第30話 バラバラに散った薔薇の行き先ですが、何か?

 ~リシア・シャルルside~



 一度散ってしまった花は、もう元には戻らない。

 一度散ってしまった花は、それでも個ではなく、輪を求めたがる。

 一度味わってしまった優越感は、中々抜け出せない中毒性が高いモノ。

 一度味わってしまった絶望感は、中々忘れられず留まるモノ。



「アリィミア様にはガッカリですわ!」

「本当に! 手腕を見ていて欲しいなんて言いながらあの失態!」

「わたくしたち、つく相手を間違えたんですわ!!」



 そう語り合う病院の一室。

 ここは、私、リシア・シャルルの女性専門病院。

 リコネル王妃様からの要望で、女性専用の病院もあって良いのではないかと言う話を承り、この個人病院を経営している。

 主に出産にも関わる病院だけれど、それ以上に、女性たち特有の精神的、心の悩みに付き添う事が多い。

 故に、この病院には情報が溢れているのよね。


 先ほどから騒いでいる彼女たちは、黒薔薇の会に所属していた女性達。

 彼女たちは黒薔薇の会に所属していた時から、黒薔薇の会のお茶会が終わるとここに来てはアリィミア・ダライアスへの不満を口にしていた。

 そして、黒薔薇の会を抜けた後も、こうして病院の一角に集まって鬱憤を言い合っている。何とも滑稽な姿よね。

 彼女たちは別段、アリィミア・ダライアスに憧れていたわけではない。

 ただ、日々の鬱憤を誰かにぶつけられる場所が欲しかっただけ。

 そんな彼女たちが耳にしたのが、アリィミア・ダライアスの黒薔薇の会だっただけの事なんだけれど、居場所を失った彼女たちが次に向かうのは何処かしらね。



「しかも、我が家に婚約パーティの招待状まで送ってきて!!」

「うちもですのよ! お父様とお母様はとても喜んでらっしゃったけれど」

「行くのが怖いですわ……」

「本当に……ヴィヴィアンさんも一体何を考えてらっしゃるのかしら!!」

「報復に違いありませんわ!!」

「なんて嫌らしい女なのかしら!」



 あらあら、ヴィヴィアンさんは報復なんて考えてらっしゃらないわ。

 そう口にしたくても、彼女たちの言い分をメモしつつ話を聞くのが私の役目。



「リシア先生もそう思いませんこと!?」

「そうですわね……私は詳しい内容までは知りませんけど、あなた方は何かをしでかしたりしてないのであれば、堂々と婚約パーティにいっては如何?」

「それは……」

「そうですけれど……」

「何も悪いことをしてらっしゃらないなら胸を張っていけば宜しいのよ。自慢できるだけのパーティでしょう? それに、一体何をそんなに怯えてらっしゃるの? まさか、今を時めくヴィヴィアン・ヴリュンデを攻撃した訳ではないのでしょう?」



 私の一言に顔色を青くする令嬢もいたけれど、私は努めて笑顔で彼女たちに向き合った。



「相手の男性は謎多き美男子として有名な、ダリル・アンダーソンさんなのでしょう? 確か……王国騎士団団長のご長男だとか。 騎士団団長の家というのであれば、他の騎士団の未婚男性も多く出席されるはずですわよね」

「それも……ありえますわね」

「アンダーソン家よりは劣るとはいえ、騎士団の家柄の婚約者なしの男性陣は、今回の婚約パーティで結婚相手をお探しになるかも知れないわね……私にも招待状が届いているから参加するつもりですけれど、そこで素敵な男性と出会ったらどうしましょう」



 にこやかな笑顔でそう告げると、未婚の彼女たちは色めきだった。

 それもそうでしょう。結婚適齢期を迎え、未だに婚約者のいない女性からすれば、藁にも縋る思いにもなるだろうしね。

 けれど、彼女たちと結婚を考える奇特な男性たちは、果たしていらっしゃるかしら?



「そうよ、ヴィヴィアンさんだって結婚できるのよ? わたくしたちが結婚出来ないのはおかしいですわ!」

「そうよ、その通りよ!!」

「わたくしたちの方が家柄もいいし、見た目だって気を使ってますわ!」

「それに、徹夜明けのヴィヴィアンさんの顔をご覧になったことある?」

「ありますわ」

「酷い物でしたわよねー」

「ダリル様も、そんなヴィヴィアンさんを見れば100年の恋も冷めるのではなくって?」

「可哀そうなダリル様……その時はお慰めしたいわ」

「本当に……」

「その為には伝手も用意しておかねばなりませんわね」



 言いたい放題の彼女たち。

 でも、彼女たちは知らないのよね……ダリルは、ありのままに、必死に小説を書いている姿のヴィヴィアンさんに恋をしたことを。

 見た目の問題ではないのよ。

 見た目なら女装しているダリルの方が断然上だもの。

 彼が重視するのは女性の中身。

 一緒にいて楽であるか、楽しい人であるか、安らげる人であるか、支えたくなる人であるか。

 彼の基準はイマイチ掴めないけれど、ダリルからの手紙では、ヴィヴィアンさんの全てが好みだと書かれていたわ。

 良いわよねぇ……私にもそういう女性、現れないかしら。



 ――私の女装を理解してくれる、心の綺麗な女性が現れないかしら……。



「こうしていられませんわ。家に帰ってドレスの案をもう一度練りましょう」

「今から一から作るのは難しいですものね」

「せめて場に合った服装で行きましょう。空気の読める女性は男性受けがいいと言いますし!」

「化粧も!」

「アクセサリーも!」



 そう叫びながら彼女たちは淑女らしからぬ動きで病院を後にした。

 男が手に入るかも知れないと思ったら、ヴィヴィアンさんの事など気にもしないのね。



「男に飢えた猛獣たち……下劣だわぁ」



 小さく呟き、今日の報告書をまとめ、リコネル王妃と諜報部、そして友人であるダリルに手紙を送って今日のお仕事は終わり。

 帰りに、何時もの酒場で一杯やってから帰ろうかしら。

 もう一つの仕事が終わるかも知れないし。


 そんな事を思いつつ、女装したまま何時もの酒場へと向かうと、そこには貴族の屋敷で働く下請けの人間が多く集まっていた。

 そこで情報を聞くのは楽しい事。絡まれればそのまま絡んできた相手から情報を聞き出しつつお酒を驕り、コッソリ忍ばせた薬で眠って頂くだけの簡単な仕事。

 冬が近づき、寒くなって来た今の時期は、ホットワインが欠かせないわね。


 何時もの席、何時もの料理、その時で決まるお酒……自由な独身生活って奴よね。


 そんな事をぼんやり思いながら耳を澄ましていると、欲しい情報がどんどん入ってくる。

 どこの屋敷では今こんなことが起きている。

 どこの屋敷の家族は今こんなことになっている。

 誰しもが噂好き。人の不幸は最高の酒の肴。



「俺はもうエバール伯爵の屋敷に行くのが怖いよ」

「おいおい、どうしたんだ?」

「あそこの屋敷に閉じこもってる弟の方! 今荒れてるんだよ……屋敷のメイドが三人も殺されたらしいぞ」

「なんだって?」

「なんでも、お見合いを断られたらしい。お見合い持ってきた女伯爵とも連絡が取れないみたいでな。その女が今度くるパーティに乗り込むって話だぜ」

「穏やかじゃねぇなぁ」



 あらあら、エバール伯爵ったら、ダリルさんとヴィヴィアンさんの婚約パーティに乗り込んでくるのかしら。

 だったら、招待状を送ってあげればいいのに。

 いいえ、そんな事を私から言うまでに、彼の事だから既に送っているのかも知れないわね。

 もしくは、別のカタチでお呼びになるのかしら。楽しみだわ。

 ――取り合えず、欲しい情報は手に入ったかしら?

 後は今日仕入れた情報は、素早く、さっさと諜報部に持っていきましょう。

 残業はしたくないものね。



 こうして、お会計を済ませてお城の諜報部へと向かい、先ほど聞いたエバール伯爵の事や、他の家の情報を伝えると私の仕事は終わり。

 帰りに仕立てて貰ったドレスが出来上がったと朝お手紙を貰っていたので、それを貰って帰り、一人ウイスキーで口直しをしながら、数日後に迫った、友人の婚約発表パーティを楽しみにするのだった。





========

黒薔薇の会から離脱していった方々。

ちゃんと見られてますよー。


リシアさんも女性かと思いきや、女装男子。

ダリルさんと仲が良いはずですね!


この二人が並んで女装していたら、迫力あるだろうな~と思いながら執筆しました。

リシアさんもそのうち登場回数が増えると良いなー。

(ダリルさんスピンオフとかで)

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