突入!インナースペース 2

インナーノーツらは激しい振動と体内をかき乱されるような感覚にひたすら耐えながら、船にその身を預けるしかない。


IMCのスタッフ達は、固唾を飲んで、エントリーポートを映し出す監視モニターを凝視していた。<アマテラス>の船影はすっかり消え去っている。


保護区画の亜夢を見守る貴美子達もモニター越しに状況を見守るしかなかった。


不意に<アマテラス>船体に抵抗を感じる。


直人は、不思議に思いながら周囲を見渡す。

ほかのクルーらも同じような反応だ。


先ほどまでの振動も不快感もすっかり消え、ホワイトアウトしていたブリッジのモニターも暗闇に返っていた。


「突入……成功……したのか?」


ティムが窺うように呟く。

カタパルト操作レバーを握る手が微かに震えていた。


「船体各部チェック。サニ、レーダー感度調整。ビジュアルモニターに切り替えて」カミラは意識して気持ちを立て直しながら、指示を飛ばして行く。「アラン、IMCとのコンタクトは?」


「時空間通信回路オープン、通信回復する」


IMC側にも<アマテラス>からの時空間通信信号が届く。


「<アマテラス>エントリー信号確認!突入、成功です!」信号を確認したアイリーンは空かさず報告する。


IMCのスタッフらに安堵の表情が戻る。田中はエントリー信号から<アマテラス>の居所を特定する。「現在位置、IN-PSID西方沖合約2km地点の余剰時空間に突入した模様。多元誘導ビーコン送信を開始します」


「時空間解析完了!ビジュアルモニター構築開始!」サニがブリッジモニターを起動すると、暗転していたブリッジの側面、天面、及び背面の複数平面パネルに海底らしき風景が広がる。


「これが……インナースペース?」


「普通の海底にしか見えないなぁ……」直人の不可解そうな言葉にティムが答える。


その時、目の前に岩礁が迫る。


「!!」慌てて舵を切るティム。しかし間に合わない。


「きゃあ!」驚いたサニが思わず手で目を塞ぎ、身を屈める。


しかし、船は何かに衝突した様子もなく、モニターに映った映像をすり抜けて行く。


「な……何だぁ〜脅かしやがって……」


「そこに映る映像は、影みたいなものだ」


ティムの言葉を聴いていたかのように、IMCからの通信が入る。


藤川がモニターに現れる。


「君たちがいる時空間は現象界に最も近い隣接時空、現象境界域だ。現象界の存在情報のみで構成される認識の次元……プラトンの説いたイデア界とも言える」


「君たちの船はイデアの世界にいる。そちらから見たこの現象界の存在は影。それを投影している映像も即ち影だ」


「……さっぱりわからん」サニが思わず本音を漏らす。


「訓練で講習受けたでしょ?聴いてなかったの?」カミラはため息混じりに苦言を呈する。


「睡眠学習しました!」カミラは呑気なサニの返答に返す気も失せた。


「よーするに、うちらはあっちから見ると幽霊みたいなもんってことよ」ティムが子どもが理解出来そうな言葉を選んでサニに説明する。


「あ!なーるほどね!」


「……うまいな。まあそんなところだ」


ティムの簡潔な説明に藤川も思わず感心し、「それでだな……」と、さらに話を膨らまそうとする。


「所長……あまり猶予は……」呑気なやり取りが続いているのを側で見ていた東が歯止めをかける。面白いと思うとつい脱線する所長の癖をよく熟知している。


「すまん、そうだったな」


東は淡々と次のプロセスの説明を始めた。


「いいか、これより亜夢の表層無意識域から捉えたPSIパルスを<アマテラス>にリンクさせる。直ちに時空間転移の準備にかかってくれ」


「了解しました。総員、時空間転移準備!」


「機関、インナースペース航行モードに切り替える。第2、第3PSIバリア形成開始」


「両舷次元スタビライザー展開。機関圧上昇、転移レベルに達します!」


<アマテラス>の表面に二重の光の衣が形成されていき、上向きに折りたたまれていた4枚の翼が開く。


第2、第3PSIバリアはPSIパルス反応炉がインナースペース航行モードに切り替えられる事で使用可能となる。インナースペース内では現象界の数万倍のエネルギー変換が可能となるPSIパルス反応炉の余剰出力で形成され、それぞれ船体防御、航行及び次元転移の制御を行う。なおインナースペース航行モードを現象界で用いようとしても、エネルギーを得ることは出来ない。


IMC側も<アマテラス>の準備に合わせ、作業を進める。


「真世、亜夢のPSIパルスデータをこちらへ。IMSは<アマテラス>の誘導に専念してくれ」「了解!」


「……おじいちゃん、送ったわ!」


IMC田中の見守るモニターにPSIパルス波形が表示され、亜夢のいる保護区画水槽の時空間座標が転送された。


「PSIパルス及び、転移先座標確認。<アマテラス>へ送信します」


<アマテラス>のブリッジでは、アランがPSIバリアへ数値化された座標コード情報がインプットされていくのを監視している。


「第3PSIバリアへの時空間座標パラメータセット確認。転移完了まで、船内カウント30秒」


するとブリッジのモニターに映る海底の映像が歪み始め、エントリーポート、トランジッションカタパルト、IN-PSIDの中枢施設の映像が混じり合いながら<アマテラス>に覆い被さるように折り重なってくる。


IMCのスタッフ達の吐息まで聞こえるかのような傍をすり抜けたかと思うと、保護区画の巨大水槽が迫ってくる。真世、貴美子、如月、齋藤が緊張した面持ちでこちらを見つめているのが見える。そのまま強い引力に引き寄せられるように、水槽の中に漂う『亜夢』と"同化"していく……


「転移明けまであと5秒!」


「4……3……2……1!」


アランのカウントが切れると、再び水中のような風景が広がった。


保護水槽の『結界水』だろうか?


いや、違う……


直人は、突入前、IMCで見たあの光景を思い出していた。そして、あの時感じた、何者かに見られているような感触も……


「転移完了!現在、対象とのPSIパルス同調率42%」アランは粛々と状況報告を続ける。


「レーダー観測、波動収束フィールド展開可能な想定範囲の安全確認!」「現宙域、危険率1.2%……安全圏です」カミラの指示に素早く対応するサニ。


「よし、波動収束フィールドを展開するわよ。展開エリア半径50kmで固定!スケールは自動調整。展開開始!」


波動収束フィールドは、<アマテラス>を中心として球形状に<アマテラス>との同時空間を形成し、インナースペース事象を一時的に波動収束効果により現象化させ、擬似的な物理現象として対処することを可能にする。


この空間への現象化を引き起こす程度は、インナーミッション対象、または処置対象の事象とのPSIパルス同調率によって決まる。

そして、その同調率を最終的に決定するのは、インナーノーツの『観測行為』であり『精神活動』である。即ち、対象へのインナーノーツらの精神的な繋がりをどこまで深められるか、それがミッション成否の鍵を握ることになる。(PSIクラフトが有人活動艇である理由もそこにあった)


サニがカミラの指示どおり波動収束フィールドを展開させると、モニターの映像は仄暗く濁った海底の様相を露わにし出す。


直人が予期した通り、あの光景が<アマテラス>の周辺に拡がった。


「げっ……やっぱこの光景なのね……」


サニも予想はしていたが、IMCで見た映像より鮮明に映し出されたその世界にゲンナリした。


「<アマテラス>インナースペースLV2、個体無意識表層へ転移完了!波動収束フィールドを展開!」


IMCでは、田中が<アマテラス>の現状を報告する。


「貴美子、深層無意識域から突き上げられるPSI パルスはまだ捕捉できているか?」


藤川は、亜夢に付きっきりの妻にモニター越しに問いかける。


「今は発作が治まっているから……だいぶ微弱よ。おおよその範囲なら……」


や「よし。如月君、その座標を可能な限り抽出してくれ。<アマテラス>に向かわせる」


「了解!……齋藤!」


齋藤は涼しい眼差しで答え、無言で件のPSIパルスの追跡を始めた。


「IMCより時空間マッピングデータ受信!ナビゲーションシステム同期開始」アランが監視するモニターにコード化されたデータが転送されてくる。


「ターゲット座標セット。自動航法に切り替え……」カミラが次の指示を出そうとしたその瞬間……

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