第11話 偶然の恋人①

「おい、2学期の最終日に校門にいた女の子誰だよ」「親戚?」「青葉小に転校してきた噂の美少女って、あの子だろ?」


 3学期の教室に入るなり男子から質問攻めにされた。6年間でこんなに人に囲まれたことのないボクはめまいがする。


「そ、そうだよ、青葉小の転校生。まだ慣れていないから塾に一緒に行っただけ」と答えた。


「おまえの塾ってめっちゃレベル高いじゃん!頭いいのか?」


「うん、いいよ」と正直に答えた。


 本当の事だ。でも名前や住んでる場所は言わなかった。勝手なことをしてミキに嫌われたくない。


 男どもがこれ以上情報を引き出せないとわかってボクから離れていった。それと入れ代わりで女子がボクを囲んだ。男子とは違う圧にボクは思わず後ずさった。

 代表でボクに尋問したのはやはりサノだった。『一番カワイイ』の地位を脅かされて面白くないようだが、それとボクとは本質的に関係ない。


 しかし女子にそんな理論は通用しないのだ。


「ねえ、フト…坂上君。あの女子とどういう関係なの?名前は?」


 今までフトシ呼ばわりだったのに『坂上君』にはビビった。それほどまでに聞き出したいのだろう。


「…塾で一緒のただの同級生だよ」


 ボクがぼんやり答えるとサノは面白くなさそうな表情になったが、一瞬で笑顔に切り替えた。


「…あのさ、週末にうちで新年会があるんだけど、坂上くんも来ない?手ぶらでいいから」


 彼女は違う角度から攻撃をくりだした。ボクを自分のテリトリーに入れてあれこれ情報を引き出そうというのだ。


「ああ、ごめん。週末は塾だから」


「…ふんっ、フトシのくせに!!」


 怒り心頭のサノの捨て台詞とともに女子がさあっと周りからひいた。ボクは彼女たちを敵に回してしまったようだ。


 ふと振りかえると、矢島と小島が失望も露わに机に座りながらボクを睨みつけていた。どうやら新年会に招かれていない彼らをも敵に回したようだ。

 ボクが小さなため息をついて席に座ると、


「おまえ冬休みでめっちゃ痩せたな」と八木に言われた。


 彼は唯一の友人だ。一年生の時にいじめられていたボクをかばい、それ以来ずっと一緒にハブられてくれている。


「急に身長が伸びてさ」


 受験の為に規則正しく生活していたら一気に身長が伸びた。背骨や関節が痛む夜もある。


 ボクの答えを聞いて八木がニヤリとした。


「島コンビがからかってこないだろ?おまえの方がカッコいいもん。すらりとして顔もしゅっとしちゃってさ。その上国立の中学に行ける偏差値モンスターでピアノも弾ける。いい気味だ」


「ボクはボクだ。中身は変わんないしまた太るかもしれないし」


 ボクがそう言うと、


「やっぱり中身はサカタカだ、変身してビビったけど安心したよ」と八木が笑った。


「前と一緒に決まってるだろ」


 そうボクは答えたが、新学期になってボクの生活はガラリと変わった。生徒はもちろん、先生の態度も違う。やはり人は見た目が9割なのだと実感してやりきれない気持ちになった。




「坂上君、一緒に帰ろ?」


 サノが誰もいない時を見計らって誘いにくるようになった。ボクに新年会の誘いを断られたのに惨めに再挑戦する姿を誰にも見せたくないのだろう。


「あ、学校に塾の友人が迎えに来るから」と断ると、眉間にぎゅっとしわを寄せて、でも顔を整えようと努力しながら苦笑いで「そ、そう…じゃ、じゃあまたね」と手を振って帰って行った。


(ふう…兄ちゃんの気持ちがわかるよ。女子が近寄ってくると意図がわからず怖いな)


 注目される居心地の悪さを感じつつ、門の人だかりに向かった。ボクが近づくと周りがこっちを見て道が出来る。今まで皆ボクのことなんてガン無視だったのに、最近はやたら認知されて困る。ひっそりこっそり地道に生き、官僚のトップに立って国を変えるのがボクの秘かな夢なのだ。


「ミキちゃん、お待たせ。ごめんね、掃除当番だったんだ」

「タカシ君!」


 人だかりの中からジーンズとカーキ色のスタジャンで飛び出してきたミキは相変わらず綺麗で重力を感じさせない妖精のようだ。隣町から走ってきたせいで顔が上気して赤くなっているのが可愛い。とにかく彼女はなにをしても可愛いのだ。

 服も華美ではなくシンプルで上質なものを身に着けている。由樹の趣味だろうが、そういうところも好きだった。

 ボクらが並んで歩きだすと、後ろから複数の大きなため息が聞こえた。



「ねえ、タカシ君。もしだよ?もし、同じ中学に受かったら一緒に学校に通ってくれる?」

「へ…?」


 ボクらが駅に向かって歩いているとミキが尋ねた。

 中学まで遠回りだが彼女の家に寄って駅まで歩き、中学に通うのも可能だと気が付いた。


(っていうか、考えるだけで罪だ!毎朝ミキと登校なんて)


「あ、都合の合う日だけでも…」


 ボクが黙ったので困っていると思ったのか、彼女が慌てて手を振りながら言ったからボクは慌てた。


「いや、もちろん大丈夫だよ。学校に空手部あるよね?ボクずっとやってみたかったんだ。一緒に空手部に入ると毎日一緒に行けるなって考えてた。家に迎えに行くよ」


「ま、毎日っ…?!」


 ミキの頬がほんのり赤くなった。


(や、ヤバい!これはキモいっ?)


「あ、毎日が嫌ならたまにでもいいんだけど…ごめん、キモかった?」


「うんん、嬉しくて!だって、日本に来て初めてできた友達はタカシ君だし。ねえ、前から思ってたけど、なんでいつも自分の事気持ち悪いなんて言うの?全然思ってないし、どっちかと言うと  すきだったり…する」


 彼女の話の最後の方はどうももごもご口の中で言葉を転がして聞き取れなかったが、ボクみたいな男子と一緒にいてもいいと言ってもらえて嬉しかった。お世辞でもだ。


「そっか、ありがとう。ボクもだよ」


 ボクがそう答えると、ミキは耳まで真っ赤になって、


「じゃ、じゃあ私たち本気で頑張らないとね!」と壊れたスピーカーみたく叫んだ。


(え…今まで本気じゃなかったんだ…これはボクの塾で一番の席も危ういな)


 ボクは彼女の言った前半を友達として付き合うと解釈して軽く流し、その後の本気で頑張る発言には大きく動揺した。唯一彼女に勝てている試験の点数さえ怪しい雲行きだ。でもお互いに高め合えるはずと自分を鼓舞した。


「そうだね、二人で合格しよう!あ、そう言えばボク携帯買ってもらったんだ。連絡してもいいかな?」と言って、携帯を出した。ミキはとても嬉しそうに、


「もちろん!いつ買ったの?」と聞いてきた。


「えーっと、クリスマスプレゼントに両親からもらったんだ」


 僕の言葉を聞いて彼女の顔色が変わり、攻めるような口調になった。


「…クリスマスってもう2週間も前じゃない!なんで教えてくれなかったの」


「だって使い方がわかんなかったから…」


 ボクが言い訳すると雷が落ちた。実際は設定が面倒で放置してあった。


「タカシ君のバカ!貸してっ」


 ミキはボクの手から携帯を奪って自分の番号を入れた。でも自分が一件目だと知るやいなや機嫌が治った。


「もう、タカシ君ってよくわかんない。でもそういうとこも好き」


「へ…?」


(好き?)


 ボクは怒っていたミキが一転してそんなこと言うなんて聴き間違いと思って聞き返すと、彼女は赤くなりながら力強く塾のドアを開けた。いつの間にか目的地だった。


「だって私たち恋人でしょ」

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