第27話 婚約は復讐の始まりですが、何か?

 ~ダリルside~



 父の言葉を皮切りに始まった、私とヴィヴィアンさんとの婚約を決める話し合い。

 とは言っても、諜報部から聞いていたヴィヴィアンさんの家とは程遠い、煌びやかでいて華やかな我が家を見て、色々計算を弾き出したであろうヴリュンデ伯爵は、暫く眉を寄せてから「そうですなぁ」と言葉を濁した。



「是非、我が娘との婚約を決めたいところです。こちらとしても是非ともそうしたい。ですが、我が家は今にも没落しそうな家でしてね……そちらのご長男、ダリルさんを婿に迎えるにしても金銭面がですな」

「それはご安心下さい。こちらから婿に行くのですから、全ての金銭はヴリュンデ伯爵に出してもらうつもりは全くありません。寧ろ、素晴らしいお嬢さんと結婚できることを喜びとし、多少の便宜をはかるつもりです」

「と言うと?」

「まずは婚約を了承して頂けるのならこれだけの金額を。結婚し、そちらの婿に入れた時にはこれだけの金銭をご用意している次第です。それだけでありません。きっとそちらがお悩みであろうヴリュンデ伯爵借金も、我が息子が婿入りし、家督を譲るって下さるというのなら、全て我が家で支払っても構いませんよ」

「なんだって!? それは本当かね!!」



 ――そう、ヴリュンデ伯爵には多額の借金があった。

 それは、ヴリュンデ伯爵が商売をしようとして失敗した多額の借金で、ヴィヴィアンさんが家に送る金額だけでは、到底返しきれなかった筈の借金。

 それを、家督を譲るのであれば全て我が家で支払うと言ったのだから、ヴリュンデ伯爵が目を見開いて食いつくのは当たり前の事。



「無論、こちらも大きな金額が動くのですから、しっかりとした契約書は書いていただかねばならないのが心苦しい事ではあるんですがね……どうでしょう? 婚約にこの金額、結婚をすればこれだけの金額、そして家督を譲ると言うのであれば、そちらの借金は全て我が家で支払う。これは中々ない破格の婚約となると思うのですが?」

「おおお! それは無論そうだとも! これだけの金額を出してくださるというのならば、それはもう!!」

「では、ダリルが婿に入った場合、家督を譲って貰うと言う事も」

「七代先まで残りそうな借金がチャラになるのなら喜んで受け入れよう!」



 ――此処までは折り込み済み。

 何せエバール伯爵が言った金額は、私とヴィヴィアンさんが婚約成立した場合に発生する金額しかなかったのだから。

 それが、プラスにプラス、大盤振る舞いと言わんばかりにでるのなら食いつくわよね。でもヴリュンデ伯爵は気づいてないみたいだけれど、彼が社交界に戻ることがもう出来ないと言う事を理解しないまま、話は進んでいく。

 お金の力って本当に凄いわね。



「だが、うちの娘でダリル君は宜しいのかね? うちの娘は小説しか取り柄のない奴だが」

「そんな事は御座いません。彼女はとても人格者で素晴らしい女性です。私が保証しましょう」

「そう言ってくれるとありがたいねぇ」

「ですが、まさかエバール伯爵と結婚させると聞いたときは心臓が止まるかと思いましたよ。大事な一人娘を、かの有名な首絞め伯爵と結婚させると聞いたときは、申し訳ないが私は義父になる貴方を相当疑ったものです」

「う……疑うとは」

「とても心配になったのです。一体どなたからエバール伯爵を紹介されたのですか?」



 心底心配するように問いかけると、ヴリュンデ伯爵は口の滑りの良くなる紅茶を一気飲みした。

 あらあら、そんなに飲んで大丈夫かしら?

 メイドに目線を向けると、彼女は小さく頷き更に空になったコップに先ほどの紅茶を注いでくれた。



「うむ、実は我が家に……ダライアス伯爵家から使いが来てな。その後、ダライアス伯爵夫人がお越しになり、素晴らしい縁談があると言われたのだよ」

「その相手が、エバール伯爵であったと?」

「ああ、私も聞いたときは驚いたものだが、金銭的な補助をしてくれると言われてしまい了承してしまった。まぁ、私と同じ年でありながら妻を持たず独り身で居るのは辛いだろうと思ったのも事実だが」

「だが?」

「何せ金がな! エバール伯爵は金を貯めこんでいるとダライアス伯爵夫人から色々聞いて、なんとも羽振りがいいそうでね! そんなに羽振りがいい相手ならば、我が家の借金も頼めば支払ってくれるんじゃないかと思ったのだよ! 借金が娘の命一つで済むなら安いものだからな! ははははは!」



 そこまで聞いたとき、ヴィヴィアンさんは口を押えて驚き、私は笑顔で「そうなのですね」と答えながら、教会から来ていた婚約を決める際の書記官が顔を青くしながらもペンを走らせていた。


 我が国では、貴族同士の婚約には、間に教会が入り、その内容を記録すると言う事が義務付けられている。

 ヴリュンデ伯爵はその書記官の存在を忘れたかのように、気分を高揚させて更に語りだした。



「国の剣、国の盾であるアンダーソン家と繋がりを持てれば、私達は社交界に返り咲くことも出来る。エバール伯爵家では中々に難しいだろうがな! やはり騎士団団長と言う名誉ある家柄との結婚は、全てにおいて我が家のプラスになるだろう。私も新しい妻を迎えることが出来るかもしれない」

「ですが、家督を譲る場合は新しい妻を持つことは出来ない筈ですよ?」

「そこは目をつぶってくれたまえよ。法律違反なのは解るが、私も趣味というものがある。女性が苦しむ姿を見るのは良いぞ? ダリル君もきっと解るはずだ」

「そうなのですね。一生解りたくないし一生解るつもりもありませんが」

「だが、家督を譲らないと言うのであれば、借金は消えませんね。法律違反と言う時点で目を瞑れる問題でもないだろう? 規約を守れないと言うのであれば、借金返済の金額は無しにしましょうか」

「それは困る! だが私も長い事我慢しているのだよ。ガルディアン家から嫁いできた妻が凍死してからというもの、社交界から干されてしまって……嫁いでいた妻達からも逃げられてしまった。哀れな男の為に、そういう女を一人二人用意するくらいは」

「許可できませんね。仮にもアンダーソン家は国王陛下に仕える騎士の家。その家の長男の義理の父がそんな事をしていれば、今でこそこの場だからこそ許される発言ですが、国の裁判にて貴方を裁かなくてはならなくなる」



 父の言葉にヴリュンデ伯爵は困った顔をしていたけれど、国の裁判と言われると顔色を青くし「我慢しよう……」と苦虫を噛むような顔をして頷いた。



「時に、ダライアス伯爵夫人は他に何か言っておられました?」

「ダライアス伯爵夫人かね? 素晴らしい男性との結婚を、涙を流して喜ぶヴィヴィアンが目に浮かぶと、嬉しそうに笑っておられたぞ」

「そうなのですね。素晴らしい男性との結婚、確かに私と結婚すれば、それは素晴らしい結婚でしょう」

「間違いないな! ははははは!」

「ですが、ダライアス伯爵夫人が用意した男性でしたか……。社交界で皆さんにお会いした時に語る話題が増えて嬉しいです」

「ああ、あのエバール伯爵から奪い去った騎士とでも語れば更に盛り上がるだろう!」

「では、そうさせて頂きましょう。時にエバール伯爵には断りの手紙はもう送ったのですか?」



 そう問いかけると、ヴリュンデ伯爵は朝一番に手紙を謝罪と断りの手紙を送り、更に我が家との結婚が決まることまで既に伝えてしまっていたらしい。

 まぁ、婚約の話を詰めましょうと言った手前、結婚すると相手に伝えてくださったのは実に良かった。

 エバール伯爵はきっと今頃、怒り心頭だろう。

 その怒りは何処に向かいのか? 無論、ダライアス伯爵夫人だろう。



「では、そのお二人には是非、私達の婚約発表会に来て頂きましょう。お二人のお陰でこうして、愛するヴィヴィアンさんと結婚できるのだとお礼を込めて」

「それについては君たちが決めればいい。結婚式諸々は私が手を出すことはしないだろうからな! ところで、年額でいいんだが、いくらか我が家にお金を送る事は可能かね?」



 ――どこまでもお金に執着するヴリュンデ伯爵に、父はとてもいい笑顔で「ダリルが家督を継いだら考えましょう」と伝え、ヴリュンデ伯爵は「結婚すれば直ぐに家督を譲ろう」と返事を返した。

 無論、それは契約書に書いて、書面にてサインと印鑑までつけて、その上、間違いがいないようにと教会から派遣されている書記官が「間違いありません」と書類の不備がない事を確認してサインと判子を押すと言う徹底ぶり。


 ――本来、婚約に此処まで厳しい契約書を作ることはないのだけれど、徹底的にヴリュンデ伯爵には引退して頂こうと思っていて、キッチリと契約書を書いて貰ったの。

 でも、気づいてないでしょうね。



【これらのうち、一つでも約束を違えれば、クリスタルの元で契約書通り、裁判を行う事にする】



 と、書かれている事には言及してこなかった。

 つまり、大事な契約書をそこまで読んでいないと言う事。

 この人、アンダーソン家をよく理解してないのね。

 国の剣、国の盾であるアンダーソン家は、法律にはとても厳しい家であることを。

 きっと、口約束みたいなつもりでサインしたんでしょうけど、本当にそのうち裁判しそうだわ。

 まぁ、そっちの方が助かると言えば助かるかしら?



「では、全ての書類にサインと判子を頂きました。こちらを教会にて保存して頂きます」

「好きにしてくれたまえ」

「では、良き婚約の日となりました」

「実に良い婚約の日となった! さぁ、早くお金を用意したまえ!」



 娘のめでたい婚約よりもお金ね……後で本当に潰すことにしましょう。

 父は笑顔で小切手に金額を書き、ヴリュンデ伯爵に手渡すと、彼は挨拶も碌にせずに我が家を後にしたわ。


 その後――我が家でささやかながら婚約祝いをし、ヴィヴィアンさんも我が家の雰囲気に馴染んだようだし良かったと思いましょう。

 寧ろ、本当にあの父親と血が繋がってるの? と言う雰囲気すら我が家のメイドたちからも伝わってくる始末。

 実に良い結果だわ♪



「ヴィヴィアンさん?」

「どうしたの?」

「明日から婚約発表を大々的にするために、色々決めないといけない事が沢山あるの。それで申し訳ないけれど、明日から我が家で暫く生活できるかしら?」

「え? ええ、それは構わないわ」

「良かった、部屋は用意しておくから安心してね♪」



 こうして、私とヴィヴィアンさんとの婚約が成立したその次の日から、私達は忙しく婚約発表を大々的にするために、客のリストアップから何からやることになるだけれど、ヴィヴィアンさんは嫌な顔一つせず手伝ってくれて、本当に素晴らしい女性と結婚するんだわと嬉しくなった。



「さて、ダライアス伯爵夫妻も呼ばないとね♪」



 そして、妹が手にして持ってきた黒薔薇の会に所属する令嬢たちへの招待も忘れずに。

 ――……全員公開処刑にしてやるわ。






=====

倍返しだ!!


と言わんばかりに火のついたダリルさん。

勢いのある彼は素敵ですねー(笑)

そして、バサ妻でも思ったけれど、彼はトコトン主人公を食べるタイプの男性だ。

バサ妻のアシュレイ然り。

エロ婿のオスカー然り。

ダリルさんの存在力の強さよ……(遠い目)


月曜日分までは予約投稿です。

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