08

「……は?」


 爆発音に対しアカネが最初に起こした反応は、唖然とする事。それから無意識に操舵室の窓から、海を眺める。

 目を向けた場所では、濛々と黒煙が昇っていた。

 黒煙の中には火花が混じっていた。つまり何かが燃えているという事である。この大海原のど真ん中で、一体何が燃えるというのか? 極めて明白な答えがあるというのに、その答えに辿り着けない。理性が、感情が、それを避けて、もっと『マシ』な可能性を探そうとしている。

 しかしそんなものは存在しない。いずれ辿り着いてしまう。

 自分の隣を走っていたコウの仲間の船が、突如として爆発を起こしたのだという事に。


「あ、アオイ! 救命用の浮き輪を出して! 早くっ!」


「う、うん!」


 答えに至った瞬間、アカネは顔を青くしながらアオイに指示を出す。アオイがコンソールを叩き始めたのを見届けてから、アカネは望遠レンズを覗き込んで隣に居る船の姿を確認する。

 コウの仲間の船……名前は確か『アスカロン』だったか……は囂々と炎と黒煙を吹き上げていた。その熱量と煙に耐えかねてか、次々と乗組員が海に跳び下りている。確かに燃え盛る船の上に居れば焼け死ぬしかないが、逃げた先には飢えた海生物が泳いでいるかも知れない。それに船が沈む際、周囲の海水も巻き込まれる。つまりすぐにでも救助せねば、跳び下りた乗組員の命はないという事だ。

 不運な事に、アカネの見立てであるが『アスカロン』はもう長く持たないように思えた。船体の数ヶ所が、まるで捲れ上がるように吹き飛んでいるのだ。破損しているのは船体前方の側面数ヶ所。海水が流れ込む位置ではないが、吹き飛んだ部分は軽くなるため、船体のバランスが極めて悪い。いずれひっくり返ってしまうだろう。

 アオイの的確かつ迅速な操作により、『わだつみ』側面から救命用の浮き輪が射出される。跳び下りた乗組員の数には到底足りないが、浮き輪と繋がっているロープにもしがみつける。海に浮かんでいる『アスカロン』の乗組員達は見える限りでは全員捕まったようで、アカネは少しだけ胸を撫で下ろした。

 『アスカロン』に何が起きたのだろうか? 海生物の襲撃を受けたのか。いや、海生物は体当たりや噛み付きが主な戦闘方法。船体に付く傷はへこむような、或いは抉れるような傷が主だ。では事故で爆発を起こした? それも違う。一般的に爆発を起こすような場所は、エンジンか砲台の根本 ― 砲弾が多数存在する、文字通りの火薬庫だ ― である。しかし『アスカロン』に開いた穴は船体前方側面。エンジンは船体後方にあり、砲台は甲板部分にあるものだ。どちらかが爆発したにしては位置がおかしい。

 考えたくないが、一番可能性が高いのは艦船による砲撃か。確かにこの時世、海賊なんて稼業も珍しくない。アカネも何度かそういった海賊を六十センチ砲で船ごと跡形もなく吹っ飛ばしてきた。先の三つの反応も砲弾だとすれば、本来船影を捉えるための対空ソナーに反応したものを海生物と誤認した可能性がある。ならば今度も?

 否。人類が持つステルス技術では、海生物さえ捉えるソナーから隠れる事など出来ない。海賊が攻撃してきたなら、ソナーにその存在が映る筈だ。ソナーに何も映っていない以上、これも違う。大体時速三百キロというのは、海生物としては超高速でも、砲弾としてはあまりに遅過ぎる。普通の艦砲なら時速五千キロは出て、音速超え故にソナーに映る筈もない。

 一体何が起きたのか、まるで見当が付かない。自分の傍で起きた事がなんなのかが全く分からず、心が少しずつ落ち着きを失っていく。これはいけない。自分は艦長で、この船の全てを預かる身だ。自分が全てを判断しなければ、自分が――――


「お姉ちゃん! またソナーに白点が出たよ!」


 混乱から失いそうになる我を引き戻してくれたのは、アオイの呼び声。アカネは顔を横に振り、再び望遠レンズを除く。

 海面に海生物の姿は見えない。それでもソナーに白点が映った以上、やはり何かがいる筈なのだ。何処かに、何かが。

 この時反射的に空を見たのは、先程まで海賊の艦砲射撃という可能性が脳裏を過ぎっていたからだろう。あの考えは既に否定しており、何かが見付かるという期待はしていなかった。

 しかしアカネは、見付けた。

 高速で自分達の方へと飛来する……肉塊のようなものが、三つ。

 砲弾ではない。少なくともアカネは、脂肪の塊のような生々しい色合いをし、表面に凹凸がある砲弾なんて見た事がない。飛来してくるその脂肪塊らしきものは『アスカロン』の傍を走っていた船『デュランダル』と接触。

 刹那、『デュランダル』で爆発が起きた。

 甲板の一部が吹っ飛び、砲台が根元からへし折れる。その姿は正に『アスカロン』とそっくりだった、が、『デュランダル』は運に見放されていた。連鎖的に爆発が起こり始めたのである。恐らく爆炎が船内まで到達し、火薬庫に引火したのだ。

 『デュランダル』は自らが爆弾であったかのように、粉微塵に弾けた。爆炎が収まった時には船体など跡形もない。海に浮かぶただの鉄塊だ。乗組員に避難する時間は勿論、隠れるような場所すらない。『アスカロン』と違い、『デュランダル』の乗組員は既に全滅だろう。

 慟哭がアカネの胸の奥から湧き上がる。口は自然と開き、わなわなと震える。

 そんな激情を堪えて、アカネは通信機に手を伸ばした。コンソールを叩き、入力するのは――――コウの船へ繋がる周波数。


「こちら『わだつみ』! 東南の方角から攻撃されてる!」


 アカネはすぐさま、コウに『敵』の存在を知らせた。


【こちら『フラガラッハ』! どんな攻撃だ!? 詳細を頼む!】


「何か、爆弾のようなものが飛んできてる! ソナーに映ってる白点はそれよ! 海中じゃなくて空から来てるから、機銃で迎撃して!」


【空からだと……まさか海賊、いや、分かった! すぐに他の船にも伝える!】


「頼んだわ! 以上、通信終わり!」


 アカネの締めの言葉とほぼ同時に、コウとの通信が切れる。これで一応は、生き残った船にも連絡が行く筈だ。

 しかし安堵は出来ない。この時代で最も警戒すべき海生物は海を泳ぎ、海生物が放つ電磁パルスの影響によって航空機は無力化されている。即ち漁船にとって脅威となる存在は全て海面付近に居るため、対空兵装なんてものは殆ど積んでいないのだ。小型海生物向きの機銃や小口径火砲で無理矢理迎撃するしかないが、砲弾に比べ低速とはいえ時速三百キロ近い飛翔物体を専用の照準プログラムなしに落とすのは至難の業だろう。

 受けに回っては駄目だ。攻撃を仕掛けてきている輩を突き止め、こちらの砲撃で吹き飛ばす……それこそがこれ以上の被害を抑える一番の『策』。


「アオイ! ソナーには何か映ってない!? 高速で接近してきているやつ以外で!」


「あったらとっくに言ってるよ! さっきから波形変えたりしてるけど全然反応がない!」


「だとしたら、こっちのソナーの圏外から攻撃してるって事かしら。それはまた随分と、厄介な事ね……!」


 アオイがソナーの反応を見逃すとは思えない。ならばソナー圏外に『敵』が居ると判断し、アカネは目視での確認をすべく望遠レンズを覗き込む。

 先程飛んできた砲弾もどきの軌道から、敵の位置はある程度予想が付く。

 しかしこちらを上回る射程、そして正確に砲撃を命中させる精度から推測して、敵は確実に『わだつみ』とコウ達の船を上回る性能を持っている。それでいて何故砲弾はあんなにも ― 『わだつみ』の六十センチ砲からしたら六分の一以下である ― 低速なのか疑問だが、なんにせよ技術力で上回れるのは厄介だ。恐らくソナーの性能もあちらが上で、仮に射撃方角から相手の場所に目星を付けて突撃しても、動き出した瞬間に察知されるだろう。敵は悠々とその場を後にし、困惑しているこちらのどてっぱらを砲撃してくる未来が容易に想像出来た。

 どうにかして相手の位置を目視で特定しなければならない。この広大で、目印になるような大海原の中から。


「(何か、何かある筈よ! 排煙とか、馬鹿みたいにデカいとか、キラキラ光ってるとか! なんの代償もなしに、こんな超技術を使える訳がない!)」


 望遠レンズを凝視し、敵を探るためのヒントを求める。されど探せども探せども、なんの痕跡も見付からない。


「ソナーに反応あり! 三発来るよ!」


 そしてアカネの努力を嘲笑うように、第三射がやってくる。


「ぐ……当たりそうなのは!?」


「『レーヴァテイン』!」


「機銃と十センチ砲で援護! どーせ計算結果なんて当てにならないんだから、兎に角撃ちまくって!」


 アオイへの指示を出す中でも、アカネは望遠レンズを覗き続けて索敵を行う。

 一瞬だけ確認した『砲弾』は先程見たのと同じ見た目をしており、飛んできた軌道を辿れば発射地点も先程と同じ。同一の存在が放ったものなのはほぼ確実だ。

 しかしやはり遠いのか、望遠レンズで発射地点を見ても敵らしき姿は見付からない。おまけに発射地点付近には暗雲が立ち込めているらしく、どうにも視界がぼやけていた。それでも小さなヒントでも見逃すまいとアカネは必死に凝視し


「……………っ!?」


 不意に、脳に一つの『可能性』が駆け巡る。

 望遠レンズの倍率を、ゆっくりと下げていく。映し出される景色が段々と縮小し、広範囲が見渡せるようになる。

 アカネは今までずっと最大倍率で海を見ていた。相手の存在を示す、微かな兆候を捉えようとしていたからだ。どんな小さなものも見逃すまいと努力していた。だが、その努力が全くの無駄……いや、真実から遠ざかる行為だったなら? 『敵』が元より居場所がバレる事など気にしていないとしたら?

 ――――砲弾の発射地点に存在する、暗雲が『敵』の居場所を物語っているとしたら?


「……アオイ! 『アスカロン』の乗組員を全員救助したら、南東方向にあるあの暗雲のど真ん中目指して前進! 最大船速!」


「え、あ、う、うんっ! 救助はもう終わってるよ!」


「こちら『わだつみ』! コウ、返事は待ってないからこれだけ言うわ! これから『わだつみ』は敵に接近戦を仕掛ける!」


「えっ!?」


 コウからの返事を待たず、アカネは通信機のスイッチを切る。まさか敵に突撃するとは考えていなかったのかアオイも驚きの声を漏らすが、しかしアカネの指示を信じている彼女は困惑しながらも船を暗雲へと向かわせた。

 『わだつみ』が暗雲へと向かう最中も砲撃が続き、後方から爆発音が聞こえてくる。思わず船を停めたくなる衝動を抑え、振り切るようにアカネは前を見据えた。

 前進させていくと、暗雲の中から四度目の『砲弾』が飛んできた。望遠レンズに映る絵面からして、狙いは間違いなく『わだつみ』。

 目標をこちらに変えた――――それだけで、自分の考えが間違っていなかったとアカネは確信出来た。


「砲弾三発確認! 船を砲弾に向けて立てて! そうすれば中央の奴以外外れる筈!」


「うんっ!」


 アオイが船の向きを修正、同時にアカネは機銃と十センチ砲を全門起動。三発の砲弾のうち、真ん中のものだけを狙う! 砲弾はその小ささから十センチ砲の雨を潜り抜け、機銃の弾丸は弾き返した……が、一発の十センチ砲弾が命中。巨大な爆発を起こした。他二発はアカネの予想通り船体に当たらず、海面で爆発を起こす。船は揺れたものの、転覆には至らない。

 どうにか攻撃を切り抜け、アカネは安堵の息を吐きそうになる。

 しかしこれは序の口だ。接近すればするほど、敵の攻撃を回避するために使える時間は減り、砲弾の拡散範囲も小さくなる。だが接近しなければ敵の位置が掴めない。敵の攻撃が当たるか、自分達の察知が先か。アカネは息を飲みながら近付いてくる砲弾を望遠レンズ越しにじっと見つめ、アオイはアカネからの指示に的確に答えながら暗雲に迫り……

 賭けは、アカネ達が勝った。


「っ! お姉ちゃん! ソナーに反応あり! 全長……!?」


「砲弾じゃないのね!?」


 アオイは何かを言い掛けていたが、問い質している暇などない。アカネは望遠レンズの方角を海面方向へと向けつつ、照準操作のためのレバーを握り締める。

 やがてぼんやりと見えた『光』。

 それこそが敵の居場所だと察したアカネは素早く照準を合わせ、六十センチ砲の引き金を引いた!

 爆音と共に放たれた砲弾六発が、正確に照準の位置へと飛んでいく。やがて砲弾は照準付近に到達した、瞬間、巨大な爆炎が三つほど上がった。海水に落ちたならあのような爆発は起こらない。

 恐らく三発は着弾した。


「ぐうっ!?」


「きゃあっ!?」


 それを確認したのも束の間、『わだつみ』も大きく揺れる。モニターに火災を知らせる表示と、船体破損を伝えるアラームが鳴り響いた。揺れの数からして一発だけだが、敵の砲撃を喰らったらしい。

 しかし『わだつみ』は戦艦級だ。多少の被弾などあってないようなもの。警報が発せられているのは主に甲板部分で、浸水や火薬庫の破損は検知されていない。主砲である六十センチ砲が一台吹き飛んだようだが、他の砲台に問題はない。まだまだ戦える。

 対する相手がナニモノかは分からないが、巡洋艦級の漁船すら吹き飛ばす大火力砲の直撃を受けたのだ。無事である筈がない。

 アカネはそう考え、事実、相手はそれなりにはダメージを受けたのだろう。

 唸り声が、大海原に轟いたのだから――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る