第十一話 骨の見えている世界

「できたぁ!」


 シュウは両腕を振り上げた。


「僕の……プラ……」


 そのまま机の上で眠りへと入ったシュウの様子を、灰色で装甲の厚いプラモデルが側で見ていた。






 ブルースとホタルとの模擬戦の日々が終わり、シュウは自分の機体を作り上げた。


「名前、決めたの?」


 メイから目覚めてすぐに尋ねられたが、名前はまだ決めていなかった。


「うーん……灰色で重装甲で角が目立つけど……」


 寝ぼけた頭で自分の機体の見た目から考えようとしたが、決める間もなく電子メールが届いた。


 久しい戦闘開始のメールだった。


「行くわよ! 即興なのは不安だけど」


 咳払いをしてメイが配置に着き、シュウも自分の機体を手にしてシミュレーターへと向かった。



「俺も連れて行ってくれ。中で仲間と会えるかもしれん」


 そう言ったボーンと機体をシート下部へと入れ、シュウはシートへと座った。


「教えられたこと、実践するわよ!」


「うん!」


 メイの気合にシュウは力強く答えた。




◇◇◇◇◇◇




 目の前には森林が広がり、手前には岩山がそびえたっていた。


「さて、どうかな」


 戦場が一望できる岩肌に腰掛け、ボーンは誰に言うでもなく呟いた。


 岩山にはシュウの駆る機体が降り立ち、反対側の森林には相手の機体が降り立つのが見えた。



「やっほーボーンちゃん。元気してた?」


 戦闘が始まろうかという時に、後ろから気の抜けるような声が聞こえ振り向いた。


「よう。相変わらず呑気そうだなステーク」


「君は相変わらず苦労してそうだねぇ」


 ステークと呼ばれた黒と橙色のプラモデルが空中に浮かんでいた。航空機を思わせる人型のロボットの姿をしており、細い足を岩肌へと着けた。


「偶然会えたのがお前とは、俺も運が悪い」


「ひどいねぇ~。ボクとしては嬉しいのだけれど」


 ステークの言動からは軽薄さと図々しさが見て取れた。

 


「んで、そっちは成長してるか?」


 雑談をするつもりはなく、すぐに本題に入った。


「ふむふむ。ボーンちゃんのほうも成長してるみたいだねぇ」


 戦場の様子を見ながら呟くステーク。 


「それにあれ、思いのある良いプラモデルじゃないか。作戦もあの子たちが立てたんだろう? ボーンちゃんならもっとガツガツ行くし」


 撃ち合っている双方を見ながらステークが言う。口調に真剣さ皆無だが、ステークは見る目は持っている。


「感心どうも。そっちもか」


「もっちろん! ボクが来た時よりあの子たちはずっと成長してるよ。今に君の教え子にも勝つともさぁ」


 あっけらかんと、それでいてはっきりと言い切った。



「それで、ここに呼び出した以上意味があるんだろ?」


「ああ、もちろんだとも」


 軽く、呑気な雰囲気のままステークはこう続けた。



「結論から言うと、ここで作られたプラモデルに意思が目覚めた」



「意思が目覚めただぁ?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「本当か? ここで成果が出ちまったってことになるぞ」


 それが本当なら、事は重大だった。


「そう。ボクたちみたいな外のプラモデルじゃなくて、この軍事研究所で組み上げられたプラモデルだよ。外へ出る算段はもうある。システム面の制圧は済んでるし、こうやって堂々とシュミレーターの中で会うことだってできる」


「それはメールで知ってるが……残っていた課題は?」


「脱出するための船の準備だけ、だったんだけどね~」


「好き勝手できる奴が生まれちまったってことか……」


 今しがた聞いた事実を口にし、ボーンは項垂れた。




 純粋であれば意思を持つ。

 込められた意思が強さを生む。

 加工しやすく、扱えさえすれば究極の兵器となり得る存在。

 兵器としての成功例が、あろうことかこのタイミングで出てしまったのである。




「強さは」

「特級」

「俺より」

「強いね」


 ボーンは天を仰いだ。


「組み上げたのはどこのバカだ!」

「不謹慎だよぉ?」

「だとしてもだ!」


 言わずにはいられなかった。



「……それで、施設の奴らはどう言ってるんだ」


「気づいていないみたいだね。職員はボクたちが裏から制圧して、少しずつ牢に入れたり眠らせたりしてるっていうのもあるけど、まさか養殖されるなんて」


「迂闊だったな」

「迂闊だったねぇ」


 かなり危ない会話だったが、他に聞いている者はいなかった。


「前例がないからってねー。困ったものだよ。記憶ないなら純粋だろう~なんて、馬鹿馬鹿しい実験が結果を出しちゃうんだよぉ?」


「俺たち潜入組の対応は?」


 愚痴るステークを無視して聞く。


「様子見。次の定期補給の時に見に行く予定だけど、その前に戦闘が始まったらもう戦うしかないね。それにまだこの施設の全部を把握してるわけじゃない」


 裏から手を伸ばしたが、まだ全てを制圧できたわけではない。このシュミレーションだけはまだ、シュウ達を成長させる意味合いもあって止められず、止めようともしていなかった。


「裏目に出たね。慎重すぎた」

「それはいい。問題は、そいつが敵になったらどうするかだ」


 重要な事へ踏み込んで聞く。ボーンには今、結論を急ぐ必要があった。


「敵になったら強引にでも無力化する。味方になったら監視。どちらにもつかない時は……不意打ちからの解体だね」


「どのみち最悪解体だろ。だが、俺が聞きたいのはそれじゃない」


 ボーンはステークへ体を向け、聞いた。


「作り手はどうするんだ? そいつは自分で組んだプラモデルの味方をするだろうし、敵に回ったらどうするんだ」


「……変わらず、だね」


「それは総意か?」


 返ってきた沈黙は肯定を意味していた。


「言っとくが、その時はあいつらを巻き込ませない。いいな」


「善処するよ」




「それにしても、君は本当に人間臭いね」


 暫しの沈黙の後、ステークが口を開いた。


「ここへ来る前にもリーダーが言ってたでしょ。彼らに入れ込むのはいいけど、いざとなったら……」


 ステークの口調は変わっていない。


「ここの秘密。話していないんだよねぇ?」


「ああ……」


 つま先で岩肌の地面を突くステークに答えるまで、少し間が空いた。口調こそ変わっていないが、これは明らかな警告だった。


「まあ、そもそも」


「そもそも、まだ明かすな。だろ?」


 ボーンが被せて答え、一瞬の静寂が生まれた。


「うん、まだ隠しておいてね。リーダーもそこは配慮はしてるから」


「ああ。余計な混乱は、安全が確保できてからだ」



 遠くでは戦いが続いている。

 戦いはまだ、終わらない。

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