第七課 対決 その1

 午後4時かっきりだ。

 俺は指定された荒川の河川敷にある児童公園にやってきていた。

 いや、午後4時、というのは正確ではない。厳密にいえば午後3時30分だ。

 

 公園に面した土手の上に寝転がって、ゆっくりと煙草を・・・・いや、シナモンスティックを咥え、そのほろ苦い香りを口の中一杯に楽しんでいた。

(こういう時、煙草を喫えると格好がつくんだがね)

 天気はいい。抜けるような青空とはこのことを言うんだろう。


 俺は暢気に二本をゆっくりと齧る。

 懐かしいねぇ。

 え?何がだって?

 昔を思い出すってことさ。

 

 昔話は嫌いなんだが、この一件に関わって、妙にセンチメンタルになる。

 ガキの頃、俺は良く喧嘩をしていた。

 一番多かったのは中学時代だ。

 こっちから売ったことはない。

 全部買った喧嘩だ。


 理由なんかない。

 単に俺が自衛官の息子だった。それだけだよ。

 学校の中でやったこともあったし、ここと同じような公園に呼び出されたこともあった。

”どっちが勝ったって?”

 勿論全部俺が勝ったよ。

 しかしどんな場合でも、悪いのは俺にされた。

 誰も味方なんかしちゃくれない。

 何しろ、

”平和教育万歳”の時代だからな。

 そしてその後決まって俺は保護者(こういう時に来るのは決まって親父だった。)も呼び出されて、教師センコウと、喧嘩相手の親に囲まれ、説教と嫌味の嵐だった。


 親父は何も言わず、黙って頭を下げ、俺も同じようにした。

 処分が下されたのは決まって俺だけ、相手は何を言おうとお咎めなしというわけだ。

 下らんことを喋ってしまったな。

”小人閑居して不善を為す”とはまさしくこのことだ。

 暇な時間が続くと、人間てのはロクなことを考えやしない。やだやだ。


 気が付くと、30分経過していた。


 頭の上で足音と、人の話し声が聞こえる。

 俺が寝そべっていた土手の上は遊歩道になっていたのを忘れていた。


 上体を起こして声のする方に頭を向ける。


 歩いてきたのは四人、いや六人だ。

 ガラの悪そうな、中学生にしては身体のデカい男が二人、カマキリのように痩せた中背が一人、そして際立って背の高い、色白で目つきの悪いのが一人、ニキビだらけの背の低いのが一人・・・・それから彼らに囲まれるようにして、歩いてきたのが俺の愛弟子、関新一だった。

 身体のデカい二人は学ランではなく、空手衣に黒帯を締めており、道場の名前の縫い取りがしてあった。


 背の高い目つきの悪いのが、恐らく連中の陰のボスであるところの、景山亮という奴なのだろう。


 俺は土手の近くにあったスレート葺きのポンプ小屋の陰に隠れ、様子を伺う。ヘッドバンドを嵌める。

 先端部分には、秋葉原で手に入れた米軍御用達の高性能CCDカメラが取り付けてあった。


『さあ、始めようじゃないか?新一くんよ?』


 キツネ目の景山が嫌な声を出して、デカブツ二人に合図を送った。

 二人も同様に、嫌な笑いを浮かべ、両手の関節を鳴らし、デモンストレーションのつもりなんだろう。蹴りや突きなどを披露している。


 新一はそれを見ながら、黙ってボタンを外し、学生服を畳んで、傍らの草の上に置いた。

『おい、関、お前随分落ち着いているじゃないか?これから自分が何をされるかわかってるんだろうな?』

『分かってるよ』

 彼は答える。まったく気負ったところはない。

『まったく、いつからそんな偉そうな態度がとれるようになったんだ!』

 キツネ目が嫌にヒステリックな高い声を出す。

 彼は何も答えない、両手をだらりと下げ、ワイシャツの襟と袖を楽にする。

『よし!やれ!』

 景山が合図をすると、空手衣のデカブツが進み出た。

”いい、頃合いだな”

 俺はカメラを付けたまま、土手を降りた。

『ちょっと待った!』

 俺の声に、全員がびっくりしたようにこちらを振り向く。




 

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