1章 --

第1話 -傭兵侍の初仕事-

 何時間寝てしまっただろう、ベッドなる敷布団に落ちるように眠り更け、朝日の差し込まぬ屋根裏部屋にて目が覚めた朝。


刀を磨き、髪を結い、着物を整える。脇差と刀を差して準備万端。


梯子をゆっくりと降りて2階へと降りるとまろやかな朝食の良い匂いがしてきた。


「おや、お早いお目覚めですね。ぐっすりと眠れましたか?」


「おはよう、ジョナサン殿も早いでござるな」


「私は、朝食の支度がございますからな。もうすぐでご用意できますよ」


「かたじけない、ごちそうになる」


「いいのですよ。今日から傭兵のお仕事をしに行かれるのですからしっかりと力をつけていただかねばなりませぬ。それにパーティを組めてお嬢様もさぞお喜びになられたことでしょう。冬真様には、感謝をしております」


「そうか」


この男は、ルーンネルト家に代々使えていたというジョナサン・ビーバー。

執事というのをしていたようで現在は家も取られたフィリア殿のお世話を自宅でしているようだ。

細身だが、体躯は良く白い髪は整えられており、片方にしかついていない眼鏡が特徴的だ。そして、きっちりとした服装がとても紳士的でどこか底知れない強さを感じる。


階段を降りて席に着く冬真。

すると2階の部屋で寝ているだろうフィリア殿を起こすやり取りが聞こえてきた。


「お嬢様、朝ですよ」


「もうちょっと……」


「今日も、お仕事を取りに行かれるのですから気合を入れてくださいませ」


「眠いぃ……」


昨日のフィリアとは違う様子につい笑みをこぼす冬真。

微笑ましい2階でのやりとりが下まで微妙に聞こえてくるが椅子に座りしばし待つ。


「あ、そうだった!!」


フィリア殿の声が響く。

2階が何やら騒がしくなったが、ゆっくりとジョナサンが降りてくる。


「ははは、お待たせ致しました。ただいまご用意いたしますね」


一礼して奥の厨房へと行くジョナサン。


「うむ」と一礼する冬真。


しばらくすると、香ばしい匂いのする煮物と澱粉質の粉を練ってからいろと手を加えて作るブレッドと呼ばれる食べ物が目の前に出された。


「これは、旨そうだ」


「冷めないうちにお召し上がりください」


「それではいただきます!……」


「冬真さん、いかがされましたかな?」


「箸は、ないでござるか?」


「橋? はて、ここら辺の橋というと商業地区へと向かう大橋しか覚えがありませんが」


「いや、その橋ではなく、食事に使う箸なのでござるが────そうか、ここは異国の地故、食事をする際に箸は使わないのか」


「あぁ! すみません。そこまで気が回りませんで」


「いや、こちらこそすまぬ。郷に入っては郷に従えという言葉もある。ここではどのように食すのだ?」


「基本は、こちらのナイフとフォークを使って食べますが、このようなシチューの類はスプーンを用いて食べますね。ブレッドは手でちぎってスープと一緒に食べたりします」


「ないふ、ふおーく、すぷんでござるな。して目の前にあるのが、すぷんと呼ばれるものだな。ないふとふぉーくは、聞いたことがある」


しばらくしてフィリアがいそいそと降りてくる。


「お、お待たせしました。冬真さんおはようございます!」


「おはよう、フィリア殿。よく眠れたでござるか?」


「おかげさまでぐっすり……」


ジョナサンとフィリアの分の朝食もテーブルに並べられ、3人で朝食を摂る。

異国の文化に触れる一人の侍は、たどたどしくスプーンを握り、うまくシチューを食べれずにいるところを面白がられながら食べ方を教えてもらう暖かい食卓が3人を包んだ。




 朝食を食べ終えそれぞれの身支度を整えてからギルドへと向かう。

整えられた石畳の道路と行き交う行商の馬車、町は今日の生業の準備に忙しく活気であふれていた。


気持ちの良い晴れの日、行く道を奇異な目で見られながらギルドへと着いたフィリアと冬真。


中は昨日の夜とは違って混み合っていた。

槍を担いでる者、剣や盾を装備している者、杖を持っている者等々多種多様な人たちが入り乱れ受付は混雑していた。


「ちょっと混んでますねぇ」


「すごい人でござるな」


「ですけど今日は、週始めなので依頼がたくさんあります!」


「そういえば、フィリア殿のランクはいくつくらいでござるか?」


「あ、私のランク、まだ教えてなかったですね。私はEの1つ上のDランクです!」


「おお、フィリア殿は大した物でござるな!」


「えへへ、とりあえず、今日は初めての依頼もかねて簡単な収集依頼を探しますね」


掲示板に群がる人々を押しのけて依頼を探す二人。

しばらくしてフィリアが一つの紙を持ってきた。内容はEと書かれたものでそれ以外は読めなかった。


「これなんかどうでしょうか?」


「ふむ……これは一体どういった仕事でござるか?」


「ん~っとですね。この町を北に出て少し行った先にミーア鉱山という山があるのですけど、その山のふもとで採れる岩塩の調達ですね」


「岩塩とな」


「依頼人は、料理店組合の方ですね。報酬は、歩合で採った分と買い取り上限で決まります! 1㎏(ポンズ)、4000ペクでの買取みたいですね。上限は20㎏(ポンズ)で8万ペク……なかなか良いと思いませんか?」


「4000ペク?……1ぽん酢とな?」


「ん~、なんとなくですけど、冬真さんのことがわかった気がします。㎏(ポンズ)は重さでペクは、通貨の単位です」


「ふむふむ」


「そういえば見せてなかったですね」


昨日、ハンバーガーを食べてたところに腰かけ、フィリアの腰についているポーチから袋を取り出して硬貨を並べる。


「これが、大硬貨の1万ペク、中硬貨は、5000ペク、小硬貨は、1000ペクです。小硬貨に丸い穴が開いているのは500ペク、ギザギザがついているのが100ペクです。一般的によく使われる硬貨は、これらなので覚えておいてくださいね!」


「な、なるほど、少し頭の中が沸騰しそうであるが覚えておくとしよう」


「他にもありますけど、とりあえずわからなくなったら聞いてください。その時また教えますので!」


硬貨の説明をさらっと終わらせ受付カウンターへと並ぶ二人。

順番が着て受付の男の人から受領証を受け取る。


「これで依頼の受け付け完了です!」


「案外すんなりと仕事とは取れるのでござるな」


「はい! っということでまずは、20㎏……確か、あの場所に重い荷物を運ぶための荷車があったはず……」


「荷車でござるか?」


「ええ、っということでちょっとついてきてください!」


ギルドを出る瞬間、ふと懐かしいようなそうでもない何かが心のどこかを刺激する。

誰かにじっと見られている?


気持ち悪さこそはあれど殺意を向けているわけではなさそうだ。


「冬真さん! 速くいきますよ!」


「すまぬ、今行くでござる」


ギルドを出て大通りへと出る二人。

街道沿いをまっすぐとしばらく歩くと一軒の周りの整った家とは違うとても古い建物がそこにあった。


この町へ来たばかりで見慣れていないものが多いとはいえど景観を損ねるという言葉が、かわいく見える程に町に溶け込めてない建物。


その建物の入り口の上に大きな文字で何かが書かれている看板と所々に本や謎の液体の入った瓶などが置かれているのを窓越しで確認できた。


「横、はいりますねぇ……」っと小声で建物の脇へと入り裏手へ回る。


すると、一匹の馬が馬小屋で寝ているのが見えた。


「ありました……」


「これは、大八車でござるか?」


「だいはちぐるま?……いえ、荷車ですけど冬真さんの国では、そう呼ぶのですか?」


「ああ、すまぬ。大きさが8尺程の大きさだった故、呼び名は荷車で差し支えないでござる」


「はっしゃく……? ま、まあ、とりあえず……早めにこれを────」


フィリアが荷車に手をかけようとした瞬間、後ろから異様に不吉な雰囲気のする感触が頬を撫でた。

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