第5話 忘れ去られた集落


 突然の侵略行為により、僕の暮らした領地は乗っ取られてしまったし、味方となるのは何ら力を持たない領民のみである。

 だが、僕が存在すること自体が、生き残った領民の負担となる。

 僕を匿った時点で、かなりの危険を犯しているのだし、もしも僕が見つかったなら、ただでは済まないだろう。


 そのため、先祖からの言い伝えの場所を目指してこの地を去ることにしたのだ。

 その場所は、はるか昔に祖先が暮らしていた場所だ。

 温泉がある、のどかな所らしいのだが、そこに行けば何かが変わるのだろうか?

 それとも領地を取り返すための力になってくれるのか?

 本当に存在するのかさえわからない。

 場所の存在を含め、色々と謎だ。

 

 僕は、言い伝えの土地を求めて、山の中をさまよっている。

 もう、何日目だろうか?

 土地勘のない山の中で、兵士から聞いた野営の知識を使ってなんとか生き延びていた。


 


 

 僕は自然環境から得られる知恵を数多く知っている。

 屋敷にある本はほとんどが古書で、聞いた事が無いような豆知識の詰まった本ばかりだった。

 僕は字が読めるようになってからは、暇があるごとに読みふけり屋敷の古書全てを完読したのだ。

 そこには、便利な生活具や美味しい料理の事が書かれているものが多く、内容としては偏っているがかなり専門的な物が多かったのである。

 だが、僕の目指す土地に関しては、何の資料もなかったし、耳にすることさえなかった。

 ただ、祖先から言い伝えらてた伝承だけが存在していたのだ。



 そして、この高い山脈を苦労して越えたのには訳がある。

 我々一族に何かあれば、そこを目指すように領主代々語り継がれていたからなのだ。

 母からは、国王を頼るように言われたのだが、今の状況だと王都を目指すのは得策ではない。

 生き残りだと名乗り出れば、確実に暗殺されるだろう。


 地図を見ながら学習した限りでは、匿ってもらったあの村を出た辺りから先は誰も住んでいない未開地となっているのだが、元々は我が先祖一族が住んでいた土地なのだ。

 そしてそこには、里に残った先祖の子孫たちが今も暮らしているはずだ。




 シオンは領主を継ぐ者として、この隠れ里の事を教え込まれていた。

 今は途絶えているのだが、そこに人が残り住んでいて祖父が領主だった頃まで密かに交流していたらしい。


 地図の上で未開地となっているのは、公式に認めたくない何かがあったのだと思っている。

 シオンは、その地を訪ねて一族の結束を固め、味方になってもらうつもりでいた。


 我が領地からその土地へ向かうには、高い山脈を越えなければならず、道無き道を進むしかない。

 そこは領地的にも我が領地と違う事になってしまっている。


(まずは我が一族の隠れ里を訪ねて、協力を願いたいが上手くいくのだろうか?)


 そう考えながら急な斜面を歩いていると、落ち葉によって突然足を滑らせ、斜面の下へと落下した。


「うわっ。ヤバっ」


 ガツンと頭に衝撃を受け記憶が途切れる。


 どのくらい気を失っていたのだろうか?

 気がつくと斜面の途中の木に引っかかっていた。

 かなりの高さを滑り落ちたようで、見上げても元の場所が見えない。

 幸いにも骨折や捻挫などの兆候はないが体中が少しヒリヒリする。

 後で調べてみると体中擦り傷だらけになっていた。


 この勾配では元の場所へ戻るのも一苦労だろう。

 早めに隠れ里へ辿り着きたいのだが。


 山の中をしばらく進むうちに方向がわからなくなり、道を探して彷徨っていると小川を見つけた。

 ここからは、小川の流れていく先を目指す。


 人が住んでいるなら、川沿いに行けば何か人の痕跡が見つかるはずだ。

 もし、この川沿いに人がいなくても、最終的には海へ出るはずなのである。

 人の痕跡が見つからず海に出れば、隠れ里を探して海沿いを調べていけばいいだけなのだ。

 そう思うと気が楽になる。

 ウダウダ考えているよりも、先に進むべきなのだ。




 慣れない山の中を歩き続けて数時間経ったと思う。

 どれだけ進もうと変わり映えしない景色に、だんだんと不安になるのだが、気を引き締めて先へと進む。


 すでに心が折れそうだが、ここで立ち止まったら負けだ。

 せめて暗くなる前にこの状況を打破したい。


 歩き続ける間、何も口にしなかったためか喉が渇いてきたのだが、今までみたいに湧き水がみつからない。

 かと言って、側を流れる川の水を飲むわけにはいかないのだ。


「生水を飲むのは微生物などがいて危険なのだ」といらぬ記憶は覚えている。


 おまけに腹も減ってきたのだが、この辺りでは食べられる野草も見つからない。

 小川沿いの道なきところを登って降りてどれだけの距離を来たのだろうか?

 やっと景色が変わり、山の起伏も穏やかに変わって来た。

 小川だった川幅も広くなってきたし、流れも穏やかになってきている。

 もうすぐ、平地に出るのかもしれない。




 それから約1時間、少し開けた平地に出るとやっと道の跡らしきものを見つけたのだが、随分長い間放置されたのか、かなり荒れている。

 ここまで辿ってきた川には橋脚だったと思われる石が均等に対岸まで並べられているが、橋の面影はそれだけだ。


 人の痕跡を探していなければ、それを道だとは思わなかっただろう。

 とりあえず、この川と反対側へ向かう道の跡をたどる事にした。


 しばらく進むと、村を囲った石造りの壁だけがシッカリと残っている廃村へとたどり着いた。

 人の住まなくなった建物は、かなり痛んでいる。

 それに道はここで途切れていた。


(もしかしてここが目的地なのかな?)


 そう思ってみたものの、よく観察してみると言い伝えの隠れ里とは明らかに違う。

聞かされていた隠れ里は、温泉地だったはずだ。




 どんな理由で廃村になったのかはわからないが、今はここがありがたかった。

 一人ぼっちで山の中を彷徨っていれば、人の住んでいた事実だけでも心の支えとなる。


 さすがに空腹に耐えられなくなってきたので、食物をはないかと辺りを探すと、以前は畑であったであろう場所を見つけた。


 そこに野生化した大根がまばらにあるのを見つけ、地面から数本引き抜いて収穫する。

 葉はところどころ虫に喰われているが、肝心な大根の部分はきれいなものだ。

 それに野生化していても、原種のように硬くて食べにくい感じはしない。




 収穫した大根は白く太く素晴らしい出来だ。

 とりあえずは、大根一本の泥を落とし、生で齧って飢えをしのいだ。


「シャリッ。サク。サク。サク。」


「あー。美味いっ。生き返るぅー」


 腹の減りに勝てず、大きく口を開け、思いっきりかぶりつく。

 空腹で限界だった腹を満たす一口に、思わず唸り声を上げてしまう。

 果物のナシのような食感とともに、口の中にジュワッと広がるジューシーな水分の甘味。

 噛むほどに後から来る大根の辛味。


 生の大根がこれほど美味しいものとは思わなかった。

 夢中で皮ごと1本丸々食べきると、流石に腹一杯になる。

 おかげで少し元気になった。




 廃村に戻り、崩れかかったカマドのうち使えそうなところに火を起こす。

 今やろうとしているのは、木切れをこすりつける摩擦熱で種火を作る原始的な方法だ。

 村を出るときに持っていた火起こしの道具は、いつの間にか無くなっていた。

 多分斜面を転げ落ちた時に落としたのだろうと思う。

 火魔法も使えるが、細かな制御ができないので、もし火起こしに使えば確実に火事になるだろう。


 そんな事で不慣れな上に、乾いた木片のへこみに木くずを入れ。木の棒をそのへこみに充てがって両手で揉むように擦る。

摩擦熱で火をおこす有名なやり方なのだが、根気と体力勝負となるのが欠点である。

この火起こし用に持った小枝が滑るのでかなり苦労したのだが、なんとか火を得る事ができた。

 火を起こすために小枝を挟んでいた手はパンパンになり、もう力が入らない。

 二度とやりたくない作業だ。




 『パチッ、パチッ』と時折爆ぜる薪の火を見ていると何だか安心する。

 それに、見知らぬ場所で夜にさまようのは危険だ。

 もうすぐ日が暮れそうだし、今晩はここで野宿する事にしたのだが、疲れていたためか、すぐに意識が遠のいた。


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