第二話 運命は引かれ合う!

 夜明けなんて待ってられなかった。私は階段を転がるように降りてそのまま自転車小屋へ爆走した。


「へいへい荻川くん! いつでもいいよ!」

「はぁ、はぁ、安藤! それ俺の自転車じゃないから!」


 あら? どうやら先走りすぎたようだった。ふぅ、深呼吸。


 慌てて追いついてきた荻川くんが本来の自転車の鍵を外してサドルを手で払う。


 私はよいしょと遠慮なしに荷台に座る。ゴーゴーかっとばせー! とエールをおくってサドルをばんばん叩いた。


「えっ、俺が前なのか」

「まさか私に漕げと? いいけど、坂道になったらヘルメット用意してね」

「い、いや! 俺が漕ぐよ。力仕事は任せてくれ」


 お言葉に甘えて、私は荷台でお嬢様気分を味わうことにした。


 走り出すと、ガコンと身体が揺れて振り落とされそうになる。


「大丈夫か安藤・・・・・・ってうわっ!?」

「へ、へーき。荻川くんにしがみついたから落ちずに済んだ!」

「・・・・・・・・・・・・」

「荻川くん?」


 返事がないのでちょっと覗き込んでみる。


「俺、死んでもいい・・・・・・」


 うわ、泣いてる。目開けたまま泣いてる。


 そんなに二人乗りがしたかったのなら言ってくれればいいのに。まぁなんかセイシュンー! って感じがするし分からなくもないけど。それにしても泣くほど? 荻川くんも大概変な人だ。私よりも変な人だ。


 それから私は変人の腰を掴みながらゴトゴト揺れて目的地を目指した。漕いでる間、がに股になっているのを指摘するとへにゃへにゃの漕ぎ方になって倒れそうになった。今回ばっかりは男らしくしてもらうほかない。


 背中を叩くたびに加速するのは馬に乗っているようで楽しかった。風が冷たくなる前に、なるべく目的地に着きたい。私たちが目指しているのは地元から二つほど離れた駅だ。あんまり遅くなると終電を逃しかねないし・・・・・・いや逃したほうがいいのか! 


「らっぶほっ、らっぶほっ」

「安藤は、本当にその人のことが好きなんだな」


 欲望丸出しの合いの手をしていると、荻川くんがふとそんなことを言う。トウゼン、と私も鼻を鳴らす。


 けど、自転車の速度が少し落ちているのを見てあれれ? と思う。なんだか重そうにペダルを漕いでいる。足取りというのは気持ちを表すものだ。自転車の上でもそれが通用するのだとしたら、きっと荻川くんは明朗な心ではないのかもしれない。


「ご、ごめん」

「なんで安藤が謝るんだよ」

「そういえば私、荻川くんに告白されたんだなぁって思い出して」


 自分のことを器用だとは思ってないけど、それなりの気遣いはもしかしてするべきだった? 荻川くんのことを考えると配慮に欠けてたかもしれない。 


「ああ、そのことは別に気にしないでくれ。俺は後悔してないからさ」

「後悔?」

「結果はどうあれ、気持ちをきちんと伝えたこと。それからこうして、自分を変えてみたこと」


 いまだ穿きづらそうなスカートを手で押さえて、荻川君は言う。


「人を好きになるって多分そういうことなんだよな。その人のためならなんだってできるし、なんだってしてやりたいって思う。だから安藤の気持ちはすごく分かるよ。ちょっとやりすぎる時もあるし、周りからも変な目で見られる時もあるかもしれない。でも、安藤のその気持ちは絶対に間違いじゃないって、俺は思う。というか、俺がそうだったから」

「じゃあ荻川くんは、その・・・・・・今の自分に後悔はしてないの?」

「してないよ」


 その声だけは、風を切る音の中でも確かに聞こえた。


「だから安藤も、頑張れよ」

「・・・・・・・・・・・・」


 てっきり、なんか嫌み事を言われるのかと思ってた。だって私は、私を好きな人の自転車に乗って私の好きな人に会いに行こうとしているのだ。そう思うと私ってすごく、嫌な女の子だなぁ。


 でも。


「かっこいいとこあるじゃん、荻川くん」

「女っぽくなるのって難しいな」

「もっと精進したまえ」


 その背中をボガンと叩く。おおっ、速くなった。


 さっきよりも、早く着かないかなという気持ちが強くなる。荻川くんの後押しがあったからかもしれない。


 ぐんぐん自転車は進み、時に車を追い越し、電車に追い越され、結局どれに乗れば最も早く着いたのかな。なんて考えているうちにあっという間に駅に着いた。


 あっという間、というのはあくまで私の主観で、今も肩で息をしている荻川くんにとってどうだったのかは分からない。ぜぇぜぇ言ってるし、そっとしておいてあげよう。


「お、俺のことはおいて先に行け」

「休んでる?」

「せっかくカッコよく言ったのに!」

「じゃあ、先行ってるね。・・・・・・なんか使うだけ使った感じになっちゃって、ごめんね」

「いいんだよ。俺は後悔してないから」

「え、使われるのが好きってこと? それって、うわぁ・・・・・・荻川くん属性盛りすぎでは?

「え! どういうことだ!?」


 まだ見ぬ荻川くんの可能性に手を振って、私は目的の店を目指した。


 人が多かったから、回り道して路地の裏を通ることにした。街灯はなくて真っ暗だから、ちょっと危ない場所だなぁって思ったり、絶好の場所だなぁって思ったりした。


 そこを出ると、すぐに目当ての店は見つかった。


 そこは中華料理を扱うチェーン店のようで、看板を見ればすぐに名前を連想できた。小さい頃によく来てた覚えがある。なんだかチャーハンが美味しいイメージ。


 あの子の見た感じだともっと優雅なフレンチレストランみたいな場所で働いてそうだったけど、こういうとこで汗を流しながら働く姿もいい。むしろいい。


 どうしてこの店を選んだのかな。単純に好きなのか、働ければどこでもよかったのか、家が近いのか。背景を想像するだけで胸が高鳴った。


 店に入ると、バンダナを巻いたお兄さんが接客をしてくれた。チッ。


 時間が合わなかったのかな。それとも今日はシフト入ってない? 目的の彼女を探す私の視線が忙しなく動く。


 客足はなんだかよくないみたいで、店内には私と、あと一人スーツ姿のサラリーマンだけだった。私が「ぶえっくしょい!」とくしゃみをしたらめちゃくちゃ響いた。恥ずかしい。


 とりあえずドリンクバーと、久しぶりのチャーハンを頼んでみる。これを食べて、それでも来なかったら今日は帰ろう。状況を荻川くんにメールで伝えると「じゃあ俺はぶらぶらしてから先帰ってる」と返信が来た。


 なんだか本当に申し訳ない。今度奢るね。


 今頃自転車を漕いでいるであろう荻川くんに向けて懺悔した。


そんなことをしながら注文と、あの子を待っていると強めに開けられたドアがベルを鳴らした。


「すみません遅れました!」


 入ってきたその子を見て、私の目はこれでもかというくらいにかっぴらいた。


 明瞭になった視界に、艶やかな黒髪が靡いて、隙間から白い首筋が覗く。つり目気味のはっきりとした瞳がテーブルに座る私を見た。


「い、いた!」


 思っていたよりも早く会えたことに驚いて、ともすれば私たちは運命で繋がっているのだから当然だフハハと笑ってみる。


 私は椅子を鳴らして、立ち上がった。


 ずっと探したあの子も驚きのあまりに身体を硬直させてしまっている。まるで時間が止まっているかのようだった。けど違う。時間はここから動き出すんだ。


 荻川くんの言ったことを思い出す。


 きっとそれが好きってことだから。


 その気持ちは間違いなんかじゃないから。


 だから後悔しないように。


 そう。私はもうあのエッチな肉体を手放したりしない。その鎖骨に顔を埋めることのできる日が来るまで! 


 

   

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