呼び寄せる特別な道具とか使ってないよな?」

「そんなものは持ってないよ。今まではこんなに強い臭いじゃなかったのか?」

「ああ、こんなに濃い臭いは嗅いだことがないな。一つ提案なんだが、一度街に戻って仲間をもっと呼んでこないか?」

「どうして?」

「うまく説明できないんだけど、嫌な予感しかしないんだ。絶対によくない予感がしてるんだけど、あんたもそんな経験ないか?」

「俺にはそんな経験はないんだけど。あ、一回だけあったかもしれない」

「な、あんたもそれがわかるなら一旦退いてやり直すべきだと思うだろ」

「そうもいかないと思うよ。ほら、見てみなよ」


 俺を見つめる男に向かって俺が視線の先を森の奥へ誘導させると、そこには見たこともない大型の獣がこちらに向かって低い体勢で突撃の準備をしているようだった。

 周りに生えている木と比べてもその大きさはわかりにくいのだけれど、低い体勢をとっているのに体高だけでも三メートルくらいはありそうだった。そして、その獣は低い体勢のまま俺たちに向かって突進してきたのだが、そこに生えている木々を全く気にせずに薙ぎ倒していた。


「奴だ、奴が山の魔物だ。見つかっちまった。もう逃げられない。どうするんだよ」


 甲冑の男は恐怖のあまり冷静さを失っているようだけれど、俺はこれだけの距離があるんだし大丈夫だろうと思いながらも、獣の進路から外れるようにテクテクと歩いていた。甲冑の男も俺とは逆方向に走っていたのだけれど、甲冑が重いせいかその動きは俺と大して変わらないスピードだった。

 どんな魔物なのか観察してみようと思っていたのだけれど、先ほどより近くで改めて見ると、その魔物は大型のクマにしか見えない。クマとは戦ったことがないのだけれど、どのように立ち回れば一番効率的になるのかとシミュレートしてみた。答えは出なかった。


 木々をなぎ倒しながら向かってきたクマは俺と目が合ったままだった為か、急に俺の方へと進路を変えてきた。急に進路を変えたのにそのスピードは衰えることもなく、勢いを保ったまま俺に思いきりぶつかってきた。


 多少の衝撃は受けたものの、力を入れれば耐えられないことはなかったのだが、これが死角からの攻撃だったら危険な一撃になっていたかもしれない。もっとも、これだけ大きな動きを不意に行うのは不可能だと思うので、この獣の攻撃で俺がダメージを受けることは無さそうだと感じた。


「なあ、こいつを生け捕りにするのは難しそうなんだけど、やっちゃってもいいのか?」


 俺は聞こえているかわからないけれど、甲冑の男にそう伝えると、甲冑の男は手で大きな丸を作って俺に伝えてきた。


 どうやって攻撃すればいいのかなと思っていたのだけれど、クマは大きくなってもクマには変わりないらしく、俺を威嚇するためか両足で立ち手を大きく広げていた。このまま両手を振り下ろしてくるのかなと思っていると、予想通りに右前足と左前脚を順番に振り下ろしてきた。その攻撃は俺にあたることは無かったのだけれど、立っている木やその辺にある岩を砕くだけの破壊力はあるようだった。

 その後もクマは前傾姿勢をとりながらも前足を振り下ろしてきているのだけれど、攻撃のパターンが少ないので避けるのは苦労しなかった。そろそろ何かお返しをしようと思っているときに、俺は背中に固くて冷たいものを感じた。軽く振り向くと、そこには俺の背丈の倍はありそうな岩があった。

 俺だって馬鹿じゃないので、避ける方向に障害物がないことは確認しているのだけれど、俺が気付かないうちに大きな岩がそこにあった。岩だけではなく、岩を割るように生えている木もあったのだが、こんなに特徴的なものを見逃すはずがないと思ってた。逃げ道を失った俺をあざ笑うかのようにクマは再び立ち上がって、俺に向かって両前足を高く掲げた。


「早く逃げろ!!」


 甲冑の男の声が森の中に響いていたけれど、俺には逃げるという選択肢はなかった。そもそも、格下の相手から逃げる必要はないのだ。なぜなら、俺はクマが立ち上がる瞬間を待っていたのだから。

 俺はクマが立ち上がって前足を掲げて、それを振り下ろすよりも早く距離を詰めて、右手をクマの腹にめがけて打ち込んだ。思っていたよりも皮膚は堅かったけれど、皮膚を割くことはそれほど難しくはなく、右手は内臓まで届いていた。本当は心臓を取り出そうと思っていたのだけれど、俺にはこのクマの心臓の位置がわからなかったし、内臓を抉り出せばどうにかなるだろうと思っていた。

 俺が内臓をほじくり出している間もクマは抵抗をしているのだけれど、体を密着させている俺に対して思いっきり攻撃することも出来ない熊は、駄々っ子のように手を振り回すことしかできなかった。

 内臓をすべて取り出す前にクマはこと切れたのだけれど、心臓は内臓の中心に隠されていた。この位置だと狙って取り出すのは難しそうだと思ったのだが、体を調べた結果、骨はその辺にある石と同じくらいの固さなので折ることは問題なくできそうだということだった。


「おい、大丈夫だよな?」


 クマが動かなくなってしばらくたってから甲冑の男が近付いてきたのだけれど、動かない熊を避けて大きく回って俺の方へ歩いているのが物音で分かった。

 俺が物音のした方を見ていると、ゆっくりのぞき込んできた甲冑の男と目が合ったのだけれど、俺と目が合った瞬間に男は情けない声を上げてその場に崩れ落ちた。


「あ、あ、あ、あ、血、血、血が出て、あ、ああ」


 と言葉にならない様子ではあったけれど、俺が浴びているのは返り血なので俺自身には怪我などないのだ。それを伝えるにはどうしたらいいのかわからないけれど、とりあえず俺は手に持っていた内臓をその場において、男のもとへと近づいた。


「なあ、こいつが山の魔物で間違いないか?」

「……。」


 男は無言でうなずくだけなのだが、こういう時何か言ってほしいものだ。この死体をどうしたらいいのかと悩んでいると、風上から強烈な獣の臭いが飛んできた。


「なあ、こいつって他にも仲間がいるのか?」

「わからん、わからん。俺にはわからん。この魔物が何体いるのかも、あんたがどうしてそんなに強いのかもわからん。なあ、どうやったらそんなに強くなれるんだ?」

「生まれつきじゃないかな。それよりも、ほかにも同じ魔物がいるのか?」


 俺がそう尋ねると、つい先ほど聞いたクマと同じ咆哮が臭いのする方から聞こえてきていた。


「俺の聞き間違いじゃないよな?」

「ああ、俺も確かに聞いたぞ。あんたが殺した魔物と同じ声が奥の方から聞こえてきた」

「一応確認しておくけど、その声って、二匹分じゃないか?」


 俺の問い掛けに男は黙ってうなずくと、そのまま立ち上がって山を下りようとしていた。俺はそれを無視して声のする方へと向かっていくと、男は驚いたようで慌てて俺のあとへと付いてきた。


「怖かったら引き返していいんだよ」

「俺もあの街を代表してきているんだ。ここで逃げ帰るわけにはいかない」

「そうか、それもそうだよな。じゃあ、俺一人じゃ無理だからたくさん人を集めてきてくれないか?」

「あんた、一人で足止めするつもりなのか?」

「何言ってんだよ。俺一人じゃアレを運べないって言っているんだよ」


 俺がクマの死体を指さすと、男は嬉しそうにほほ笑むと嬉々として俺に向かっていた。


「そうだよな。あんたはあいつを倒すことはできても一人じゃ運べないよな。運ぶためには人手も必要だし、それを集めている間に咆哮の主に逃げられても困るもんな。いや、俺だって戦いたいよ。戦いたいけど、これを運ばないといけないから仕方ないよな。人を集めるならよそ者のあんたより俺の方が確実だし、それは誰が見たって明らかなことだよな。ただな、無理だけはするなよ」

「あんたもな、まずは、この山に一緒に入ったやつらにも知らせてくれよ。俺はあんたらを守りながら戦うことはしないっていうのも伝えてくれると嬉しいな」

「ああ、こいつを倒してくれただけでも十分だ。あんたに負担をかけないようにみんなに伝えておくよ。ただ、一匹と二匹相手じゃどんなに強いあんたでも苦戦するかもしれないし、助けが欲しくなったら遠慮なく言ってくれよ」


 一匹倒したら二匹出てきて、二匹倒したら四匹になるとかはないよな。何匹出てきてもこの程度なら問題ないと思うけど、数が多いのは少し厄介だなと思いながらも、俺は獣臭の強い方へと向かって歩き出した。

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