六巡目

 また後輩君に大惨敗したわけだけど、帰って飲んだら忘れました。

 冷静に考えれば、ちょっとした勝負のアヤで負けているだけである。ベースの実力差は歴然なのだし、そろそろ勝てるはず。


 というわけで、いつもの面子で卓を囲む。


*****  *****  ***** 


 珍しく、後輩君が大暴れすることなく、静かに局が進んでいた。


「あれ?」


 ずっと大人しかった彼がようやく『困りごと』を口にしたのは、なんとオーラスである。


「どうしたの?」

「あの、数がおかしいんです」

「数? 切り忘れた?」


 彼の手牌の数を数えてみる。今ツモしたところだから、14あれば問題ない。

 で、14ある。


「問題なさそうだけど」

「あ、そうか。これどうやったらアガれますか?」


 見て見てと後輩君が自らの手牌を指さす。


 見ていいのか?

 いいのか…。実はもう、局は終盤も終盤、彼のツモはこの巡目で最後である。ここでテンパイしても、もうアガるチャンスはほとんどない。誰かが振り込まなければ流局だ。


 誰かって、私だけどね。


 つまり私が見れば私が振り込まずに済むので、流局が確定する。

 良きことだ。


槓子カンツがあるんですけど、これのせいで牌が足りないんです」

「えー」


 まだカンを知らなかったのか!


 あれ? でも私たち何度もカンやってると思うんだけど…。

 さてはこいつ、人のやってること全然見てねえな…。


「どうすればいいですか? 槓子があるとき」

「こういう場合はね」


 私は彼の槓子を取ると、卓の角に並べた。両端の牌をひっくり返して完成。


「え、そこに置くんですか?」

「ええ。これがアンカン。で、山から一枚取る。私たちもやってたでしょ?」

「ああ、あれはこういうことだったんですね! 高度なことをしていると思っててよく見てませんでした!」


 元気なのはよろしいが自信満々に言うな。


「で、牌をまた取っていいんですか…? 全部で15枚になっちゃいますよ?」

「取らないとアガれないでしょう。あ、山ってね。ドラ表示牌の二つ隣」

「こ、これですか?」

「そう。それ」


 後輩君が王牌から一枚牌を取った。


「なるほど。これでちゃんと手が作れますね」

「ええ」

「ええ…。え?」


 嶺上開花リンシャンカイホウ!?


「これは門前メンゼンツモになるんですか? ああでも他に役がない。ドラもない」

「そうだね。ツモじゃなくてリンシャンって役だけど。他に役はなさそうだね」


 同僚AとBが首を横に振る。

 ドラをめくれ、と言いたいのだろう。

 やだよ。どうせドラ4になるんだ。


 私が嫌だ嫌だしていると、同僚Aがドラ表示牌をめくってしまう。


 そうしたら、本当にドラ4になった。もう驚きはしない。


「ああやはり…。でね。カンするとこうやってドラが増えるの。ただリンシャン成立時には増やさないルールもあるみたいね…。だから今回は増やさないことにしようか」

「え、まあ先輩が言うなら…」


 話している間に、同僚Bが私の点棒を取って、後輩君に渡してしまった。


 やめろ! 私は親だったんだ!

 トップだったんだ!


 こうして、私の久しぶりの王座はあっさりと奪われたのである。

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