17

【パァアギオオオオオオオオオンッ!】


 自由を取り戻した神は、大海原に自分の声を響かせる。

 圧倒的生命力。

 桁違いの力。

 高度な頭脳。

 何故人間は、奴に勝てると思ってしまったのか。勝てる訳がないではないか。こんな化け物相手に勝てるなんて、考える方がおかしかった。奴は人類を衰退させた海生物をも貪り喰らう、正真正銘の神様なのに。

 アカネは全てを察した。相手は神様なんだから、人間である自分達には逃げる事しか出来ない。そうだ、逃げれば良いのだ。エンジンはまだ動かせる。『わだつみ』の装甲なら、あと何発か神鳴りをもらってもエンジンまでは到達しないかも知れない。このままでは奴が周辺の海生物を食べ尽くす? 人類文明の後退? そんな事を考える余裕なんかない。

 妹を、たった一人しかいない家族を守るためには――――


「お姉ちゃん!」


 ふと聞こえたアオイの言葉で、アカネは我を取り戻す。

 何時の間にか、アオイが自分の手を握り締めていた。その事を理解した途端、アカネは自分の身体が震えている事に気付く。顔を触れば、ねっとりとした汗が頬を伝っていた。


「お姉ちゃん、大丈夫!? やっぱり腕の傷が痛むの!?」


「え、あ、いや、痛み事は痛むけど、そこまでじゃ……」


「本当に!? 無理してない!? も、もしかして何処か骨折して……」


 あわあわおろおろ。アオイは右往左往し、目には涙も浮かべ始めた。心配してくれるのは嬉しいのだが、その姿はなんだか滑稽で、思わず頬が弛んでしまう。

 ――――ああ、アオイの手は冷たい。

 こんなにも冷たいのに、握られていると心がポカポカしてくる。立ち上がる勇気をもらえる。『お姉ちゃん』であろうという気持ちになる。

 そうだ、自分はお姉ちゃんだ。

 何よりアオイに頼まれたではないか。自分の冷たい心を、温めてほしいと。逃げたがる自分の心を、引っ張り上げてほしいと。

 なのに、我先に逃げ出してどうする?


「……お姉ちゃん、これから、どうしたら良いの……?」


 今にも泣きそうな妹をほったらかして、何処に行こうというのか。


「……アオイ。アオイは、どうしたい?」


「……私は、逃げたい。逃げたいけど、でも……」


「アイツは倒したい?」


「……………」


 無言のまま、アオイはこくりと頷く。そう、と一言だけ呟いて、アカネは天を仰ぐ。天井は吹き飛び、暗雲が目の前に広がっていた。

 妹はアイツを倒したいという。

 だったら姉である自分が、おめおめと逃げ出す訳にはいかない。

 倒れそうになる妹を支えるのが、『お姉ちゃん』の役目だ!


「アオイ、三分だけ時間をちょうだい。その間にアイツが何かしてきたら、何をしても良いから時間を稼いで!」


 アオイの答えを待たず、アカネは思考に全意識を向けた。

 確かに『マッコウクジラ』の力は、神にも値する出鱈目なものであろう。今の人類には、いや、全盛期の人類すらも遠く及ばない圧倒的な力の持ち主だ。二つ名を付けるなら、神様以外にあるまい。

 そんな神様が、何故こんな場所まで来ている?

 奴等の住処は『沖』だ。餌が豊富で、繁殖相手に恵まれて、広々としていて住み心地の良い『沖』こそが正しい住処である。なのに奴は何故だか此処……餌に乏しく、繁殖相手がいない近海なんかに来たのか。

 合理的に考えれば答えは明白。奴は来たくて此処に来た訳ではない。

 恐らく奴は負けたのだ。仲間か、他種かは分からないが……餌や縄張りを巡る争いで負け、心地良い住処を追われた敗北者に過ぎない。自分より弱いものを虐めて強がる、性根の腐りきった落第者だ。

 つまり奴は神様どころか無敵ですらない。敗北があり得る、ごくごく普通の一生物である。だとしたら何か、奴を打ち負かすための術がある筈。

 そう、例えば圧倒的打撃による粉砕。

 『マッコウクジラ』の纏う電磁フィールドは出鱈目の一言に尽きるが、『わだつみ』の六十センチ砲ならば多少は揺るがす事が出来る。つまり「物理攻撃では破壊不可能」という代物ではない。防御力以上の力を与えれば砕け散る、ちょっとばかし非常識な堅さの壁でしかないのだ。そんな事は数多の海生物との戦いで知っていたのに、あまりの硬さに失念するとはなんたる醜態か。

 電磁フィールドなどただの壁。砲撃は通じないが、あの手を使えば……


「……いや、駄目……逃げられる……!」


 閃いた名案だったが、アカネは首を横に振る。この作戦が成功するには、『マッコウクジラ』の動きを封じる必要がある。しかし今までその役目を担っていた潜水艦達は、今し方全て沈められてしまった。

 あと一手なのに。その一手があれば倒せるのに。現実逃避していた間に、その可能性が潰えてしまった。

 最早ここまでなのか。

 再び湧き上がる諦めの思考を抱いた――――そんな時だった。


【足止―をす―ば良い――な】 


 通信機からぷつぷつと、途切れ途切れの声が聞こえてきたのは。電源が入りっぱなしだったのか、破壊の衝撃で入ったのか……理由を考える必要はない。


「マキナ!? 生きてたの!?」


【勝手に、殺―ないでもら――いな。とはいえ、片腕―動かな―が】


 思わず通信機に飛び付き、問い詰めるアカネに、通信機の向こうからマキナンの声は答えた。言葉遣いこそ強気だが、乱れた息遣いが聞こえ、マキナが無事とは言い難い状態であると物語る。


【私の―が奴を足止めする】


 しかしどうやら、闘志は失われていないらしい。


「……頼める?」


【元より我々が足止めを担――止めはお前達に任せ――いう作戦だ。当初―らなんの変更も入っていない】


「うん、ありがとう」


【感謝の言葉は、――成功後に言うもの―】


 途切れ途切れの音声の中で最後に聞こえた、ふふん、という笑い声。とても誇らしげで、楽しそうで、儚げで。


【全軍、生きている者達に命じ―! 何がな―でも、奴を拘束するぞォォォッ!】


 だからこの号令が、今にも最期の断末魔のようにも聞こえたのに。


【【【【了解っ!】】】】


 なんの躊躇もなく返された軍人達の答えに、諦めなんてものは感じられなかった。

 エンジンを轟かせ、一隻、また一隻、黒煙を吹きながら軍艦達が動き出す。その歩みは決して速いものではない、否、むしろ緩慢とすら言えるぐらい遅い。先の雷撃により、どの軍艦も大きな傷を負っている。真っ直ぐ進むだけで船体はぐらぐらと揺れていて、今にも自壊しそうだ。

 こんな状態で砲撃なんてしようものなら、それだけで船が吹き飛びかねない。仮に攻撃したところで、八十隻が寄ってたかってようやく弱まるだけの電磁フィールドを破れる筈もない。

 動き出したひ弱な艦隊を、『マッコウクジラ』が恐れる訳がなかった。


【パギギギギィオアアアア!】


 『マッコウクジラ』は雄叫びを上げ、その叫びに呼応して雷が降り注ぐ。

 雷は傷だらけの軍艦達を直撃し、甲板や生き残っていた小口径の砲台を打ち砕く……が、誘爆を引き起こしたり、船体そのものが吹き飛んだりはしない。軍艦達は構わず前進し続ける。

 さしてダメージが入らなかった事に『マッコウクジラ』も違和感を覚えたのか。全身を包む電磁フィールドを一層光らせ、追撃の雷鳴を轟かせる。秒速二百キロの速さで猛進する電撃は、鈍間な軍艦を正確に撃ち抜いた。

 ところが軍艦達は沈まない。

 『マッコウクジラ』は動じたように、身動ぎをした。今まで面白いように倒せていた相手が、よろよろしながら出てきたのに、今度は何故か全然倒せないのだ。知能が高いからこそ、混乱するのも無理ない。

 対して船乗りであるアカネは、その光景の原因を瞬時に理解した。

 確かに『マッコウクジラ』は雷を操るという、神の如く力を持っている。されど雷とは電気であり、物理的な破壊力に乏しい……そう、仮に直撃を受けたところで、普通は通信機器が壊れる程度なのだ。

 『マッコウクジラ』が雷攻撃により次々と軍艦を落とせたのは、彼等の砲台にある砲弾が雷撃の熱量によって引火・誘爆したのが一番の理由だ。逆に言えば、引火さえしなければ機材が少し吹き飛ぶ程度でしかない。

 今この場に生き残っている船は、どれもが幸運にも誘爆を免れたか、耐え抜いた者達である。

 それは、雷撃が最も通じにくい相手だった。


【ギ、ギィオオオオオッ!?】


 困惑するように、慌てるように、『マッコウクジラ』は何度も何度も雷を落とす。それは時折船のエンジンを撃ち抜いたり、残っていた微かな弾薬を誘爆させたりして、船を沈める事もあった。だが、これまでのような勢いはもうない。

 十隻近い軍艦が、『マッコウクジラ』を取り囲む。

 やがて一隻の軍艦――――マキナの操る一番艦が、ゆっくりと生き残った砲台を起動する。それはたった八センチほどしかない小口径の砲で、今まで一度も使われていないもの。『マッコウクジラ』も左程脅威を感じていないのか、或いは動揺していて気付いていないのか、砲の存在を意識していない。

 否、そもそもその砲台は『マッコウクジラ』を向いていない。

 砲台の先端が向いていたのは、仲間の船。


【チェインを射出する! 六番、任せたぞ!】


 ローエングリンが宣言するや、砲台は火を噴く!

 そして仲間の船目掛け、鎖付きの碇が射出された!

 碇は仲間の船を飛び越え、船体の向こう側に着水。すると碇を放った砲台は一気に鎖を回収していき、海から上がった碇が仲間の船に引っ掛かった。

 仲間の船はそのまま突撃。動かない一番艦を機転にして鎖はぐるりと周り、『マッコウクジラ』に迫る!

 すると鎖は縛り付けるように、『マッコウクジラ』の電磁フィールドに纏まり付いた!


【ギ、ギギッ!?】


 突然の拘束に、『マッコウクジラ』は後退しながら振り解こうとする。しかしそれを見逃すような軍人達ではない。生き残っていた小さな砲から鎖を射出し、仲間の船に引っ掛け、次々と『マッコウクジラ』の周りを回る。中には『マッコウクジラ』の頭上を通り過ぎ、上から押さえ付けるものもあった。鎖は電磁フィールドに阻まれ奥までは届かないが、船が締め付けるようにぐるぐると回るため、弾き飛ばされる事もない。

 これこそマキナが言っていた、リスクはあるが確実な捕縛方法。

 船から射出した鎖により、『マッコウクジラ』を簀巻きにするのだ!


【ギ、ギ、ギ、ギィ……!】


 『マッコウクジラ』はようやく自分が拘束されている事実に気付いたのか。激しく身動ぎをし、鎖を振り払おうとする。それが駄目なら浮上しようとする。

 しかしどれも上手くいかない。

 当然だ。電磁フィールドは既に縛り上げられ、藻掻いたところで今更解けるような状態ではない。浮上するのも、三隻四隻の時ならまだしも、十隻も相手出来るほどの馬力はない。

 何もかもが後手後手。判断ミスが積み重なり、自ら招いた大きなトラブルに対処出来なくなっている。

 いよいよ化けの皮が剥がれてきたのだ。弱いものいじめで粋がっていた、惨めな泣き虫という正体が露呈する。

 今こそ好機。


「マキナ、軍人さん……感謝するわ」


【だから礼は勝つ―で取っておく―……待て、まさかお前】


「あら、私は勝つわよ。あと死ぬ気もないから」


 感謝の言葉を伝えたアカネは、通信機の電源をオフにする。それからゆっくりと、小さな深呼吸をして身体の中の悪いもの……躊躇いや迷いの感情を吐き捨てた。

 顔を上げた時、アカネにはもう、迷いなんてない。


「アオイ! 『マッコウクジラ』に向けて突撃!」


「……う、うん……お姉ちゃん、あの、念のために訊くけど……使える武装、もう残ってないよね?」


「ええ、そうみたいね」


「……どうやって、『マッコウクジラ』を倒すの?」


 アオイからの疑問に、アカネは満面の笑みを返した。それは獰猛な獣のような笑みであり、同時に無邪気な子供のような笑みでもある。

 そんな笑みを浮かべているアカネが、自分の考えを伝える事に躊躇する筈もなく。


「とーぜん、全速力で体当たり――――ラムアタックよ!」


 臆面もなく、『作戦』をアオイに伝えた。

 アオイは口をぱくぱくと、酸欠に喘ぐ海生物のように空回りさせる。次いで顔を顰め、ぶんぶんと頭を振り、大きなため息。

 それからゲラゲラと、大笑いした。


「あっはははっ! もう、何処まで文明レベル下げるつもりな訳? ラムアタックとか、紀元前の攻撃方法じゃん」


「仕方ないでしょ。アイツの電磁フィールドを破るには、『わだつみ』の火砲以上の打撃が必要なんだから」


「そうだけどさぁ……海生物は神が文明をリセットするために遣わした、なんて世迷い言を書いた古文書があるらしいけど、案外本当かもね。強い奴ほど、対抗策が原始的になるんだから」


 淡々と悪態を吐きながら、アオイを操縦席のコンピューターを弄る。行っている操作内容は、アオイの後ろに居るアカネにも見えた。

 エンジンリミッターの解除である。


「こうなりゃ自棄だ! 本気で突っ込んでやる!」


 口では荒々しい文句を言いながら、アオイもまた笑顔でエンジンをフル稼働させた!

 限界を超えるよう指示された『わだつみ』のエンジンは、普段ならば決して立てない異音と共に膨大なエネルギーを生産。穴だらけの船体は少しずつ、着実に加速し、動き出す。

 『わだつみ』の最高速度は五十ノット。だが、暴走させたエンジンは通常よりも遥かに大きなエネルギーを生み出し、船体を六十ノットにまで加速させる。即ち総重量五十万トンの塊が、秒速三十メートルもの速さで突撃しているのだ。躊躇い一つ見せず、真っ直ぐに。

 正面から相対した『マッコウクジラ』が何を思ったかなんて、考えるまでもない。


【パギオオオオオオオオオオッ!】


 一際大きな咆哮と共に、空が唸りを上げ、雷を落とす! それも一本二本などではなく、十数本もの数が!

 『わだつみ』は降り注ぐ雷の雨を受け、大きな揺れに見舞われる。甲板が破損し、至る所で起きた火災を知らせる警報が、操舵室の中を喧しく満たした。

 しかし航行に支障はない。


「止まるな! 突き進めっ!」


「あったり前でしょっ!」


 『わだつみ』はスピードを落とす事なく、直進を続けた!

 『マッコウクジラ』は何度も何度も雷を落とすが、『わだつみ』もまた誘爆を耐えきった船だ。最早爆発するような火薬は何処にも残っておらず、雷は金属板を打ち砕くばかり。エンジンに当たれば脅威だが、そのエンジンは分厚く頑強な装甲が何重にも重ねられ、雷は届かない。

 『わだつみ』は止まらない。神の鉄槌などものともせずに。


【ギ――――ギイイイイッ!?】


 迫り来る『わだつみ』に、『マッコウクジラ』は悲鳴染みた叫びを上げた。鎖で拘束された電磁フィールドの中を、卵の中でぐるぐる回る稚魚のようにのたうつ。そんな事をしても、『わだつみ』は止まらないというのに。

 『マッコウクジラ』は明らかに恐れていた。

 されど恐怖は時に成長を生む原動力となる。暴れ回っていた『マッコウクジラ』は不意にその動きを止め、ゆっくりと『わだつみ』の方を睨む。

 そして頭に付いている三本の角を、『わだつみ』に向けた。

 砲撃をする気なのはすぐに分かった。雷撃と違い、生体砲弾の方は爆発を起こし、船体に大きな損害をもたらす。砲台と共に多くの装甲を引っ剥がされ、丸裸となった今の『わだつみ』にとってはこちらの方が雷撃よりも遥かに危険だ。

 悪寒でアカネはぶるりと身体を震わせ――――『マッコウクジラ』はその姿を見ているかのように、口角を歪めた、ように見えた。

 瞬間、『マッコウクジラ』の頭が火を噴く! 電磁フィールドに巻き付く鎖の隙間を潜り抜け、生体砲弾三発の砲弾が『わだつみ』に迫った!


「――――ッ! 回避……」


「無理!」


 思わず避けるよう指示しようとするアカネだが、アオイは遮るような早さで拒否する。エンジンを暴走させてまで出している今のスピードで下手に急旋回なんてしようものなら、船体が横転しかねない。取れる回避運動はほんの少し向きを変えるのが精々。これでは真っ直ぐ飛んでくる砲弾は避けられない。

 迫る着弾。アカネは忌々しさで顔を顰めた。

 が、すぐに笑みを浮かべる。

 砲弾はアオイの横転ギリギリの回避を嘲笑うように、甲板上部に三発全てが着弾。なんらかの化学反応を起こし、爆発する。人類が持つ兵器と十分に渡り合える威力に、『わだつみ』は激しく揺さぶられる。


「きゃあっ!? お、お姉ちゃ……」


「大丈夫!」


 受けてしまったダメージに悲鳴を上げるアオイだったが、今度はアカネがアオイの言葉を遮る。

 それからにやりと、勝ち誇った笑みをアオイに見せ付け


「戦艦が簡単に沈むもんか!」


 力強く、そう断じた。

 あまりにも主観的。あまりにも願望混じり。アオイは呆けたように目を点にして、ポカンと口を開けっ放しになる。

 その呆け面がアカネと同じ笑顔に変わるまで、さしたる時間は必要なかった。


「もう! それ古典映画の台詞じゃん! お姉ちゃんが大好きなやつ!」


「一度は言ってみたかったのよ! もう回避なんて必要ない! 沈む前に突っ込め!」


「りょーかーい!」


 アカネの熱さに感化され、アオイは船の向きを整える。

 重量五十万トンを超える『砲弾』の照準が、固定された瞬間だ。そして砲弾の運命は二つに一つ。

 届くか、届かないか。


【ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!】


 『マッコウクジラ』の砲撃が、『わだつみ』を撃ち落とさんとする!

 迫り来る三つの砲弾。『わだつみ』にはもう迎撃可能な装備など残っていない。穴だらけになった船体前方甲板に全てが撃ち込まれ、爆発という使命を全うする……しかし『わだつみ』は揺らがない。そこにあった主砲は、既に大破している。金属板が空を舞っただけだ。

 続け様に放たれる三連撃は、『わだつみ』の側面を狙ったものか。回避を誘発する拡散した軌道を、しかし『わだつみ』は全て無視。たった一発だけの直撃弾は、穴だらけの区画を一層のゴミ屋敷に変えただけ。

 三度迫る砲弾は、小細工なしの直撃コース。前部甲板は跡形もなく吹き飛ばされ、剥き出しの操舵室に居るアカネ達は物陰への退避を強いられる。それでも、『わだつみ』はスピードを落とさない。

 最早『わだつみ』の前半分は炭化したかのように黒焦げで、数千メートル級の海生物に丸かじりにされたのかというような抉れ方をし、船としての体を成していない。だが、それでも『わだつみ』は沈まず、止まらない。五十万トンを超える巨体を支えるべく船底の装甲は異様なまでに分厚く、上部で起きた爆発や震動をものともせず、変わらぬ浮力を生み出し続けている。エンジン部を守る船体後方は、船体前方がひたすらに攻撃を受け止め続けたが故に大きなダメージなど負っていない。

 重要な機関は未だ健在。ならばどうして沈むというのか。どうしてその速度を衰えさせるというのか。

 そのような事は、あり得ないのだ!


【ギ、ギギィッ!?】


 何をしても、何度やっても。一直線に向かってくる『わだつみ』が間近に迫り、『マッコウクジラ』はついにのたうち回る。『わだつみ』に背を向け、必死に逃げようとして、しかし鎖が、十隻の軍艦達がそれを阻む。


「ぶちかませええええええええっ!」


「いっけええええええええええっ!」


 アカネとアオイの叫びが、祈りが、願いが、大海原へと響き渡り――――

 『わだつみ』は、電磁フィールドに突っ込んだ!

 六十センチ砲をも押し返す圧力が、突撃する『わだつみ』の船体を押し返す。雷撃と砲撃を潜り抜けた装甲もこの圧力によりぐしゃぐしゃに潰され、見るも無惨な鉄塊へと変貌していく。

 だが、押し返す力よりも『わだつみ』の前進する力の方が遙かに大きい。

 重さ四トンの砲弾を殆ど通さなかった電磁フィールドに、質量五十万トンオーバーの『わだつみ』が押し入る。巻き込まれた鎖は引き千切られ、電磁フィールドの光が陽光のような煌めきを放った。

 そして秒速三十メートルという速度を殆ど保ったまま、『わだつみ』は電磁フィールドを突っ切り――――

 『マッコウクジラ』の背に、鉄塊と化した船首を突き刺した。

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