第1章 ── 第4話

 部屋に戻り、床に寝転がりながら民族歴史書なる本に目を通す。

 これはティエルローゼに生息する動植物の絵と説明文が書いてある図鑑のような本だ。

 作り出したとされる神なども併記されていて、ちょっとした逸話なども記載されている。


 後半の方には人類種とされる、人族、妖精族、獣人族も載っていた。


「おー、これが人類種なのじゃのう」


 マリソリアは自分の身体を見下ろしたり、腕や足を観察する。


「華奢じゃ。これで生きていけるのじゃろか?」


 古代竜の身体と比べ、非常に脆いように感じる。


「鱗が無いしのう……」


 ふと、視界の端に例のバラバラになった鎧と並べられた骨が目に入る。


「なるほど! こんなじゃからあんな鉄の服を着ておるのじゃろうな! 納得じゃ!」


 本によれば、人類種は器用な手を使って武器、防具なるものを使うらしい。

 図鑑には、そういったモノを手に持ったり背負ったりしている色々な種族が絵として載っていた。


「そう言えば、この姿なら服を着ないといけないようじゃなぁ」


 マリソリアは自分がずっと素っ裸だった事に気づく。

 兄も人型になった時、素っ裸だったから気にしていなかった。


 服という概念は母竜との勉学の中に出てくる神が着ていたりするので知っていたが、そういった物を着るという発想が出てこなかったのだ。


 ドラゴンは普通に素っ裸じゃからのう……


 古代竜だけでなく、普通のドラゴンは鱗の美しさなどを誇るため、装飾品すら身に着けない。

 もちろん、住処にはドラゴン用の服などない。


 マリソリアは、とりあえず例のバラバラの鎧に付属する物を物色し始める。


 鎧には袋が付いてたはずだ。

 あれが人類種の死体ならば、服などの装備を持っているかもしれない。


 しかし、鎧に付いていたはずの袋が見当たらない。


「ぐぬぬ? もしかして、まだベッドの中じゃろか?」


 小さい身体のまま、金貨のベッドへとよじ登る。

 ジャラジャラと黄金色の小さい硬貨が崩れるのも気にせず、マリソリアは死体を隠してあったあたりまで必死に登った。


「こ、この身体は不便じゃ……じゃが元の身体ではデカすぎて力の加減ができぬ。我慢して登るしかないのじゃ……」


 途中で何度も休憩を挟みつつ必死に金貨の山を登り、漸く目的地点に辿り着いた。

 ジャリジャリと金貨を掻き分けて目的の物を発見した時には、登り始めてから二時間も経過した頃だった。


「漸く見付けたのじゃ!」


 マリソリアは嬉しくなって金貨の山を滑り降りる。

 だが、斜面は結構急で思った以上にスピードが出てしまう。

 そして、金貨のベッドから地面へ転がり落ちて強かに腰を打ち付けてしまった。


「イタタタ……」


 膝や尻を少し擦りむいた。足首も曲げると痛い。


「何じゃこの身体は!?」


 マリソリアは落ちてきた金貨のベッドを振り向いて見上げた。


「あの程度の高さで痛むのかや……人間とは何と脆いのじゃろう……」


 こんな脆い身体で、一体どうやって生きているのか。

 マリソリアは本当に不思議に思った。


 ドラゴンが地上最強の種であることは知っているが、そのドラゴンから比べても脆すぎる。

 自分たちの餌である牛や豚、羊の方が遥かに丈夫な身体を持っている気がする。


 ちょっと撫でただけでコロリと死んでしまうのではないか。

 マリソリアは人間を含む人類種に憐れみを感じた。


「こんなに弱くては、生きていくのは大変じゃろうな。

 下等生物じゃとしても、あんまりではないかや?」


 人間を作り出したという神々の無慈悲さをヒシヒシと感じる。


 痛む足を引きずり、本の場所まで戻る。


 持ち帰ったベルトが付いた袋を広げる。

 垂れ蓋を開け、中を覗き込む。

 何かがいっぱい詰まっていた。


 マリソリアは手を突っ込んで中の物を取り出す。


 松明、火打ち石、木で出来た食器、短剣、手斧など、マリストリア自身には正体の解らない道具がゴロゴロと出てくる。


 その中に目的の物を発見した。


「これじゃな! これが服という物に違いないのじゃ!」


 袋の中には薄い布製のヒラヒラした服を何着か入っていた。

 下着や靴下、予備の革靴、帽子などもある。


 マリスは嬉しくなり、上着らしき物に頭を突っ込んだ。


 ブチッと首まわりのボタンが弾け、マリソリアの頭が外に出る。


「なんか取れたのう」


 コロコロと転がる白いボタンを拾い上げる。


 少し開いた胸元に、それが付いてた糸片が見える。


「壊れたかのう……ま、いっか!」


 マリソリアは余り気にせずに本で見たように袖に腕を通して上着を着込む。

 取れたボタンは袋の中に放り込んでおく。


「これが先じゃろな」


 続いてパンツを取り上げて細部を調べる。


 足を通す穴が二つ、前に穴が一つ空いている。

 後ろには長い帯のようなものが左右に二本縫い付けられている。


「おう。どうやって履くのじゃ?」


 マリソリアはとりあえず足を突っ込み腰まで引き上げた。

 手を離すとパラリと下へ落ちてしまう。


「ぬぬ?」


 もう一度腰まで引き上げる。

 手を離すとスルリと脱げてしまう。


「むう。固定せねばならぬようじゃが……これかや? この帯で固定するのかや?」


 もう一度腰まで引き上げてお尻にある二本の帯を腰に巻いてみると上手くパンツは固定された。


「おー、なるほどなのじゃ!!」


 続いて長ズボンに足を通す。


「同じ轍は踏まぬのじゃ。この紐じゃろう!」


 付いている紐で腰に縛り付ける。


「完璧じゃ!」


 本を参照しつつ、ベルトが付いた袋を腰に括り付ける。


 マリソリアは両手を高く上げ両足を踏みしめた。


「できたのじゃ!」


 誰かに誇っているようなポーズだが、マリソリアを褒めてくれるものはいない。


 マリソリアは着ることが出来た服をあちこち見てみる。


「柔らかいし着心地は悪くないのじゃが、これでは防御力が低い気がするのう。

 やはりあの鉄の服も着るべきじゃろか?」


 でも、鉄の服はどうやって身につけるのかサッパリ解らなかった。

 色々弄くり回してみたが、腕と足、頭にしか着ることができない。


 身体の部分は前と後ろ、腰の部分が分離するのは理解できた。


「これ、一人じゃ着れぬのう」


 マリソリアが弄り回しているものはフルプレートメイルと呼ばれる物であり、彼女の予想通り通常は一人で装着する類の物ではない。


 ただ実際には一人で着ることができるよう、骨になっている元の持ち主が色々と改良した鎧なのだがマリソリアは知らない。


「胴回りは後回しじゃな。しかし……」


 マリソリアは腕をダラリと垂らした。


「う、腕が……重いのじゃ……」


 ガランと腕の装甲板と小手ガントレットが地面に落ちた。


「こんな重い物をつけておると、長く動けぬのう」


 どうやらマリソリアにはフルプレートメイルは重すぎるようだ。


 マリソリアは知らないが、現在の彼女はレベル一だ。

 しかも職業クラスが確定していない『一般人(子供)』だ。

 本来、フルプレートメイルが装備できるはずもない。


 ただ、ドラゴン種、それも古代竜種であるため、通常の人間の子供の基礎能力よりも遥かに高い。


 腕、足、頭だけであれ、なんとか装備できる程度のステータスは持っていた。


「このままでは防御力は上げられぬという事じゃろう。後でこの身体を鍛えねばならぬようじゃな!」


 マリソリアは身体を動かす事に掛けては非常に前向きだった。

 ただ身体を動かしていればいいだけだから、魔法を覚えるより遥かに楽だと思っている。


「ふふふ。見ておれ鉄の服! そのうち直ぐに着てどーんと動けるようにしてやるからの!」


 フルプレートにビシッと指を突きつける。

 重い鎧を脱ぎ、腰の袋に詰める。


「この袋は面白いのう。

 見た目より大きい物も入るようじゃ。

 もしかしたら魔法の品かもしれぬ」


 マリソリアは床に散らばっている他の鎧パーツも拾い上げて袋に詰めた。


「ふむ。これは物を無くさなくてよいのじゃ。人型の時は重宝しそうじゃな」


  その価値や希少性をマリソリアは知らないので、良いものを見付けた程度にしか思ってないが、この魔法の袋、外の世界では『無限鞄ホールディング・バッグ』と呼ばれる物で、腕のいい冒険者や金持ちの商人などに使われている魔法道具だったりする。


 『無限鞄ホールディング・バッグ』は、古代遺跡や迷宮などから発見される事でしか手に入らず、市場に出回る場合には非常に高額な値段が付く。

 最低でも金貨五〇〇枚。


 ニーズヘッグに連なる一族の住処に侵入してくるほどの冒険者なのだから当然と言えば当然なのだが、マリソリアが拾ってきた小さな死体は相当な腕の冒険者だったようだ。


 マリソリアは他の本を手にとった。


「兄者はこれを英雄譚とか言うておったな。英雄と付いているほどじゃし、英雄神アースラの物語じゃろか」


 パラリと表紙を捲ると、そこには『ストラーザ・ヴァリスト・エンティル』と書かれていた。


「何語じゃ? 我にも解らぬ言語とはのう」


 マリソリアは更にページを捲った。


「おお、中身は読める言葉じゃった。安心じゃ」


 こうして、マリソリアは自分の人生を変えてしまう本を読み始めた。


 それは美しきエルフ、魔法野伏マジック・レンジャートリシア・アリ・エンティルの物語。


 トリ・エンティルの数々の逸話にマリストリアは心を奪われる。

 脆き人類種たるエルフが体験した血湧き肉躍る冒険の数々。


 そこにはマリソリアが求める「面白い」事が詰まっていた。


『冒険者』


 マリソリアには、正に宝石のように眩くて、価値のある存在として感じられた。


「凄いのじゃ……

 外には、こんな『冒険』というモノが待っておるのじゃろうか……

 我も冒険とやらをしてみたいのう……」


 住処にいては、決して体験できないであろう興奮とスリル。


 マリソリアは自分の好奇心がどんどんと膨らんでいくのを感じていた。

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