2. SAUDADE



その一. SAUDADE(郷愁、憧憬、思慕、切ない気持ち)




誰か問う人気絶えたる路のさき燃える地平に十字架クルスの立つ見る


一日を境と匂う梅の白こぼれる風をぬって帰ろう


妄想とひとは言うもの抱きしめて何処まで行くのからの世界を


泣くばかり器あふれる苦しみを持ちあぐねてはただおろおろと


後ろ手にくくられ還る道すがら獄吏迷わずただ愛を説く


夕焼けよあれがおまへの辿り着く最後のそらと告げる聲あり


泣きごとを被ってどこまで行くのかとさとすおまへがいにしえにいる


手繰るなら望郷路を戻りつつくびにからんだ愛の鎖を


サウダーデいかに還って行くべきか今世の前に生まれた家へ


茜色、鴇色ときいろあかく西に落ちゆれる野草は惑うほかなし


翼たて照日ここから飛びたつをとどめる雲を繋ぐ黒い手


逃げ出すととっくに決めた春の日にこころ惑わす陽の色ひとつ


飲み過ぎだおまへはこの世を知りすぎて酔えど切られぬ生家重たく


さよならを言えどけむたき嘘つきのこころ冷たく日は傾くか


けむり立つ野辺の後ろに懐かしく夕焼けこやけ耳にのこりぬ






その二.  LA NIEVE(雪)




えがきたい白い世界をつかまえて果てなきものを切り離しても


ひらひらと別れの予感降り積めて離さぬものはただ劫火なり


白いからこころ余れてここにいる叫ぶ言葉を綴る術なく


母が死ぬ父が倒れる明日にやひとり眺める雪はせつなく


あおじろく氷のえのぐを塗りこめてやさしき声の死に神と見る


天架けて惑ひ消えゆく真っ白にこの冬ならば死ぬも愉快な


待ってなよこの雪こそを最期にと瞼の裏の桜雪かな


音もなく白き微笑みたたえたる庭ああこの色に我がきえゆく


の雪を仕舞いと決めていなくなるそんな一期の夢もうれしき


さよならを何時かみずから問うならばこんな冷たい白い日がいい


窓の外雪があんまり白いから目を離せずにひとり爪切る


なにもないが心根を見たように夕べの雪は寄れてつれなく


儚いね飢えた内臓まっしろに塗り直してよ灰になるまで


からっぽの家横浜に独りいて汽笛さみしく深雪みゆき待ち侘ぶ


いつかまた白い破片にうずもれて見渡すばかり涸れた野に臥す


融けのこる雪や氷や踏みしめて友垣つどう遠い春より


涙落つ軒を見上げて青空を恨んで融けるなごり雪かな






その三.  VICTOIRE(勝利の女神)




さよならは世紀末をも飛び抜けて女神おまへを星といふらむ


千年紀駆ける女神のまぼろしを曠野こうやの縁でいまもまだ逐う


人の子よ今日に生まれて明日へと伸ばすかいなに血管青く


咳込める木枯らし落ち葉朽ち木いろ何処へ行こうか空はてなく高く


駆け抜けて両手で手繰る新世紀あと幾日で生まれかはるや


薄墨の朝の空気を肺に入れ留めておこうか春になるまで


紅い頬バケツに見つける水鏡さむさ厳しさなつかしき日よ


あお高く瞼はわすれぬ思い出よ音も匂いも声もこころも


自分だけこの時代にや腐れ生く美味しきときを忘れられずに


ながれゆく一人この世を恨みつつ朝の光に砕け散る我


いつか死ぬ朝が来ないと泣きわめく何が出来たか終を知らずに


おまへには自分という今終になく船縁つかんで哭くが哀れよ


あなたには覗くすべなき井戸の外空は果てなく海に架かるを


ときが来るハルダハルダと花を待つ青い匂いに何を遇わそう

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