伝説の靴、テイクアウト!

@ooba-tempura

第1話 帰還72時間前

魔王を倒し終わっても、エンドロールは襲ってこない。


「勇者、死体処理どうする?」

「一応お墓作ろうか、腐ったら面倒だし」


異世界転生というトンデモ展開から幕を開けた魔王討伐ツアーは、血の匂いを振り撒きながらクライマックスを迎えている。


ほんの少し前まで死闘を繰り広げていた化け物は、既に命を天へと還していた。遺された毛むくじゃらの肉体は、私が放った魔法の名残でぶすぶすと青い炎を燻らせている。この生々しい現実を片付けない限り、私たちの旅は終わらない。


「その火いつ消えんの?消えないようなら雨乞いの舞とかいる?」


後方で様子を伺っていた踊り子のミイナが、洞窟の天井を指差しながら問いかける。


本来ならば地下深くにあるこの場所も、魔王との戦いで崩落に崩壊を重ねた結果、なんと青空が見えるようになってしまった。暗澹たる王の秘境と言われた洞窟は、夢のようにあたたかな光を静かに受け入れている。


「これなら雨も届きそうだね。カミサマのゴイコウもこうして届いてるわけだし」

「全然ありがたそうじゃないけど何か文句あんの。雨が嫌なら踊らないけど」

「雨はどうでもいいけど神様は別に。有難いなんて思ったこと一度も無いし」


高い場所に切り取られた青空を見上げて、盗賊のタイシが目を細める。申し出を雑に扱われたミイナはわかりやすく機嫌を損ねて、近くにあった魔王の尻尾、その細切れをタイシの方へと蹴飛ばした。


「は? 何蹴ってんの汚いんだけど」

「だって人がせっかく雨乞い」

「はい2人とも、お喋りはいいけど手を動かしましょうね! 触れるとこからアイテム探索終わらせないと王様待ちくたびれちゃうからね!」


勇者がパンパンと手を叩いて場を収めにかかる。ミイナとタイシが口喧嘩して勇者がなだめる、この光景は飽きるほど見てきた。魔王倒しちゃったからもう見納めだろうか。あと何回見れるのかな。考え始めるとしんみりする。


死体処理そっちのけで想像にふける私をよそに、勇者はてきぱきと指示を出していく。


「ミイナ、雨乞いは止めておこう。沼が増水したらここを出た後面倒になる。タイシは神様に聞こえるところでそういうこと言わない。変な世界に飛ばされるぞ」


もう飛ばされてるからここにいるんだろ、と小声で文句を言うタイシを無視して、勇者は私の方を見る。都合の悪いことを綺麗に無視できるのは、こいつの持つ特技のひとつだった。


「リコッタ、この炎を消してもらえるかな」


つけた人間なら消せるよね。にこにこと笑う勇者に頷きを返す。杖を静かに構え直せば、タイシが魔王の死体からそっと距離をとった。相変わらずいい感覚を持っている。


魔法の有効範囲は、さっきタイシが立っていた場所ぎりぎり。この勘の良さはタイシの特技だ。いつも助けられたなあ、と思い出を振り返りながら詠唱を始める。


「其は希望、闇の彼方より出し我が心の寄辺」


この呪文を教えてもらったのは何年前だったっけ。大魔女ティルリレス……舌噛みそうな名前を持った偉大なる師匠のおかげでここに立っている。もうこの世にいないから、お礼を言うこともできないけど。


「汝に名を与えよう」


意志を込めて呟けば、天井に空いた穴から光が一筋が降りてくる。あれは天使のはしごって言うんだよ、そう教えてくれた姉弟子も随分前に天へと還った。


善良な人間であった姉弟子が、神様に会うために登ったであろう美しいはしごは、細い一筋から揺らめく帯へ、大きさを変えながら魔王の死骸へ降りそそぐ。閉ざされた洞窟の陰鬱さは、もうここには無かった。


「汝の名は氷、希望灯す神の道標なり」


ふわりと光の粉が舞う。


杖の動きに導かれるようにして、天使のはしごが崩れていく。ほろほろ落ちる光の粒はやがて氷の塊となり、青い炎に焦され続ける魔王の死骸へ積もっていく。

炎を取り込んだ氷はちかちかと瞬いて、とろけるように消えていった。


炎がすべて消えると、辺りの温度は少し下がったようだった。頬を撫でる風が随分涼しくなって、心地いい。


勇者はやる気に満ちていたけど、魔王の大きな死骸を私たち4人だけで埋めるのは正直無理だ。でもこれだけ気温が下がれば、人手を募って改めて埋めに来るまでの間、腐らず死体が残るはず。


「相変わらず綺麗な魔法だね」

「当然。師匠譲りだから」


きっと見納めだね、と笑う勇者は少し寂しそうだった。別れの気配に心を揺らしているのは、私だけじゃなかったらしい。


役割を終えたものは天へと還っていく。それがこの世界の掟。

私が継いだ魔法は名前を通して役割を……世界の掟を与える偉大なものだ。決して悪用してはならないと、師匠は何度も言っていた。


「本当はそう何度も見ない方がいいんだよ、こんな強くておそろしい魔法は」


これは自分にとって都合のいい役割を押し付ける魔法。世界の掟を捻じ曲げると言ってもいい。あまりにも強い魔法だから、師匠は最後の最後まで、私の歩く道を心配していた。


だけどこうして世界の平和に役立ったなら、師匠も安心してくれるだろう。心の中でそっと、師匠へ手を合わせる。


「その恐ろしい魔法でガンガン前衛張ってた奴は誰だっけ」

「楽しそうに爆発させるわ毒物撒くわ、本当におそろしい魔法だったね」


タイシとミイナがてきとうなことを言っている。師匠、あいつらのことは気にしないでください。所詮後衛の戯言です。


青い炎が消え去って、魔王の死骸を埋める気満々な勇者の肩を叩く。この人は放っておくと1人でも地面を掘り始めそうだから、早めに釘を刺しておかなければ。


「王都に戻ったら応援呼んで埋葬するよ。今は呪いに転化しないようにだけ……」


すればいいよね。

最後まで喋り切る前に、言葉が萎んで消えていく。私の言葉をさらったのは目の前の光景、その異質さだった。


魔王の死骸が、消えていく。

小高い丘のように大きな体、それを守るように生える縄にも似た体毛、生臭い血液、その全てがほどけるように溶けて風の中へと巻き込まれていく。


個体も液体も、大小も清濁も無い。

魔王というものを形作っていたものが、ひとつひとつ丁寧に、溶けてほどけて消えていく。命が今まさに、解体され始めていた。


似た光景はここに来るまで何度も見てきた。人や家畜、花や草木に至るまで、役割を終えたものたちが神様のもとへと還る様。ほどけるように天へと召される、役割を果たした命たち。


「……魔王も還るときは綺麗なんだね」


ミイナが感慨深そうにため息をつく。


「ていうか魔王でも神様は召してくれるんだ。ふところ広〜」

「広〜、じゃないよ。俺は今恐ろしくてならないけどね」


天へと昇る光の風をぼうっと見上げるミイナとは対照的に、タイシは顔の険しさを増す。  


「魔王にも役割があったんだろ。それがどういうことか少しは考えてみろよ。この世界の掟は」

「タイシ、もしそうだとしても」


勇者が珍しく、固い声で口を挟む。


「そうだとしても、俺たちが出来ることは何も無い。俺たちの役割は、ここで終わるはずだから」


諭すような声でそう言った後、勇者は半分以上を召された魔王の死体に向き直る。


「どうか安らかに。次の目覚めでは希望に満ちた生を賜りますよう」


形だけではない、心からの祈り。

それに応えるように優しい風が一度吹き、魔王の死体を大きく解かしていった。


「こんな奴に安寧なんか有るかよ」


吐き捨てるように言って、タイシは消えゆく肉体を睨みつける。


「命を壊したくて生きてたような奴はな、世界が変わったところで幸せになんかなれねえよ」

「タイシ荒れてんね。何?暗い過去とかあった?」

「無いよ。無いけどこんな奴に人生振り回されたと思うと無性に腹立つ。俺の知らないところで死んでくれればよかったのに」


毒づきが止まらないタイシに、ミイナは困った顔で私と勇者を見た。その反応が新鮮で、そういえばミイナは知らなかったな、とひとり心の中で納得をする。


タイシは魔王を倒したくなかった。

でも倒さなければならない事情があった。


魔王を倒せば私たちは元の世界に帰ることができる。そういう約束だったのだ。でもタイシはこっちの世界で恋人を作ってしまった。そして魔王を倒さなきゃならない事情も背負い込んでしまった。


「……この旅で一番辛かったのはタイシかな」


事情を知る勇者にだけ聞こえるように呟けば、同じような音量でそっと返事がやって来る。


「みんな辛かったよ。でもタイシは辛いことと同じくらい幸せなこともあったから、余計に苦しいんじゃないかな」


落とされた言葉に、そうだねと同意する。

にしても勇者はいいことを言う。幸せだったから余計に苦しい、だなんて。元の世界に帰ったら僧侶か教師にでもなった方がいいんじゃないか。


確か、勇者はまだ大学生だったはず。学部とかそういう話をした気がなくもない。帰る前にもう一度聞いてみようかな、と考えていると、ひとりタイシの事情を知らないミイナが不思議そうに首を傾げて口を開く。


「まあねえ、魔王が死ぬかあたしたちが死ぬかだったし、そんなことゴチャゴチャ言ってもこういうことになんの最初から決まってたわけだし。嫌ならじゃあ何で魔王討伐隊に入ったかって話になるわけよ」

「ミイナ、ごめん今は黙ろ」


早口で遮れば、ミイナは大人しく口を閉じて困ったように眉を下げた。今それは一番言っちゃいけないやつ、だけど何も知らないからしょうがない。


タイシが怒ったらフォローしよう、と構えていたけど不思議なことにタイシは何も言わなかった。反論するにはあまりにも正論すぎたのかもしれない。黙ってうつむくタイシがなんだか、とても寂しそうに見えた。


タイシを後で慰めておこう。ミイナにはちょっとだけ事情の説明をしよう。せっかくここまで来たんだから、最後まで気のおけない4人のまま、仲良くカーテンコールを終えられたらいい。


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