福本葵(45) 元恋人

「こちらとしてはとても助かりますが、本当によろしかったのですか?」

「声かけてきたのは刑事さんの方でしょ。私も、あの人には申し訳なく思ってることがあるから」

「申し訳ないこと?」

「来たそれ、相手の話を引き出すやつ。しかも、そのままオウム返しするだけ」

「ああ、すみません。自然と出ちゃうものでして」

「いいの、冗談。申し訳ないなと思ってるのは、結婚話を私が断ったこと。私たちは結構本気だったんだけど。事情があって――、そうだね。それを話さなきゃいけないわけよね」

「お願いします」


 出会ったのは、私の職場だったかな。新しく入って来たのに人と距離を置いてたみたいだったから気になってさ、私から声をかけたんだったと思う。そしたら、「派遣はすぐにどっか行くから付き合いを作るのは違う」だとか言って。仕事はみんなで協力するものなのに、変な人でしょ。そんなこんなで仲良くするようになってたら、いつの間にか交際してた感じかな。一緒に暮らしてた時期もあった。でも、そろそろ結婚してもいい年になってきたころ――そうね、ちょうど二十年前ぐらいに、あの人の仕事がなくなっちゃったわけ。派遣切りってやつだよね。うん。そしたらあの人から、別れようって。お前の人生が一番大事だって……。あ、すみません。……はい。それから、私はあの人と会うことはなかったです。


「辛いことを思い出させてしまったようで……」

「いえ、私こそ結局はあの人に何もできなかったから。これくらいはなんてことないでしょ。それに、……『金を燃やせ』だったかな。私はあの言葉の意味がなんとなく分かるような気がしてたの」

「なるほど。福本さんはどのように考えてるのですか?」

「お金が嫌いなんじゃないかな、と思ってる。だから燃やそうとした」

「どういうことですか? 話を聞く限り、彼はお金を必要としているように感じましたが」

「うーん、そうなんだけどね。刑事さんがそのことをもっと知りたいと思うなら、他の人から話を聞いたほうがいいと思うよ。高見さんとか」

「どんな人ですか?」

高見真治たかみしんじ。あの人の友人ね。高校生からの友達らしくて、高校卒業してからもあの人と時々飲みに行くような間柄だったはず」

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