死神とタカ

【男との会話1】

 ハロウィンの夜、久しぶりに残業で遅くなり家路を急いでいると、港の前でふと足を止めたい感情に駆られた。家に帰りたいはずなのに、なぜか足が止まったのだ。それは、秋の風のせいだったのかもしれない。

 海を前にして僕は柵に体をあずける。感傷的になったのか、急に泣きたくなった。自分はこの上なく幸せなはずなのに、なぜか涙が流れてきた。ここで泣いてはいけない、と僕は思い必死に唇を噛んだ。でも、その痛さが余計に涙腺を刺激するのだった。

「もしもし、そこのお兄さん。」

過去を振り返ろうとしていると、それを遮るように誰かに声をかけられた。少し高めの嗄れた声だった。

「はい?」

僕が振り向くとそこには小さな––––入学したての中学生くらいの身長の––––男が立っていた。その男の顔の半分は長い前髪で隠れていて、不気味に歪んだ唇しか見えなかった。

「お兄さん、今の生活に満足されてます?」

男が口を動かすごとに、囚われて異世界にでも連れて行かれそうな感覚に見舞われる。それに抗おうと「もちろんです。」と言った。それを聞いた男は「ほぉう。」と意味深げに呟き僕の方に歩みよってくる。

「僕はね、あなたのことをよく知っているんですよ。あなたの生い立ちから、あなたのユキのことまでね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る