第8話 アンチは大量に沸いてますが、何か?

 ――新刊発売から一週間後。

 俺はダリル姐さんと一緒にアトリエに訪れていた。

 新刊発売して一週間となると、ファンレターが俺一人では到底チェックしきれないからである。

 ミラノ・フェルンの大ファンであるダリル姐さんは、新刊発売ともなると手伝いに来てくれて色々と助かるし、元々ミランダとは古い友人らしく、本当に助かっているのは間違いない事実だ。



「さぁ! 今回はどれくらいのファンレターが届いていて、どれくらいのアンチが沸いてるかしら!」

「アンチに関しては楽しみにする問題じゃないっすよ」

「まぁそうなんだけどね」



 クスクス笑いながらアトリエに入ると、ミラノ・フェルンの部屋の中は段ボールで積み上げられたファンレターで一杯になっていた。

 その中から、分厚いファンレター、中くらいのファンレター、薄いファンレターと仕分けしていく。

 薄いファンレターに関しては、基本的に開けないようにしている。

 理由か簡単だ。薄いファンレターは基本的に、9割の確率で誹謗中傷だからだ。

 そんなものは全て用意してきた段ボールに投げ込み、仕分け作業だけで三時間も掛かってしまった。



「今回も誹謗中傷多いわね~」

「同じ宛名の人たちがやっぱり多いっすね」

「宛名なしは、今はリコネル王妃の指示で即処分されるようになったものね」



 そう、作家の筆を折りたいのかどうかは知る気もないが、以前は名前も住所も書いていない手紙が大量に届いていた。

 それらは匿名で誹謗中傷してくると言う暴挙に出ており、数名の作家が筆を折られたことが発端だ。それらを嘆いたリコネル王妃が、他の作家を守る為にと、住所も名前も書いていない手紙に関しては、即処分するように言い渡したのである。

 そのおかげで、嘘の住所や偽名を使った誹謗中傷が増えたわけだが、そういうのは大体、手紙の厚さで判別がつく。

 故に、チェックする側としては、薄い手紙は中身を読むこともなく段ボールに入れていくのである。

 仮に、ちゃんとしたお手紙だった場合は、申し訳ない気持ちは強い。

 強いが――誹謗中傷の量が尋常では無い為、ファンレターに関しては、ある程度の厚さの物からしかチェックしないようになってしまった。


 ――さて、此処からが本番である。

 開封及び、ちゃんとファンレターであるかどうかをチェックする作業だ。

 本来ならば作家本人がするべきことだろうが、これもリコネル王妃の指示で、ちゃんとしたファンレターの場合は作家の元へ送られる。

 しかし、中には誹謗中傷をドッサリ書いている場合もある為、それらを排除する為に、チェック係がついたのだ。


 無言で中身をチェックするのは正直辛いので、この部屋には蓄音機が備え付けられえている。これは俺の趣味で導入したものだ。

 流れるピアノを聴きながら手紙の内容をチェックしていくと、やはり多い多い、誹謗中傷の手紙。

 無論、しっかりとしたファンレターも多いが、針に糸を通すかのように、ねちっこく、しつこく来るのがアンチである。

 とりあえず、作家の存在自体が気に入らないんじゃないかと疑いたくなってしまう。



「ふう……今回も多いわねぇ」

「多いっすね」

「ええ、アンチだけじゃなくて別の意味で多いのが」

「ああ……」



 そう、エロ小説作家において、別の意味で多いのは、下ネタを爆弾のように書きなぐったお手紙だ。

 ――どこでどう化学反応が起きた??

 そう聞きたくなるほどのエロについての考査や、この部分のエロはもっとこうするべきであり、などと言う指示めいたものもある。

 本人が求めていたエロではなかった場合の嘆き、悲しみ、次回作はこういう内容でこういうエロで等と指示をしてくる内容の手紙。



「ミランダ、こんなファンレター読んでどう思うのかしら?」

「参考になるな! で、終わりっす」

「強いわね」

「あまり深く考えてないと思うっす。参考になるだけで、それ自体を書くとは一言も言いませんから」

「なるほど」

「そもそも、男性の考えるエロさと女性の書くエロ、そして脳内で考える思考的に、男女の違いが出るのは当たり前の事っすよ」

「そうね……女性は受け身、男性は攻め気味」

「たまに反対もあるっす」

「まぁ、そういうエロも需要があるわね」



 そんな会話をしながらファンレターの仕分けは進んでいく。

 そして、分厚いファンレターに到着した時……俺とダリルさんは顔を見合わせ頷きあう。

 そう――本当の意味での本番がやってきたのだ。


 分厚いファンレター、それは、生粋のファンであることを示しているのだ。

 無論、誹謗中傷であってもである。

 ミランダは特に、この分厚いファンレターを堪能していると言って過言ではない。



「ついに来たっすね……毎度おなじみ、エルシャール・フェンシャー様っす」

「こちらは、アズラン・ペシャール様よ」

「そして」

「ラストの」

「「イリーシア・ファレルノ様」」



 御三家と言っていい程の大物だ。

 エルシャール様は国でも有名な音楽家。国王陛下にお会いすることも多い一人でもある。

 アズラン様は有名な作詞家であり、エルシャール様とは共同で音楽を作ることも多い。

 そんな二人を更に引き立てるのが――オペラ歌手である、イリーシア様だ。

 彼らのファンレターはファンレターではない。

 いや、ファンレターではあるんだが、分厚さが手紙のソレとは訳が違う。

 本かと言わんばかりに分厚いのだ。



「……これは中身を空けずミランダに渡しましょう」

「そうっすね」



 こうして、残りのファンレターをチェックしていくと、やはり深くまで考えて考査した内容のファンレターが主に届いている。

 エロ小説にそこまで考査するかと言いたくなる程だが、こういう彼らは生粋のファンであるが故に、小説を奥まで知りたいタイプと言って過言ではない。

 その中に、一際輝くファンレターがあった。



「新しい人っすね、リシア・シャルル様っすか」

「あら、その人知ってるわ。有名な医者よ」

「医者っすか」

「まぁ、奇天烈な方であることに間違いはないんだけど、私の友人でもあるの」

「お……おう」

「女医なんだけど、まぁ、私に似たタイプかしら?」



 そう言ってクスクスと笑うダリル姐さんは、リシア様の手紙を俺から受け取ると、中身読んで「ふんふん……」と頷いている。

 ダリル姐さんは友人が多い、そのうちの一人が医者であっても不思議はないと思いつつ他のファンレターを読んでいると……。



「なるほどね……どうやら、忠告の様だわ」

「忠告?」

「ええ、アンチの動きが怪しいから気を付けてってね」

「まさか、リシア様も諜報部っすか?」

「秘密♪」

「ダリル姐さんの秘密ほど、解りやすいものはないっすけど……」

「まぁ、彼女はちょっと変わった医者でね。そのうち、お会いしたいって書いてあったわ」

「なるほど。妻に渡しておくっす」

「お願いね♪」



 こうして、あっと言う間に一日が終わり、俺はダリルさんに護衛してもらいながら屋敷へと戻り、ミランダに御三方からの分厚いファンレターと、リシア様の手紙を手渡した。



「おお! 今回も御三方からファンレターが届いていたか!」

「中身はチェック入れてないっすけど、多分大丈夫かと。あと、新しい方でダリル姐さんのお知り合いだと言う方からのお手紙っす」

「すまないね、明日明後日で手紙の仕分けは終わりそうかい?」

「そうっすね、明日か明後日の午前中には終わる予定っす」

「そうかねそうかね! どうだね? 仕分けが終わったらダリルも呼んでお祝いを兼ねた報告会をしないかい!?」

「いいっすね!」



 こうして、明日、もしくは明後日の午前中までかかるファンレターの仕分けに気合を入れると、その日は早々に横になった。

 が――脳裏に文字が浮かんで中々寝ることが出来なかったのは、ある種、この時期の恒例なのかも知れないっすね……。




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今日は2話更新です。

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