第14話 ルーツ

「ユンジュンにそんな秘密が…」


 ミキが帰ってから兄がしみじみと言うと、ユンジュンは「いや、秘密にしてたわけでもなく、おまえらの先祖に聞かれなかったからだ。気にするな」と家具にもたれて笑った。何をしても様になる。


 そして、「男女問わず本当に細かいことを気にしない一族だからなぁ。俺も久しぶりに昔を思い出せた。タカシも良かったじゃないか」とボクにウインクした。


(…ミキちゃんに抱き着かれたのが二人の前でなかったら良かったんだけどね)


「ユンジュン…住吉の神様に会いに行かない?たとえばもっと小さい壺にしてくれたら中国にでも運べるし」


 ボクが提案すると兄もすぐに「お、いいね」と賛成したが、「受験は大丈夫か?」と思い出したように尋ねた。


「来月の2日に試験だから、その後にさ。父さんに大阪の住吉神社に行きたいって頼んでみる。前から合格祝いを聞かれてたんだ」


 余裕で合格祝いなどと言うボクを見てユンジュンが、


「おいおい、タカシ。おまえ最近携帯ばかり見てるけど大丈夫か?」と少し心配そうに聞いた。


「だ、大丈夫!何年もかけて準備してきたし」


 ボクは焦ってそう言ったが、実はユンジュンの子孫を調べていた。


 唐の貴族だったリャン家は現在も西安(昔の長安)にいた。

 ただ、子孫かは不明だ。

 亮家は唐の太宗皇帝時代に何軒もあった。フルネームで探しても、探し方が悪いのか漢語ではないからか引っかからない。これは現地で調べるしかなさそうだった。

 



 両親は僕が大阪の住吉神社に行きたいと夕食の席で言ったら快諾してくれた。


はやてが小学生になってからはピアノばっかりで旅行もしてないし丁度いいわね、お父さん?」と母が聞くと、父はやけに嬉しそうに賛成した。


「お父さん大阪好きなの?」


「あれ、知らなかったか?俺の曽祖父は大阪に住んでいたんだ。小さな頃は大阪に遊びに行くと、曽祖父が甲子園に連れてってくれてな…」と目を細めた。

 そんな父が新鮮だ。


「じゃあ、甲子園も行きたい!あと、おおじいちゃんの家も」


 ボクが提案すると、満場一致で決まった。

 祖父は東京で暮らしていたが、ボクには大阪の血が流れている。父の曾祖父の家で何かわかるかもしれない。




「アレックス・ヘイリーの『ルーツ』みたいだね」


 丸眼鏡が夕食の席で言った。

 たまにうちに来ては母とチェロを弾いてご飯を食べていく。ボクは兄との合奏を聞きたいが、まだ実現していない。


 彼は恋人が出来たらしい。それは彼の弾くチェロの音でなんとなくわかった。


「ルーツ?」


「そうだよ。アフリカ系アメリカ人の作家が書いた本なんだ。奴隷として1700年代にアフリカ大陸から連れてこられた先祖から子孫の系譜を描いてる。ドラマは日本でも人気があったらしい」


「へぇ、松崎さんよく知ってるね」


 ボクは丸眼鏡を見直した。尊敬の眼差しに彼は赤くなった。


「いやあ、最近勧められて読んだばかりでさ。奴隷制下のアメリカ合衆国の南部の農園で暮らす黒人奴隷の描写がショッキングだったよ。一族が酷い差別や迫害に遭いながらも折れずに誇り高く生きていくのが、とても心に響いたんだ。

 もちろん一族は時代や情勢の変化があってね、その流れで奴隷として過ごしてきた彼らの生活に変化が起こる。南北戦争って聞いたことあるだろ?1865年に奴隷制が廃止されて少しずつ黒人に自由が与えられた。だけど白人至上主義は残ってるからね、現在でも黒人であるだけで辛いと思うんだ。いつまでこんな意味のない差別が続くのか…」


 そこまで言って、場が白けたと思った丸眼鏡はさかんに謝った。


「す、すいません!食事中にこんな話を…」


 母は真面目な顔で、


「いえ、とても勉強になります。本当よ」と答えた。


 確かに母がアメリカ文学を読んでいるところを見たことがない。たまにオースティンの『高慢と偏見』やモーパッサンの『脂肪の塊』などを読んでいるから、多分ヨーロッパ文学愛好家だ。


「ボク松崎さんを見直した」と正直に言うと、彼はまた真っ赤になった。


「や、止めてよ、タカシ君まで。実は恋人が読書家でね、その『ルーツ』も勧めてもらったんだ」とつるりと白状した。


「あら、松崎さんに恋人が?それはぜひ連れていらして。もしかしてサークルの方?」


 やはり母は気が付いていなかった。鈍感なのだ。

 母とボクが想像している恋人は、あの綺麗な黒いロングヘアのバイオリニストだ。以前にボクが練習に闖入ちんにゅうした時に仲良しだった。


「ええ、実はそうなんです…本当に連れてきていいんですか?びっくりすると思いますが…」となぜか及び腰で答えた。

 もちろん母は是非連れてくるようにと言ったので、


「あいつ喜びます、綾子さんに会いたいって言っていたので」と満面の笑みで丸眼鏡は答えた。



 ボクは外の門まで丸眼鏡を見送り、ふと違和感があって郵便受けを覗いた。受け口が少し浮いており、封筒が挟まっていた。

 切手がないから直接投函されたものだ。ボクは宛名を見た。

 いやがらせの手紙かもと思ったが違った。


「レイナちゃん…」


 それは小学4年生の時の同級生の田中レイナからだった。

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