第9話 リア充①

「おい、昨日はどうせボッチだろ?俺らサノちゃんちでクリパしてたんだぜ!プレゼントもらって…」

「おい、にそんなこと聞くな!可哀想だろ」


 学校ではフトシと呼ばれている。もちろん太っているからだ。

 声をかけてきた矢島と小島は運動が出来て人気がある。だから女子で人気のサノちゃんのクリスマス会に招待されたのだろう。明日から冬休みだし二重で浮かれていた。


「そっか、いいね。プレゼントはなんだったの?」


 ボクがあっさり聞き返したので二人は驚いた。ボクがうらやましがると思ったようだ。


「…小島は何だった?俺ミッキーサンタがホウキに乗ってるストラップ」

「…俺も」


 プレゼントが存外しょぼいと気が付いた二人の声のトーンが一気に下がった。


(いかん、ここは間違っても『それだけ?』なんて聞いたらダメなやつだ)


うららやましいな」


 ボクが棒読みすると二人はほっとして早口でボクに念押しした。


「いいだろ?さすがフトシ、わかってるじゃん」「へへっ、サノちゃんだぜ」 


 結局は場の賑やかしに今年一回切りで呼ばれたことに気が付いてしまい、それをボクに感づかれたくないのだ。ボクは目頭が熱くなった。


(ああ、なんて男っていじましくて悲しい生き物なんだろう…女子の一挙一動にこれほど影響されるなんて!そうだ、ボク今日塾でミキちゃんにどんな顔で挨拶したらいいんだ?家まで来てキモいとか言われたら?塾休もうかな…いや、余計意識しててキモって思われちゃう。ミキちゃんにとって男子からのプレゼントなんて日常茶飯事だよね…)


 ボクが絶望してると、島コンビは不思議そうに急に青くなったボクを眺めた。教室では二人がボクをいじめているという空気が漂う。


「悪かったな…」


 矢島は場の空気に耐えられず小さく謝ってそそくさと席に戻った。小島はいじめ足りなさを抑えて矢島に付いていった。


 ボクがため息をつくと、話したことがない男子が「災難だな。あいつら自分らがリア充だって言いふらしたいんだ、ダセーよな。まあ、あと3ヶ月だし」とボクの席まで来て慰めてくれた。

 そんな風に気を使われるのは初めてで驚いた。いじめられっ子のボクに話しかけてくるクラスメイトは少ない。

 ボクはありがとうと返事したが、矢島達なんて本当に心底どうでもよかった。



 昼休み、同じクラスの陰キャ友達の八木やぎに、女子にプレゼントをしたことがあるか聞いた。


「な、ないに決まってるだろ。卓球クラブでしたクリスマス会で、親が用意したプレゼントをくじ引きで交換したくらいだって」と珍しく八木が動揺して早口で言う。この様子ではお目当ての女子のプレゼントはゲットできなかったのだろう。

 今年は卓球クラブ最後のクリスマスだし、仲の良い千里とプレゼントをやり取りしたと思っていた。

 八木は陰キャで目立たないが、背が高くて眼鏡が良く似合うし頭もいい。小学校に入ってすぐにデブでいじめられていたボクを助けてくれて、ずっと一緒にはぶられてくれた唯一の友達だ。

 千里は明らかに八木を意識しているが、彼が学校で目立ちたくないのを知っているので用事がないと話しかけてこない。


「どうしたんだよぅ?」と興味深々で聞く八木に、「なんでもない」と少し焦りながら答えたボクは、ニヤニヤしながら追及してくる八木をやり過ごした。藪蛇やぶへびだ。



 終業式を終えて皆明日からの冬休みに浮かれている。でもボクの心は午後からの塾のせいでどんよりしていた。

 

(公園でおにぎりでも食べながら塾に行くか考えよう…)


 そんなことを思いながら校舎を出ると、門で軽い人だかりができていた。皆が足を止めて何かを見ているのが原因のようだ。


(新聞かテレビの取材が明日から冬休みで浮かれてる小学生を撮りに来たのかな)


 ぼんやりとコンビニおにぎりの種類を考えていると、


「タカシ君!」と人だかりの中心から声をかけられた。人をかき分けてボクのそばに走ってきたのはジーンズと灰色のトレーナにカーキのウインドブレーカーという薄着のミキだった。




 ボクらは公園のベンチでおにぎりを食べた。


 手が震えておにぎりのビニールを上手くがせない。ミキは初めてコンビニのおにぎりを食べるというので、ボクが見本を見せたのだ。


 しかし、校門でボクがミキと一緒にいるのを見たクラスの皆が目を丸くしていたのは滑稽だった。特に島コンビだ。彼らは声も出ない状態だった。女子に待ち伏せされるなどには無縁だと思っていたのだろう。その上とびきりの美少女ときている。

 確かにこんなに可愛い女子を見たことがないだろうから驚くのも仕方ない。ミキならアイドルに並んでテレビに出ても遜色ない。

 ボクがやっと綺麗に海苔のりをセットして焼きたらこおにぎりを手渡すと、彼女は受け取ってから、


「昨夜はせっかく来てくれたのにごめん…プレゼントと手紙をありがとう。本当に嬉しかった」と頭を下げた。僕は慌てて、


「いや、こちらこそ夜中に家まで押しかけてごめんね。気持ち悪かったたなって反省してたんだ」と答えた。


「ち、違うの!タカシ君病気なのにあんな寒いところで待ってたし、歩いてきたって聞いてカッとしちゃって…それに…あの、私あの恰好だったし…」


「ああ…」


(空手着のことか…ここは『似合ってたのに』とか言ったら怒られちゃうのかな?でも本当のことを言わないと失礼だよな)


「とてもカッコ良かったよ。それにボク、最近病気はかなりいいんだ。少しづつ運動してるしもう薬も飲んでない。だからミキちゃんちまで歩いたのも健康のた…」


「だめだよ、危ないから夜に運動なんてしないで!電話してくれたらすぐにタカシ君の家まで走って迎えに行くから。はい、これ私の電話番号。絶対に一緒の中学校に行こうね!」


 ミキはおにぎりを膝にのせてカバンから自分の携帯番号を書いた紙を渡した。ボクは震える両手でその美しいメモを受け取った。幻覚かと思ったが、ちゃんと紙の手触りがする本物だ。

 最後の秘宝のありかの手がかりをゲットした勇者はきっとこんな気分だろう。


「やだ、タカシ君ったら両手で!坂上さかのうえ家は品がある、ってお母さんが言ってたけど、本当ね」と意外な事を言った。


「違うよ、ボクはウスノロなだけだ。ミキちゃん達はいい風に見過ぎ…」


 誤解は正しておかないと後でがっかりされると思い、焦って訂正した。


「ふふふ、タカシ君って変なの!褒めたのに困っちゃってさ。頂きます!」


 彼女がおにぎりにかぶりつくと、ボクも安心して焼きジャケおにぎりに口を付けた。緊張して少しづつしか食べられないボクを、ミキは面白い珍獣を見るかのように笑って眺めた。彼女はとっくに食べ終わって指を舐めていた。




「じゃあ一緒の中学を受験するのか。良かったなぁ、タカシ」


「うん…人生最悪の日になるかもと思ってたのに、夢みたいだ」とボクはユンジュンに答えた。


「まさに 『The worst is not, So long as we can 最悪だと言えるうちはsay, ‘This is the worst’最悪ではない』ってやつだ。タカシはリア王ならぬリア充だな。まあ、恋愛マスターの俺はこうなるのはわかってた。美樹はおまえを気に入ってたからな」と彼は自慢げに言った。


「な、なんでわかったの?」とボクは坂上家の恋の軍師殿に聞いた。


「初めてうちに来た時、おまえがシューベルトとか言いながら即興で洋楽のアレンジを聴かせたろ?あの時、タカシを見る眼の色が変わったからピンと来たよ」


(マジか…中国人のくせにリア王を引用するほど賢いなんて…それに人も良く見てる。さすが自称恋愛マスター)


 ボクは真面目な顔で軍師殿にお礼を言った。彼がうちに来てから怖いくらいいいことだらけだ。


「ユンジュン、ありがとう。昨夜一人なら勇気も出ずにチャンスを逃してた。兄ちゃんにも帰ってきたらお礼を言わなきゃな!」


 兄と父が帰ってきたら坂上家のクリスマス会がはじまる。

 ボクは手伝うと言ったのだが、母が内緒だからとキッチンを見せてくれない。楽しみで仕方なかった。

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