第八話 アイスクリームは上品に

「うぅ〜……まだ鼻がヒリヒリする」

「だから寝るなって言ったのに」

「だってぇ、伊藤の話聞いてるとどうしても眠くなるんだもん。絶対あの声麻薬成分入ってるよ」

「まぁ確かにそれはわかるけどな。それにしたってあんなデカイいびきかくのはなんというか、タマらしいよ」

「それは。あ、あはは……」


 あの後私は抵抗する暇もなく一瞬で睡眠の奈落へと堕ちていき、まもなくして伊藤のチョークが私の鼻に捻じ込まれたのであった。


「そんなことより早く行こうよ薫! アイス、アイス♪」

「騒ぐな騒ぐな恥ずかしい」


 私は薫の腕を掴んで駅のホームを抜ける。


「つってもアイスなんて食いたきゃコンビニでいいんじゃねえの? ほら今の時期だとスイカ棒とか売ってんじゃん」

「カー! 薫、相変わらず分かってないねえ。私達がこれから向かうのは今女子に大人気のアイスクリーム店『シャイニードロップス』味は勿論見た目もすっごく可愛くてみんな写真をピンスタに投稿してるんだよ! スイカ棒なんて食べてるうちは女の子じゃないよ!」

「でもタマはピンスタやってねえじゃん」

「うん、だから薫。お願い」


 改札口を通って駅を出た私は、一度立ち止まって薫にスマホを渡す。すると薫はため息をついて。


「なるほど、それで私を誘ったのか」

「ち、違うよ!? あ、いや違くないけど……でもでも、薫と最近遊べてなかったし。久しぶりに薫と一緒におでかけしたいっていうのは本当で……」


 私は慌てて弁解しようとするも、インターネットがよく分からない私は確かに薫にあわよくばピンスタを登録してもらおうというのも事実であって、少し、罪悪感を抱く。勿論、薫と一緒に遊びたいというのも嘘ではない。


 そんな私の様子を見て薫は。


「ったく、いいよ。貸してみ」


 渋々と言った様子、だけど拒むことはせずに私のスマホを受け取ってくれた。


「あ、ありがとう薫! えへへ」


 慣れた手つきでスマホを操作する薫の隣にくっついて、私は待つことにした。


『ピコン』


「ん?」


 デフォルトの電子音が鳴る。


「あ、それメールの着信だ」


 薫がピンスタの読むことのない規約のページを下にスクロールしている時、着信音ともに画面上部にメッセージが表示されていた。


『お父さん

 ごっめーん! きょぅもぉしごトマヂ忙しくてBダ決めても間にあゎなそう! 蜜葉もきょぅゎ友達とオケるらしぃかラ珠樹もソクサリなら出前取ってもイイしトリるならポテトも買っといてチョ☆』


「おいタマ怪文書が送られてきたぞ」

「あ、お父さんだ。うわ……また覚えたてのギャル語使ってる……微妙に使い方間違ってるし」


 どうして年配の男の人はこうも無理やり流行に乗ろうとするのだろう。


「お父さん今日も仕事で蜜葉もいないから飯は適当に食えってことかな」


 まあこれもいつものこと。管理職をしているお父さんはしょっちゅうトラブルに巻き込まれて深夜まで事後処理をしなければいけないせいでよくそのまま宿舎の方で泊まってくるのだ。


「悪いな、メール見ちまって」

「うん? 別にいいよ?」


 薫は謝ってくるけど別に見られたところでなんかあるわけでもないんだけど。薫は細かいところまで気が効く子だから、私のプライベートを覗き見したみたいで悪いと思ったのだろう。


「あ、でもタマ。蜜葉ちゃんにセクハラメール送りまくるの可哀想だからやめてやれ。本人顔真っ赤にして困ってたぞ」

「えー? セクハラじゃないよ。ただ『蜜葉ちゃんのおっぱい見たいな』とか『蜜葉ちゃんブラのサイズ変えた?』とか、姉としての最低限のコミュニケーションだよ」

「おっさんか」


 そんな話をしつつ、薫はピンスタの登録を進めてくれた。


「ほら、登録終わったぞ」


 そして薫がスマホを私に差し出す。画面を見るとすでに諸々の設定は終わっているようだ。


「アイコンと名前は適当にタマが決めな」

「うわあ、ありがとう薫ー!」

「抱きつくな暑い」


 憧れのピンスタ。早速私はプロフィールを弄ることにした。


「えーっと、名前は……キンタマで」

「おい」



 私と薫はシャイニードロップスの店内に座り、アイスが来るのを待っていた。


「アイスクリーム屋って普通その場で受け取るもんじゃないのか? あまり行ったことがないから分からないけど」

「このお店はね、普通のお店と違って機械で練り出したり冷蔵してあるやつを出すんじゃなくて、その場で作ってくれるんだって! だから少し待つことになるけど、めっちゃ美味しいらしいよ!」


 大きな店内の裏には厨房があり、元三つ星レストランで働いていたコックさんがアイスクリームを作っているらしい。どうやってアイスを短時間で冷やしているのかは分からないけど、きっと秘密の職人技を使っているに違いない。


 そんな人づてで聞いた話を薫に聞かせていると、二つの大きなアイスクリームを持った店員さんがこちらに向かってきていた。


「おまたせしました」


 礼儀正しく落ち着いた声の店員さん。そして私たちの前にアイスクリームが置かれ、その迫力と美しさに私は思わず息を飲んだ。


「……」

「……?」


 そんな私を、何故か店員さんがじっと見つめてくる。どうしたんだろう。私、どこか変? ハッ! もしかして、こんなオシャレなお店に来る身分ではなかった!? 身の程を知れと言う事!?


「ごゆっくりどうぞ」


 だけど、私と目が合った店員さんはそれだけ言ってカウンターの方へと戻っていってしまった。


「タマ、どうかしたか?」

「あ、ううん。なんでもない! それよりさそれよりさ! 早速写真撮ろうよ!」

「いやさっさと食えよ」


 私は薫の言い分を無視してスマホを取り出す。


「あれ? 自撮りってどうやるの?」


 今流行りの自撮りをアイスと共にやろうとしたけど、どうも角度が合わないというか。一緒に撮ろうとするとかなり変な格好になってしまう。


「アイスは自撮りとかしないで普通にピンスタ映えとか言って撮るだけでいいんじゃないか?」

「えー! ヤダヤダ! 私ずっと自撮りしてピンスタに投稿するのが夢だったの!」


 あっそ、と一瞥する薫。私は何とかいい感じに撮れる角度を探す。


「おっ、ここなら」


 やっと見つけたベストアングル。私は首を傾け、なるべくアイスに近づけながら腕を伸ばす。あ、やばい腕が変な方向に捻れた。


 無理な体勢に腕がプルプルしてきた。もう、ここしかない!


「フンッ!」


 カシャッ!


 無駄に大きなシャッター音。何とか撮れたみたいだ。私はそのまま写真を添付してピンスタに投稿した。


「えへへー、投稿できたよー」


 さっきフォロワーになってくれた薫にそれを教えて見てくれるよう促す。すると薫は怠そうにスマホを取り出してくれた。


 やがて、スマホを見る薫の顔がだんだんと引きつっていく。


「なんだよこれ、心霊写真か?」

「ひどい!?」


 予想外の返答が返ってきた


「いやだってタマ見てみろよコレ」


 薫がスマホの画面を私に見えるよう向けてくれる。


 そこに写っているたのは、膨張でもなんでもない。幽霊だった。幽霊のような、私だった。


 無理な体勢で撮ったからか、シャッターを押す瞬間身体が動いてしまったんだろう。私の顔はあり得ないくらいにまで伸びていてもはや白い靄に黒い点が二つあるだけの化け物になっていた。


「ついでに言うとタマ、顔にチョークの粉ついてるぞ」

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