リタイア賢者の猫ファーストな余生

HAL

第1話 セバスチャン、やらかす

「ニャー」


「どうした?」


「ニャーウ」


「腹へったか?」


 ここはランスリード王国の同名の王都。その中心にある王宮の謁見の間である。

 異世界に召喚されてからニ年、その少年はニ人の仲間と共に、邪神を倒して帰ってきた。

 そしてこれから戦勝の報告を始めようとした、その矢先のことである。


「あー。よいか?」


 恐らく国王であろう。玉座に腰をかけた金髪のナイスミドルが、ためらいがちに声をかけた。だが、聞き取れなかったのか反応がない。

 少年はその場に座り込んで、楽しそうに三毛猫のあごの下をなで始めた。


「ゴロゴロ」


 猫も喉を鳴らして、気持ちよさそうな顔をしている。

 その様子に目を細め、から袋を取り出した。

 そこへ手を入れ、ごそごそと中を探って煮干しを取り出し、鼻先に近づける。

 猫は匂いを嗅いだが、気に入らなかったのか顔を背けた。


「違ったか」


 再び袋の中を探り、皿とかつお節を取り出す。

 途端、鳴き声が大きくなる。そして、かつお節へと猫パンチを連打し、両前足で抱え込みペロペロと舐め始めた。

 少年は猫を優しく抱き上げ、片手で抱えると、もう片方の手に持ったかつお節に視線を向けた。


「「「「「なっ!」」」」」」


 その様子を見ていた魔術士達が、驚いた声を上げた。

 そして、少年とその場にいた者の目の前で、かつお節が極薄くスライスされていく。

 少年が猫を優しく降ろすと、猫は脇目も振らず削り節を食べ始めた。


「まさか・・・・・・、複数の魔法を組み合わせたというのか?」

「それだけじゃない、あのかつお節の薄さをみろ。向こう側が透けて見えるぞ!」

「ああ・・・・・・。凄まじいまでの技量だ。精密なコントロールと威力を両立させている。少しでも制御を誤れば、かつお節は砕け散ってしまうだろう」

「なんて才能だ。あれほどの魔法を使えるなんて・・・・・・」

「さすがは大賢者と言われるだけのことはある」


 魔術師達が、口々に少年を褒めちぎる。


『いや、才能の無駄遣いだろ』


 その場にいたその他大勢の人間は思った。

 そんな周囲の空気をかけらも気にすることなく、少年は猫に語り掛けた。


「うまいか?」

「ニャー」

「そうかそうか」

「ニャー」

「もっとほしいのか?」

「ニャーン」 

「よちよちいい子でちゅねー、ちょっと待っててくだちゃいねー」


 次第に表情はだらしなく緩み始め、挙句、赤ちゃん言葉を使いだす少年。

 その様子に少年の横にいた仲間――剣を腰に下げた20代前後の金髪の貴公子(第三王子)と、司祭服をまとった金髪巨乳の美女、旅の仲間ではないが、少年の近くの壁際に立っていて、巫女服を着た10代半ばの金髪の可愛らしい少女(第二王女)が、口々に話し始めた。


「始まったか」

「こうなると長いのよねー」

「ナンシーちゃん可愛いです」


 ナンシーは三毛猫(2歳♀)の名前で、この世界に日本から召喚された少年にして賢者、カズキ・スワのペット(カズキは家族と言わないと怒るが)である。

 何故カズキがナンシーを溺愛しているのかと言うと、召喚される前のカズキは、重度の猫アレルギーだった事が原因の一つにある。

 彼は猫が大好きだった。しかし、猫に近付くと、くしゃみが止まらず、目が充血してかゆくなり、激しい咳をする上に呼吸困難に陥る。触ろうものなら、蕁麻疹ができ、皮膚がただれるレベルであった。

 そんなことがあったので、この世界の魔法でアレルギーが治った途端、今までの分を取り戻すかのようにナンシーを溺愛したのである。


「あー、そろそろいいか?」

「父上、まだかかると思います」

「そうか・・・・・・」


 仕方がないので、国王と第三王子がカズキを放置して話し始めた。


「勇者はどうした?」

「カズキが邪神と魔法で融合させた後、目に見えなくなる程にすり潰して、念入りに燃やし尽くしたと言っていました。・・・・・・私には、何を言っているのか理解できませんでしたが」

「そうか。・・・・・・分かるか?」


 国王は、先程の衝撃(かつお節)から立ち直った様子の、傍らの筆頭宮廷魔術師に話を振った。


「いえ、さっぱり分かりません」

「お前にも分からんか」

「申し訳ございません」

「よい。気にするな」

「それは無理です」

「・・・・・・だろうな」

「先程の魔法の事も含めて、後で話を伺っておきましょう」


 国王は思った。『いや、かつお節はどうでもいい』と。


「そうしてくれ。その時は・・・・・・分かっているな?」

「はっ、ナンシーの為になにか見繕っておきます」

「それでよい。次元屋で訊けばよいだろう」

「畏まりました」

「うむ。さて勇者の話だったな」


 国王は、王子との会話に戻った。


「はい。いつも通り安定のクズでした」

「そうか。使えない上に態度ばかり大きい奴だ。関わりたくないから放っておこう」

「はい。死に戻りで自分の国に戻ったはずです。ダメージが大きいのでしばらくは動けないでしょう」

「それは良かった」


 話が途切れた所で、ふとカズキ達の様子を窺うと、ナンシーは満足したのか、王女に抱かれて眠っている。

 ナンシーを抱いた王女を羨ましそうに横目で見ながら、カズキが顔を向けて王に声をかけてきた。


「もう帰っていいですか?」

「なに?」

「もう話は終わったのでは?」

「まだ始まったばかりだが」

「では報告書は後程こいつが提出します。お疲れさまでした」

「俺かよ」


 仮にも第三王子を「こいつ」呼ばわりしたカズキは、謁見の間を出て行こうと踵を返した所で、国王に呼び止められた。


「わかった。ならば褒美の話をさせてくれ」

「手短にお願いします」

「では聞くが、宮廷魔術士とかはどうだ?」

「面倒なので嫌です」

「貴族になるとか?」

「絶対に嫌です」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・もう金でいいか?」

「それでいいです」

「わかった。後で受け取ってくれ」

「はい。では失礼します」


 話は終わったとばかりに一礼して、ナンシーの方へ歩き出すカズキであったが、再度国王に呼び止められる。


「ちょっと待ってくれ」

「?」

「これから先のことは考えているのか?」

「ナンシーと暮らしますが」

「いや、そういう事ではない」


 予想通りの反応に国王は肩を落とした。だが、自分の目的を思い出して気を取り直す。

 そして、提案した。


「学院に通ってみないか?」

「学院ですか?」

「そうだ」

「何故でしょう」

「君はこの世界に来てから戦う術しか学んでこなかった。その事はすまないと思っている。だがこの世界の住人になると言うのなら、通っておいて損はないはずだ」

「はぁ」

「君はこの世界の事を何も知らないだろう? 学院ならば色々な事が学べるし、様々な業種の子弟も集まる。いい刺激になると思うぞ?」

「はぁ」

「君がこれからどういう人生を歩むかは分からないが、私からの礼の一つだと思ってほしい」

「はぁ」


 カズキが全く乗り気ではないのを見て、国王は秘策を繰り出した。


「・・・・・・ナンシーのためだ」

「行きます」


 即答であった。

 国王は自分の策が予想通りの結果をもたらした事に、会心の笑みを浮かべた。


「では決まりだ。一週間後に入学式がある。それまでに準備をしておいてくれ」

「随分と急ですね・・・・・・。準備とは何をすれば良いのでしょう」

「学院は全寮制だ。制服その他学院で必要なものはこちらで手配しておく。プライベートで必要な物だけ準備すれば良い」

「わかりました。ナンシーは・・・・・・」

「残念ながらペット不可だ」


 その瞬間、空間が凍り付いた。


「あ? てめえセバスチャン今なんて言った?」


 そして、あろうことか国王(セバスチャンと言う名前である。初対面でカズキは盛大に吹き出した)を呼び捨てにした挙句、強烈な殺気を国王に叩き付けた。

 カズキの怒りに呼応して、セバスチャンの足元が凍り付く。

 ナンシーと王女のいる場所だけは、床から分厚い金属の壁が現れ、二人(一人と一匹)の頭上まで完全に覆い隠された。

 それ以外の空間は温度が急激に下がり始め、時を同じくして、セバスチャンの頭上に、直視できない程の強烈な光の玉が発生し、バチバチと音を立て始めた。


「遺言はあるか?」


 カズキが口を開く。が、セバスチャンは恐怖とあまりの寒さに口を開くことが出来なかった。


「待て、カズキ!」


 と、近衛騎士でさえ動けずにいた所に、危うく第三王子が割って入った。


「クリス。邪魔をするな」


 カズキが第三王子クリストファーを一瞥した。

 途端、クリスの足元から竜巻が巻き起こり、天井に体を叩き付けてから、謁見の間の入り口近くまで吹き飛ばす。

 もう終わりかと思われたその時。


「カズキ、落ち着きなさい」


 と、後ろから女性の声がした。

 カズキが振り向く。そこには金髪巨乳の美女が悠然と立っていた。


「エルザねーさん・・・・・・」


 エルザと呼ばれた女性は、カズキを落ち着かせるように静かに語りかける。


「大丈夫よ。魔術師なら使い魔と言う事にして連れて行けば問題ないわ」

「使い魔・・・・・・」

「もちろん本当に使い魔にする必要はないわ。ですよね? 陛下」

「あ、ああ」


 エルザの言葉に、セバスチャンは掠れた声でそれだけを口にした。

 その途端、強烈な殺気は霧散し、謁見の間の空気も光の玉も、ついでにセバスチャンの凍り付いた足元までもが全て元に戻る。

 そして、王女とナンシーを護っていた壁がゆっくりと崩壊すると、呆れた表情の王女が開口一番こう言った。 


「お父様、ですか?」


 その言葉に我に返ったセバスチャンが、愛娘に謝罪する。


「フローネ・・・・・・。申し訳ない」

「私に謝るのではなく、カズキさんに謝った方がよいのでは?」


 その言葉に、セバスチャンはカズキに向き直った。――膝が震えていたが。

 そして勢いよく土下座をした。


「カズキ様! 誠に申し訳ございませんでした!」


 額を床に何度も叩きつけながら・・・・・・。

 その妙に手馴れている、美しいとさえ言える姿に毒気を抜かれたカズキは、溜め息を吐いた。


「もういいです」


 それだけ言って、ナンシーとフローネを伴って退出しようとした。

 そこに声が掛けられた。顔を紅潮させた筆頭宮廷魔術師のアレクサンダーである。

 彼は厳しい面持ちでカズキを見据えながらがなり立てた。


「カズキ殿! 壁となっていた金属をもらっても宜しいでしょうか!」


 その顔には隠し切れない喜びと興奮が浮かんでいた。

 セバスチャンは放置である。

 カズキはフローネからナンシーを受け取り、幸せそうな顔で肉球をプニプニと堪能しながら答えた。


「どうぞ」

「有難う御座います! こちらはお礼です」


 と、アレクサンダーが何かを差し出してきた。


「いえ、別にお礼なんて・・・・・・」


 カズキはそう言って断ろうとしたが、手渡された物を見て言葉を途切れさせた。


「有難く受け取っておきます」


 そう言って、懐に収めたカズキは、今度こそ退出して行った。

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