第30話 カプト村
狭い村の家々が、すべて燃え尽きていた。
残っているのは、炭になった柱や焼け焦げた石積みの壁だけ。。
何とも言えない臭いは、おそらく……。
人影のまったく無い瓦礫の跡が、襲撃の激しさを示す。
唖然と身動きできなかったアンリたち。その中から、メリルがノロノロと馬車を降りた。
辺りを見回す顔は真っ青で、色を失った唇が震えている。
「な なん な んで? なん 」
言葉にならない声が、漏れた。
『アンリ。微かですが、人の気配がします。こちらです』
身軽に飛び降りたマダムが、後も見ずに走り出す。
凄く切羽詰まった感じだ。
「ユーリ、ジーナ、ここに居て。マダムが何か見つけた」
「わかった。気をつけてね、アンリ」
「にーに、早く帰って ね 」
不安そうなジーナの頭を撫で、振り返って待っているマダムを追う。
向かっているのは瓦礫の外れにある畑。その向こうに迫る森の中だ。
「酷いな、これ」
薄く凍った畝が乱雑に踏み荒らされ、持ち出したらしい雑貨や服が散乱している。
焦げたり血に塗れていたり、見ているだけで、酸っぱいものが喉に迫り上がった。
『こちらへ。急いでください、アンリ。気配が、希薄になりつつあります』
(え、死にかけってこと? やばっ)
救急救命などした事のないアンリは、テンパって焦り出した。
「ぁ、癒しなら、ジーナの方が 」
ジーナの光の魔法陣を思い出し、足が止まる。
『はぁ⁉︎ 幼い少女に、何を見せるおつもりでしょう……あなたにも、癒しの精霊陣は使える筈……お忘れですか? ……はぁ、これだから 』
たった一言を言い間違えて、どんだけなんだと思うアンリ。だが、考え無しだったと即刻反省する。
「ごめんなさい。そうでした。ワルウゴザイマシタ 」
チラと見上げたマダムの鼻息で、とことん愛想をつかされた気がした。
『行きますわよ』
「 はい。ごめんなさい」
誰かが言ってた。何が何でも、とにかく謝れ、と。。
森の木には、何本かの矢が刺さっていた。
追われていた跡だろうか。
葉をつけたまばらな木々の間に、落葉した低木が混ざる。おそらく実をつける種類だろう。
(雑木林だっけ? )
見失わないよう、枯れた藪を潜ってマダムを追う。
干からびた蔦が分厚く絡んで、垣根のようになった場所へ這い出たアンリは、鼻先にぶつかった物体に腰を抜かしそうになった。
「げっ……」
焦げくさい臭いを纏い、血まみれの遺体が、うつ伏せに倒れている。
『まだ息があります。しゃんとなさいませ! 』
マダムの叱責で、ようやく事態が飲み込めたアンリは、夢中でジーナの光を構築した。
『ユーリカの水と混合すれば、癒しと回復を行える筈です』
「そうなの? やってみる」
右手に水と光の陣を呼び出し、治癒と浄化を意識して重ね合わせる。
銀と濃藍が絡み合って、繊細で美々しい精霊陣が構築された。すぐに左手で複写したあと、倒れている
『フゥゥ。ガサツでございますわ』
「う ごめん」
余裕のないアンリに、随分と手厳しい。
繭のように身体を包んでいる銀藍の幕が、サラサラと風に流されて消えてゆくのを、辛抱強く眺めて暫し。血糊が消え、傷も綺麗に修復された身体が現れた。
「うん。男でよかった」
ほとんど裸で、焦げたボロ布を着た男を、アンリはそっと仰向けに転がす。
意識のない濃いヒゲ面は、最近見たなと気がついた。
『あの時の、狩人ですか』
「やっぱり? なら、カプト村のタンザって名乗った人だな」
酷い火傷と切り傷だったなと、改めて思う。
マダムの言う通り、ジーナやユーリカには見せられない。
「運ぶの、大変だ」
アンリの身体は少年で、タンザは上背のある大男。細身ではあるが、背負って歩くのは難しい。
躊躇するアンリの頭上で、六種類の光が飛び回った。
『今こそ、お役に立ちますわよ』
『そうですわ』
『出番ですわね』
『丁重に、運びましてよ』
『ていちょうに? 』
『ええ。丁重に、ですわ』
姦しい会話が頭に響く。
頼もしいのやら、ただただ目新しさに騒いでいるのやら。。
「まぁ、よろしく頼むわ」
『お任せあれ〜』
わちゃわちゃと騒ぎながら、宙吊りにした男を運んでくれる。その間ずっと、黄色い声が頭に響いた。結構な時間だったが、無難に黙っていようと思う。
失言すれば、マダムのキレキレなお小言が飛んでくる。
(うん。 ちょっと 随分 やかましい な)
焼け跡に帰ると、馬車にはユーリカとジーナしか見えない。
とりあえず、アンリが寝床に使っている馬車の
マダムが塔から取り寄せた厚手のローブを着せ、着替えは頭元に置く。
「にーに。この人、知ってるよ? 」
後ろから覗き込んでいたジーナが、ちょっと得意げに胸を張る。
「そうか。ちゃんと覚えていて、偉いぞ」
妹の賢さに、兄バカ丸出しだ。
「あ。メリルさん、帰ってきた」
馬車の後方扉を開けて外を見ていたユーリカが、声をかけてくる。
寒いから閉めておくよう言ったのだが、メリルを心配するユーリカは、一向に聞き入れなかった。
放っておくわけにもいかず、アンリは外に出る。
絶望した顔で辺りを見回し、トボトボ歩くメリルを、少しだけ可哀想だと思った。
アンリと目が合うなり、スカートを握りしめて悔しそうに唇を噛むメリル。
俺が何をしたんだと、問い詰めたくなる。が。。
「生き残りの男を保護した。知り合いか確かめてくれ」
押しのける勢いで入ってきたメリルに、イラッとなるアンリ。それでも息を呑んだメリルが声もなく泣き出すと、頭が冷えた。
「おにぃちゃん おにぃちゃん」
動けずに立ち尽くすメリルをそっと押し出してやると、眠っているタンザに縋りついて嗚咽を漏らす。
『ゆっくりしている暇はありません。まずはここを離れましょう』
襲撃された村に、襲った者が帰ってくるかどうか分からないが、離れた方が無難だろう。
「分かった」
念の為、ひとりで御者席に着いたアンリは、静かに馬車を走らせ始めた。
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