プロローグ 『最強の村人②』

 恐怖は人を無口にする。だが、大きすぎる恐怖は人を饒舌にする。その大きすぎる恐怖に耐えかねたのだろう、背が高い方の盗賊が叫びだした。


「………ありえねぇ…………ありえねぇよこんな事‼」


 盗賊はパニック状態で腕を振り回している。炭化しきった森を見て、氷に囚われた魔物を眺め、隣の盗賊と顔を見合わせ、そしてまた俺の顔を見た。


「サラマンダーブレスもアイスコフィンもS級スキルのはずだ! なんで村人が2つもS級スキルを持ってんだよ!」


 背の低い方も、高い方に当てられて叫びだす。


「しかも、しかもよ、スキル同時発動なんて聞いたことねえ! どうなってんだこいつは! 」


 うるさく驚き出すので、俺は頭をかき、苛立ったように言う。ああ、面倒だ。


「何でもいいだろ。ほら、どけよ」そのまま俺は足をすすめた。


「ちょ、ちょっと待て!」


と、背の高い方の盗賊が、腰が抜けた奇妙な立ち方で道―――もはやそんなものはないのだが―――を阻んだ。


「お、俺たちだってA級盗賊だ!いくらこいつが意味不明だろうと、二人でかかればいけるかもしれねぇ!行くぞ!」


「そ、そうだな…!S級スキルを連打したんだ!こう見えても疲れてるに決まってる!お、俺たちに敵はいねえ!」


 無駄に好戦的な性格なのだろう。盗賊たちはここまでしてなお向かってくるようだった。


「はぁ………面倒なことになった」


 俺はこれみよがしにため息をついた。


「俺だって人は殺したくない。君たちがどいてくれれば俺としては解決なんだが、どうしてもだめか?」


 最後通告のように二人に言い放つ。二人にだって戦う理由がないのだから、ここで引いてくれると助かるのだが。


「う、うるせえ!おい、何かされる前にやっちまえ!」


 だが、盗賊たちは全く聞く耳を持たなかった。俺は頭を振って、そんな二人の姿を哀れんだような目で見た。


「ふぅ……………仕方ない。格の違いを教えてあげよう」


「――――なっ!?まだ何があるのか!?」


「落ち着け!魔力はもうほぼ切れてるはずだ!バリアさえ張ればいいだろう!」


 二人は一歩下がった。おそらくスキルダメージ軽減バリアか何かを準備しているのだろう。


「無駄だってことも知らないで、ね」


 聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で、ボソリとそうつぶやいた。

 そして、二人に今度は大きな声で語りかけた。


「そういえばさ。壊したり殺したりするスキルはありふれていても、直すスキルや、蘇生するスキルは非常に貴重だってこと、知ってるよね」


「それがなんだってんだよ!S級司祭でもない限りそんなことは出来ないなんてガキでも知ってらぁ!」


「うん。知ってるならそれで良い」


 俺は微笑みを作ってまた右手を掲げた。二人が今度は引かないことを見ると、バリアを張るのは終わったらしかった。流石にこの速さはA級盗賊なだけはある。スキルレベルもかなり高そうだ。普通の村人なら、相対した時点で命はないだろう。


「ふん。今更どんな攻撃してこようが効かねえぜ!さあ覚悟しろクソガキが!」


 よほどバリアに自信があるのだろう、氷の間をぬっていきなり襲いかかってきた。


「………可哀想に」だが、俺は余裕ぶってスキルを発動した。


「リペアフィールド」


 にわかにあたり一面に強烈な光が立ち込める。黒ずんた森も、固まった生物たちも、全てその光に包まれる。


「ぐおっ!何だぁ!」


 かつて経験したことがないだろうその眩しさに、男達は叫びながらしゃがみこんだ。


その一瞬後。目が慣れた盗賊たちはゆっくり目を開け、そして地にへたりこんだ。


「「な………………?」」


「格の違いは分かったか?では通らせて貰う。二度と村人を襲うなよ」


 そう言うと俺は二人の間を悠々と抜けて森の中の道を進んでいった。後には腰を抜かしたまま木々の中にぽつんと二人残った男たち。


 炎と氷で破壊されてしまっていたはずの森は、光に包まれ、まるで何事もなかったかのように再び青々と生命の活動で輝いていた。輝く朝露が、男たちをからかうかのようにきらめいた。

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