ドsなアクマは爽やかに笑う

第5話 図書委員

「いやあ、いつも通りうまいっすねユキの飯は!やっぱ朝は味噌汁に白ご飯。これぞ家庭の味ってやつっすかね!家族団らん最高っす!」

「今まさにその団欒に盛大に水をぶちまけてるんだけどね。君。」

 

 いつも通り冷ややかなアクマさんの視線を浴びながら温かな家庭の空気に浸る朝。


「味噌汁お替り貰っていいすか!それとユキを俺にくださ――」

「人の愛娘を「あ、キャベツも一緒にいいですか?」みたいに貰ってこうとすんじゃねえガキがぁ――!!」

「ぐほぁーーっ!!」


 作戦その267。「サラッと日常の会話に織り交ぜる小粋な作戦」も失敗に終わる。

 やはりこういう小細工は俺には向いていないようだ。


「誰がキャベツよ、誰が。」

 同じテーブルにちょこんと座るユキにもあまり響いてはいない。味噌汁とプロポーズはセットだと思っていたが。


「ごめんね姫ちゃん。ササっと千切りにして静かにさせるからね?」

「千切り?野菜ならもうサラダがテーブルにあるっすよ?」

 手をしならせ空を切る音を鳴らしながら近づいてくるアクマさんとじりじりと距離を取りながらテーブルの周りを回る。


「鬱陶しいってば二人とも。ほら貴くん、そろそろ準備しないと間に合わなくなるよ?」

「む!それはまずい!温かな家族団らんも名残惜しいが、これ以上通知表に悪い事を書かれるわけにはいかねえ!」


「君を団欒に加えた覚えは無いよナイトくん。それと君、”欒”って字わかってないでしょ?」

「そんなことねえっすよお義父さん!”Run”でしょ!余裕っすよ!」

「・・・3人4脚でもするつもりなの?」


 それはそれで楽しそうだが・・・その話で盛り上がっていては本当に遅刻しかねない。

「その練習はまた今度な!行くぞユキ!今日も新たな一日が俺たちを呼んでいる!気合入れてくぜぇ!」


「今日は一段とうるさい・・・それじゃパパ、行って来るね。」

「あぁ~~行くのかい、姫ちゃん、、、!本当に・・・ほんっとうに気を付けるんだよ!?」

「わかったから・・・本気でウザいよパパ。」


 抱き着き追いすがるアクマさんがユキの一言で真っ白に燃え尽き玄関に横たわるのを見届け外へ出る。

 季節はいつの間にやら夏。もうすぐそこには夏休みが迫っており3年の俺には「進路」という名の魔王が立ちはだかっている季節である。

 

天候は快晴ときどき槍。どこからともなく飛来する槍を受け止め学校へと向かう俺たちだった。そして、事件はまたも帰り道に起きるのだった――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「やんのかこの野郎?」

「・・・・・・・・・・・」

 顔面相対距離5㎝。いわゆる「メンチを切る」と言うやつだ。


 ぶっちゃけ俺はよく絡まれた。最近では俺の気合の入りようが噂になったのか滅多にいなくなったが、少し前まではヤンキーの大バーゲンセール。

 ひとたび街を歩けばまさに入れ食い状態だった。


「在庫処分はお呼びじゃねえんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 こいつっ、、!俺の渾身の「根性メンチ」に無反応だと、、!?


 何ともおいしそうな名前だが、最近ではこの一撃で大概のチンピラは恐れおののくと言うに・・・


「あの・・・・」

「あぁ!」

「僕が・・・見えてるんですか?」


「当たりめえだろうが!5㎝の距離に顔があんだぞ!?どれだけ巧妙に隠れたウォーリーでも見えるっつうの!」

「そうなんですね!見えるんですね!!」


 さらに気合を入れ「ネオ根性メンチ」へと昇華した俺の視線もどこ吹く風。

 なぜか目の前の彼はとても嬉しそうに俺に抱き着いてくる。

「やった!やっとです!やっと僕が見える人に会えました、、、!」


「いや、、、!普通に見えんだろ・・・はっ!」

む。待てよ。もしやこいつは・・・


「貴くん鈍すぎ・・・やっと気づいた?」

「ああ。中々見事だったと言わざるをえまい。だがしかし!俺の「根性サーチ」からは逃れられんぞ!お前、もしや――図書委員だな?」

「「は?」」


「はっはっは!とぼけても無駄だぜ!いやぁまさか本物がいるとはなぁ!」

 噂には聞いたことがある。トイレの花子さん、魔の13階段、走る骨格標本etc・・・どの学校にも存在する七不思議のひとつ。


 それがこの度遭遇した「誰にも気づかれずいつの間にかいる図書委員の子」だ!

「そうか・・・辛い人生だったな・・・だが安心しな!俺に見つかったからにはもう安心だ!俺がお前を根性の入った「どこにいても見つかる図書委員の奴!」に進化させてやる!」


 景気よく目の前の図書委員の背中を叩く俺を見て心底残念なものを見る目でユキが見つめて来る。

「ほんっっっっとにバカ・・・」

「えっと、、、。あの・・・」


「うちのバカがごめんなさい。で?どうしたの?」

「あ、いえ。大丈夫です。」

「いま”うちの”っていったか!?なあ!?」


「前言撤回。バカは一人で十分だからうちでは飼えないわ。ごめんね貴くん。」

 小躍りする俺をよそに謎の図書委員とユキが話始める。


「あなたも何か未練でもあるの?あたしに出来ることなら協力するけど?」

「未練・・・と言うほどのものは無いと思うんです・・・」

「じゃあどうしたの?」


「おいおい、ユキ!何バカなこと言ってんだよ!未練って。幽霊でもねえのに・・・あ。そういうことか。」

「まさか幽霊相手に”人生”を語った奴にバカ呼ばわりされるとはね・・・そういうことよ。」


 どうやら目の前の図書委員は人間では無かったらしい。今回は極まれにあるおれにも見えるタイプのやつという事だ。一体何が俺とこいつのどこに親和性?ってやつなのか分からないが。


 俺がこういったことを経験するようになって色々と知ったことがあるが、俺のように霊感の無い人間が幽霊に出会った時。相手側に「俺は幽霊だ!どうだ?怖いか!!?」という意思表示がない限り実は見分けがつかない。


 そしてそういった意思表示をこの間のケンちゃん同様、悪意が無く大した害も無いそうだ。


「いちいち話が逸れてごめんね?それで一体――」

「あ!よく見りゃお前の制服うちの1年じゃねえか!やっぱり委員会は図書い――」

 突き刺さるようなユキの視線に一旦口を閉じる。これ以上話の腰を折ると次に折れるのは俺の腰の可能性がある。


「だ、大丈夫ですよ。噂通り、鳥栖先輩って面白い方なんですね!」

「そう捉えてくれて助かるわ。で、未練が無いって言ってたけど?」

「はい、そこで悩んでいるんです。」


 これも聞いた話だが、幽霊として存在している連中には必ず何かしらの「未練」なるこの世にとどまりたい理由があるらしいのだ。

 というか、それが無ければ基本的に自動成仏コース。天国への強制送還になるらしい。


「未練が無いなんて有り得んのか?」

「あたしも初めて聞いたわ。前のケンちゃんみたいに細かいところを忘れていることはあるけど。」

「ご迷惑おかけしてすいません・・・」


 むう。と三人で頭を抱える。

「おい、図書委員(仮)。何か心当たりとかも全く無えのか?」

「それがまったく無いんです、、、。この世に無理やり留まってまでしたかったことなんて全然思い浮かばなくて。」


「なんかあるだろ?本の整理とか、借りてた本の返し忘れとか。」

「あの・・・とりあえず一回図書室から離れませんか?」

「じゃあ好きな作家の新作の発売日とか?」


 言い終わると同時に後ろからユキに頭をはたかれる。

「もう黙ってて。とりあえず自己紹介もまだだったわね?あたしは――」

「知ってますよ!鳥栖 貴志トリス タカシ先輩と安久間 幸姫アクマ ユキ先輩ですよね?」


「さすがは俺!これだけ根性入ってるやつなんかおれ以外に居ねえもんな!」

「根性・・・かは分からないですけど、『ナイトと姫』ってみんな噂してましたよ?」

「貴くんと一緒にされて噂されるなんて、内容は想像したくないかな。」


 何やら悩まし気な表情で少し俯くユキ。

「どうした?体調でも悪いのか?」

「ちょうど今頭が痛くなったとこ。ま、いいわ。それであなたは?」


「はい!僕は本田 善好ホンダ イヨシです!ちなみに図書委員ではないです。」

ホンダイヨシ。ホン、ダイスキ。


「・・・もうそこまで来たら図書委員であれよ。」

「こればっかりは貴くんにちょっと同意。話しの流れに悪意すら感じるわ。」

 何とも期待に応えてくれない図書委員(仮)にはガッカリしたがそこは後にしよう。


「じゃあ話しを戻すけど。ちょっと答えづらかったらごめんなさい。本田くんはなんで亡くなったか覚えてる?」

「覚えていますよ・・・普通の。といっていいのか分からないんですけど、交通事故でした・・・」


「・・・ああ。ケータイのニュースにも載ってたな。」 

「貴くんニュースとか見るんだ?」

「主に相撲のニュースをだがな!」


 相撲。裸一貫でぶつかり合う漢と漢の戦い。あんなにも気合の入った競技がほかに――いや、この話はまたにした方がよさそうか。


「えーっと・・・確かこの辺に・・・」

「消費税増税・・・中学生飛び降り自殺・・・パンダの子供・・・あ。あった。これね?」

『運転手居眠り運転。歩道に突っ込み3名重傷。地元の高校生が意識不明の重体。』


「それです。結果はご覧の通りかと・・・」

 何とも言えない表情で笑う図書委員(仮)。

「そう・・・辛かったわね・・・」


「あ!そんなに気にしないでください!訳も分からないままって感じだったので、苦しいとかは全く!確かに、お母さんやお父さんには申し訳ないなあとは思うんですけど、、、。」

 そう言うとまた彼は少し寂し気に、心配を掛けまいと笑顔を浮かべる。 


「おい、善好(仮)。」

「いや、なんで(仮)なんですか??」

「うるせえ。俺はまだお前が図書委員(真)である可能性は捨ててねえ。それよりも・・・」


「いや、その可能性は捨てて下さ--うわっ、、!」

「お前は大した漢だ。この状況で”笑う”なんて気合入ってんじゃねえか。図書委員だったとしてもお前は間違いなく「誰にでも気づかれる根性の入った図書委員」だ!」

 なんとなく、目の前の漢(真)を撫でてやりたくなった。


 本当は「泣いてもいいんだぜ?」とか言って抱きしめたやる方がいいのかもしれないが。無理してでも笑っている奴にそれはとても失礼な気がしたのだ。


「突然なんですか!?」

「うるせえ。黙って撫でられてろ。」

「ほんとにバカなわりにそういうとこには気が回るよね貴くんって。」


「別に気づかいとかじゃねえよ!これはあれだ。母性ならぬ兄性だ。」

「聞いたこと無いですよ・・・」

 文句を言いつつも撫でられ続ける善好。


 これが、俺の高校生活でも印象に残る「思い出」の第1章の幕開けだった。

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