第3話 魔法少女のお留守番

 朝食を食べ終えたアリスは食器をシンクへと入れて、家の中を眺める。

 朝の会話の中で、様々な家電製品を扱い方を聞いた。その一つがテレビである。隆が言うには遥か遠くで撮影された内容が映し出されたり、記録された映像が流れるらしい。原理についてはイマイチ、理解が出来ていないが、魔法であれば、遠隔投影のような技術であろうとリモコンのボタンを押す。

 テレビの画面が変わり、朝の情報番組が流れ出した。

 「人が・・・なるほど、投影されているのか・・・」

 アリスは興味深げにテレビに見入る。

 番組の内容は主婦向けの極ありふれた内容であった。しかしながら、そこに次々と流れて行く情報はアリスにとっては刺激的で驚きに満ちていた。

 「凄いな。これがこの世界か・・・魔法じゃ、まるで歯が立たない」

 アリスはただ、驚くしか無かった。

 興奮しながら、テレビを見ているとあっと言う間に時間が過ぎて、すでにお昼を過ぎていた。

 アリスは冷蔵庫から弁当箱を取り出す。そもそも冷蔵庫自体も彼女にとっては驚きであった。魔法で冷やす事は出来たが、常に冷やし続けようとすれば、それだけで、魔法使いがずっと魔法を掛けてないといけなかった。

 「勝手に冷やし続けるとは便利な・・・」

 弁当箱を食卓に置き、アリスは楽し気に蓋を開く。

 「そう言えば、隆はこの棒で器用に摘まんでいたな」

 アリスは箸を眺める。見よう見真似で使おうとするが、上手くいかなかった。

 「ナイフとフォークで十分だ」

 アリスはフォークで厚焼き玉子を突き刺した。

 食事を終えて、アリスはテレビを見ようかと思ったが、不意に外に興味が湧く。

 「ふむ・・・確か、乾燥がそろそろ終わっているとかって聞いたな」

 アリスは洗濯機を覗きに行く。洗濯機を開くと、中にはすでに乾いた自分の服があった。

 「確かに・・・良い匂いがする。しかも乾いている。少し生乾きっぽいが・・・」

 自分の服に着替え、アリスは玄関から外に出た。

 「鍵を掛けるんだったな」

 アリスは預かった鍵で玄関に鍵を掛ける。

 「ここは街か・・・家が密集している」

 住宅街を眺めつつ、自分の居た世界とは大きく違う風景に興味津々で見て回る。

 「この柱は何だ?さっきから等間隔で建てられており、なにやら紐のような物が何本も掛けられている」

 空を眺める黒衣の少女。

 「あの・・・君・・・」

 声を掛けられ、アリスはそちらを振り向く。そこに居たのは自転車に乗った警察官だった。

 「ここで何をしているのかな?」

 警察官は笑顔でアリスに尋ねる。

 「ふむ・・・お前は誰だ?」

 アリスは不愛想に尋ね返す。

 「えっ・・・あの警察官ですが・・・あっ、本物だよ。ちゃんと。ほら、警察手帳」

 警察官は慌てて、警察手帳を開いて、身分を証明する。

 「警察官・・・悪いが、字はまだ、読めない。言葉は不思議と解るのだが・・・その警察官と言う単語は私の知識と照らし合わせる事が出来ないようだ。何をする者だ?」

 アリスの言葉に警察官は動揺する。

 「あぁ、外国の・・・そうか・・・日本語は喋れるんだね。そうねぇ。警察官ってのは治安。治安って解る?」

 「治安。国家などが自国内において秩序や安全などが守られる事か?」

 「あぁ、そうそう。それをやっている職業だよ」 

 「そうか。軍人や警吏みたいな役人って事だな」

 「役人・・・公務員だからそうか」

 「お前が私に声を掛けたのは解った。それで何の用だ?」

 アリスは無遠慮に警察官に問い掛ける。

 「あぁ・・・うぅ、苦手だな。あの・・・ここで何を?もしかして迷子?」

 「迷子?いや、家はそこの武藤だ。ちゃんと迷わないように確認しながら歩いているから安心しろ」

 「はぁ・・・何で空を見ているの?」

 「ふむ。この柱が何なのか知りたくてな」

 「電柱ですか?」

 「電柱・・・なんだそれ?」

 「あぁ・・・電線を空中で通す為の柱だよ」

 「電線・・・?」

 「あの線・・・あれが電線」

 警察官は電線を指で示す。

 「あれか・・・あれは何のための線だ?」

 「電気が通っているんだよ」

 「電気・・・!電気って、あのテレビや洗濯機を動かしているヤツか?」

 「あぁ・・・そうだね」

 警察官はあまりの少女の驚きに困惑するしかなかった。

 「電気があんな線を通っているのか・・・魔法のように空中から得られるわけじゃないのか・・・なるほど・・・」

 「電気を知らなかったの?」

 「あぁ、さっき、教わったばかりだ。あまりに便利な機械を動かすので、どんな凄い力かと思っていたところだ」

 「はぁ・・・そうなの」

 警察官は困惑しながら、そろそろ、逃げ出したいと思っていた。

 「お前、なかなか物知りだな。気に入った。私の質問に答えてくれ」

 「か、勘弁してくれ。僕も業務があるから」

 慌てて、警察官は自転車を立ち漕ぎして、逃げて行く。

 「ふむ。あの乗り物・・・凄い便利そうだな」

 自転車を眺めながら、アリスは物欲しそうにする。

 「魔法が使えないのは確かに不便だな。浮遊の魔法を使えば、空から眺められるのに」

 アリスは嘆息しながら、歩き続ける。

 住宅街の近くにあるコンビニへとやって来た。

 「ほぉ・・・店か・・・」

 アリスはコンビニに入ろうと自動ドアの前に行くと、突然、自動ドアが開く。それを見て、アリスは驚いて、後退りする。

 「勝手に開いた・・・何だこのガラスの扉は・・・」

 驚きながらもそれが無害では無い事はすぐに解るので、恐る恐ると中に入る。

 「いらっしゃいませ」

 カウンターではアリスの変な動きを見ていた女性店員が苦笑いをしながら、挨拶をする。

 「う、うむ」

 明らかにおかしな人を見る目を感じて、アリスは少し恥ずかしさを感じる。

 「これが・・・この世界の商品か・・・何だか・・・凄いな」

 アリスの世界で店と言うと、肉屋や八百屋など、殆どが食材や加工品を売るだけの店ばかりである。店先に商品が裸のまま、置かれているのが普通で、コンビニのように整然と陳列されている事は無く、そもそも、全ての商品が箱なり袋なりに納められている事にも驚いた。

 「買ってみたいが・・・価値がよくわからん。そもそも・・・金貨が使えるのか?」

 金貨自体は金である事は間違いが無いが、当然、貨幣としては別世界の物であり、この世界で通じるはずが無いことはアリスでも理解が出来ていた。

 「仕方が無い。買うのは隆と一緒に来てからにしよう」

 店内を興味深げに見て回った後、何も買わずにアリスは店を出た。

 たった1時間の散歩であったが、アリスにとってはあまりに膨大な新しい知識があり、頭の中で整理するだけでもいっぱいいっぱいで、疲労感を感じながら、家に戻る。そのまま、居間のソファに身を投げ捨て、彼女は昼寝をしてしまった。


 夕方、隆は急いで、家に帰る。扉を開けて、居間へと行くと、そこには寝息を立てるアリスの姿があった。

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