八巡目

 後輩君は私より強いのか。

 いや、強いはずがない。まぐれが続いているだけだ。


 そして私には覚悟がまだまだ足りていなかった。勝つためには手段を選んでいられないと分かっていても、まだ実践できていなかった。


 だが今回は違う。なんと休日を利用し神社でお祓いしてもらってきたのだ。

 神の力を借りた私に、果たして勝てるかな?


*****  *****  *****


 私は死んだ魚である。

 なぜなら同僚Aに「死んだ魚の目をしている」と言われたからである。

 私の目が『死んだ魚』ということは、つまり私は『死んだ魚』である。


 というわけで、いつものメンバーでお送りしております、本日の対戦。すでに南場に入り、二局目。

 私の点棒は2000点しかない。同僚AとBからそれぞれ満貫、ハネ満の直撃を受けている。リーチ棒もむしり取られて、この有様だ。


 追っかけリーチに何度も振り込む展開は、鉄の心をもあっさりとへし折る。もう何しても勝てないような気持ちにさせるのだ。


 しかし、私には神の加護がある。

 配牌を終え、ついに逆転の道筋ヴィクトリー・ヘヴンズストリームが見えた。


 暗刻アンコーが二つ。対子トイツが一つ。最低でも三暗刻サンアンコーを揃えるとして、やはりこの状況なら四暗刻スーアンコーを狙うべきだろう。


「先輩、先輩。質問しても良いですか?」

「別にいいけど、何かな?」


 今日の後輩君は(今のところ)大人しい。彼にまで暴れられたら、たまったもんじゃない。


二盃口リャンペーコーって役ありますよね?」

「うん、あるけど。それがどうかした?」

「先輩たち、一盃口イーペーコーはよくやるのに、どうして二盃口やらないのかなーって。疑問だったんです」

「そりゃあ…」


 難しいからである。


 一盃口は、私のイメージでは『豆腐』である。整えば綺麗だけど、ちょっとした衝撃ですぐに横にズレて崩れてしまう。

 二盃口は、豆腐を二つ重ねるようなものだ。よほど近い形にならない限りは狙うようなものじゃない。


 あと、狙ったところで、先に七対子チートイツでテンパイしてしまう。たぶんこれが二盃口をやらない最大の理由。


「なかなか揃わないからねー。揃いそうなら試しに狙ってみれば?」


 どうせできないだろうと、軽く言ってしまった。後輩君は「分かりました!」と元気良く答えた。


 それから私の意識は、自分の手牌と他家の捨て牌に集中していた。後輩君との会話はすっかり忘れ、彼の存在自体ほとんど意識の外に追いやってしまった。


 五巡目で対子が増えた。これはイケるんじゃないか?

 お祓いの効果は絶大である。お賽銭だって入れてきたんだ。500円も!


 十巡目。後輩君がリーチをかけてきた。その声もどこか遠い。私は逆転の道筋ウィナーズ・レッドカーペットロードの上を歩いている。振り込む気がしない。


 十四巡目。まだぎりぎり間に合うタイミングで、私は四暗刻をテンパイした。

 後輩君はまだ役満を見たことがない。それならば私が見せてやろう。そして実力の差を思い知るが良い!


 そして私は、そのを切った。


「あ、先輩! ロンです」


 ぷしゅうううううう。


 私の両耳から水蒸気が吹き出した…ような気がした。


「あれ? 後輩君テンパイしてたの?」

「はい! リーチ…気付いてなかったですか? 先輩の言う通り、二盃口を揃えてみました!」


 私の言う通り?

 まったく記憶にない。

 それはともかく、振り込んだのが痛い。二盃口だろうが何だろうが、残り2000点だし確実に飛ぶ。


 あーあ、四暗刻惜しかった。まあ、残り牌も少なかったし無理だったか。


「何点ですか!?」


 後輩が手牌を晒す。それを見て三者がぎょっとする。


「あ、もしかして二盃口になってないですか…?」


 うん、そうだね。

 だってそれ…。


   

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