第17話 女の子が一番セクシーに見える服

 亮平は意気揚々として駅前のコーヒーチェーンの店の中へと入っていき、桃子はその後に続いた。

「おごるお金あるの?」

 ふざけた調子で桃子は尋ねた。二人分のコーヒー代ならたかがしれている。

「あるに決まってんじゃんよ」

 鼻を鳴らしてそう言うなり、亮平はアイスコーヒー以外にもサンドイッチとマフィンを注文した。

 いざ会計となった時だった。亮平は後ろに並んでいた桃子にむかって困ったような顔をしてみせた。嫌な予感がした。

「ごめん、金欠だった……」

 桃子にみせた財布には小銭しか入っていなかった。かき集めてもせいぜい二百円が限度とみて、桃子は亮平を睨みつけながら自分の財布から千円札を取り出し、支払いを済ませた。

「返すから。絶対返すから」

 席にむかうまでの間、コーヒー片手に亮平はそう言い続けた。

 返すから――彩花への借金を踏み倒した男たちが言っていたセリフだった。彼らは少額の借金を重ね続け、もう金が引き出せないとなったところで去っていった。コーヒー代ぐらいいいかと思っていたが、亮平は少しずつ桃子から金を引き出すつもりでいるのかもしれないと考えだすととたんに悔しさがこみ上げてきた。

 一円だって取り返してやる。桃子はケータイを取り出し、コーヒー代を打ち込んだ。

「ねえ、あんたのメルアド教えて」

「何で?」

 サンドイッチにかぶりついていた亮平は不思議そうな顔をしてみせた。

「借金返済の催促したいから」

 コーヒーでサンドイッチを飲み下してしまうと、亮平はテーブルの上に手を出した。

「何?」

「ケータイかして」

「何で?」

「オレのアドレス打ち込むから」

 言われるまま、桃子は亮平にケータイを渡した。アドレスを入力し、自分あてにメールを送信した後、亮平はケータイを桃子に返した。その直後に、亮平のスーツのポケットでケータイが震動し、メールの着信を確認するなり、亮平は食べかけのサンドイッチに再び食らいついた。

「返してくれるまで毎日メールするから」

「うん」

 アイスコーヒーのストローを口にくわえながら、亮平はうなずいてみせた。

「何なら、職場の番号も教えておこうか」

 差し出された名刺には、「五洋株式会社 営業部 大和亮平」とあった。大手のアパレルメーカーで、海外ブランドの日本での販売も行っている。

「いつもうちの店で買うの?」

「セールやってたから、今日はたまたま入ったってだけ」

「仕事、何してんの?」

「文房具メーカーで新商品を考えてる」

「スーツ着ないといけない職場?」

「違うけど」

「今日もスーツだし、買ったのもスーツだったし、クローゼットもスーツだらけだったから、おカタイ職業なのかなって思ってた」

 サンドイッチを平らげた亮平はアイスコーヒーで一息つくなり、マフィンにかぶりついた。

「そういやさ、あのワンピ、着ないの? ほら、クローゼットの奥の方にあった白のワンピ。値札がまだついてたから、もしかしたら一度も着たことないとか?」

 顔が赤くなっていくのがはっきりとわかった。裸の胸を見られた時よりも恥ずかしかった。あのワンピースは人には見られたくないものだというのに、よりによって亮平に見られていたとは。

「あんなガーリーな服、私みたいな女には似合わないと思ってるでしょ」

 自然と語気が荒くなった。口を動かしながら、亮平は桃子の頭の先から足の先までをじろじろと眺めまわしたので、一層桃子は気分を害した。

「あのさ」

 アイスコーヒーを飲み干してしまうと、亮平がようやく口を開いた。

「女の子が一番セクシーに見える服ってどんな服か知ってる?」

「スケスケとか、肌の露出が多い服じゃないの」

 揶揄したつもりだったが、亮平はいたって真面目な顔つきだった。

「意外かもしれないけど、スーツなの」

「うわ、意外」

 亮平のおべっかを桃子は軽く受け流した。

「マジでそうなんだって。スーツって基本、男が着るものだろ? だから基本の形が男の体型にあわせてつくられたものなの。それを女が着ると、かえって女性の柔らかさだとか、きゃしゃな部分が強調されて、女らしくセクシーにみえるんだ」

「ふうん」

 半信半疑で聞いていたが、言っていることはわからないでもない。

「その理論でいくと、女装の男の方がより男らしさが際立つってことになるけど」

「そう思わね? 男がフワフワの洋服とか着ようものなら、男のゴツゴツした体格がかえって目立つでしょ」

「それはそうかもしれないけど、セクシーという点では、女装して男らしさのかえって目立つ男に魅力は感じないけど」

「でもさ、美少年キャラはフェミニンな感じの服を着てるじゃん」

「セクシーではないけど、まあ、確かに。でも、男受けがいいのはスーツよりワンピでしょ。デートにスーツをわざわざ着てくる女の子はいないもの」

「着てきてくれてもいいぜ、スーツ。いいねえ、スーツを脱がしていくのも。セックスってさ、服を脱がせるところから始まるからね」

「セッ!」

 桃子は思わずあたりを窺った。亮平は大きな声を出してしゃべっていたが、幸い誰も気にしてないようだった。あるいは聞かなかったふりをしていただけかもしれないが。

「デートの時に相手の子が着てる服って気になるんだよね。後でどうやって脱がそうかなって。プレゼントの包装紙をむくのと同じ感覚? 破らないようにそっとむくか、はたまた乱暴にびりっといくか」

「こら、女を物扱いするな」

「女もそうじゃね? 脱がしてもらいたいって期待して、デートにはそれなりの服選んで着ていくっしょ」

「そう……かもしれない――」

 耳たぶまで赤くなった。セックスアピールが洋服から始まっているのでなければ、デートの時の洋服選びに悩んだりしないはずだ。ジャージでもいいはずなのに、わざわざ機能性や実用性の欠けるような服を選んで着るのは寒暖をしのぐ意外の目的があるからだ。

「でもさ、本当いうと、どんな服着てもらってきても男にはあんまり関係なかったりするけど」

「どういう意味?」

「男にはさ、特殊能力がそなわってんの。どんな服でも透視してしまえるという」

 亮平は両手の人差し指でこめかみに触れた。

「その能力、空港警備の職でなら役に立ちそうね」

 発情した中学男子のような亮平にむかって、桃子は呆れたようにため息をついてみせた。

「そうはいかないんだなあ。男の体は透視できないから」

「じゃ、ただエロいってだけね」

 桃子はすっと席を立った。

「コーヒー代、きっちり耳をそろえて返してね!」

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