不運な姫とド根性ナイトとアクマさん。

不運な少女の特技

第1話 10000回目のプロポーズ

「おはようございます!!娘さんを俺に下さい!!」

「生言ってんじゃねえぞ、くそガキが――!!」

「ぐっはああぁああ!」

 毎朝のように頬に平手を受けおれは宙を舞う。


 軽やかに宙を舞う俺は鳥栖 貴志トリス タカシ。周りからは下の名前をもじって『ナイトくん』と呼ばれている。

 身長181cm79㎏のA型。満18歳の4月2日生まれ、情熱的で勇敢な牡羊座だ。


 今、俺を吹き飛ばしたイケメン紳士風の男性が安久間 亜門アクマ アモンさん。

 普段はニコニコと人当たりが良く、とても穏やかなのだが娘の事となるとあまりに人柄が豹変するので巷ではアクマさんと呼ばれている。

 ちなみに186cm76㎏B型。満41歳の5月19日生まれの石頭な牡牛座だ。


「二人とも暴れないで。」


 朝食を守りながら、埃が立つことを気にしている彼女はアクマさんの娘。

 安久間 幸姫アクマ ユキ。小さくかわいらしい容姿とその名前から『お姫ちゃん』の愛称で親しまれている。


 身長152cm42㎏Bカップ・・・もといA型。俺の一つ下で今年17歳になる12月6日生まれの明るい射手座だ。そして、俺の思い人でもある。


「二人ともご飯冷めるよ?」

「ああ、ごめんよ姫ちゃん。さあ、食べようか?」

「パパその呼び方やめてってば。」


「なんで?いいじゃん!俺は合ってると思うけどな!」

 いただきますと手を合わせてテーブルに並べられた朝食に箸を伸ばす。


「姫ちゃん、ゴ〇ジェットどこにあったかな?すごく大きなGが紛れ込んでたみたいだ。」

「俺にまかしてくださいっす!薬なんか無くても、Gなんて俺が叩き潰してやりますよ!!」

「そうかい?じゃあ今すぐにマンションの屋上からノーロープバンジーをしてくれるかな?」


 口いっぱいに卵焼きを頬張りながら首をかしげる。

 なぜG出現とバンジーに関係が??

タカくんにはストレートに言わないと伝わんないよ、パパ?」

「そうっすよお義父さん!!言いたいことはハッキリ言わねえとダメっすよ!」


 アクマさんはニッコリ笑うとようやく見つけたゴ〇ジェットを俺に向ける。

「まず君にお義父さんなんて呼ばれたくないんだが?」

 噴霧されたゴ〇ジェットの霧を俊敏に避けながら焼き鮭を一口。


「もう!貴くん行儀悪い!」

ふまんすまん!だが男には負けられねえ戦いってのがあるんだ!」

 鮭が口に残るうちに白ご飯を口に含む。――やはり朝は和食に限る。


 これが俺のいつもの風景。


 こんな日常が普通になったのはすでに12年も前の事だ。

5歳の時に隣に越してきたユキに、俺は一目ぼれした。よく、保育園や学校の先生が議題に上がるが、俺の場合は隣の家の女の子だった。


「ぼくとけっこんしよう!」

 挨拶もせずにそう言ったことを自分でもよく覚えている。

「なに言ってんだこのガキゃあ―!」

 そして五歳の俺はアクマさんの平手で宙を舞ったのだ。


 それ以来、毎日。下手をすれば日に二度や三度とプロポーズしているわけだが今のところは一度も成功には至っていない。


 時には6階までよじ登り窓から侵入し、時にはドアをぶち破り。雨にも負けず風にも負けず。だが、義父ちちには勝てず・・・


「何度言ったらわかるんだい?僕の目の黒いうちは何度来ても結婚なんて認めないよ?だって姫ちゃんは僕と結婚するんだもんね~♡」

「え、気持ち悪い・・・」

 愛娘の一言で真っ白に燃え尽きたアクマさんを眺めながら味噌汁をすする。

・・・お、出汁が変わってる。またうまくなってるじゃねえか・・・


 そして俺はこの『お義父さん悪魔』を倒さねば話は先に進まないと思い日々精進しているが本日で記念すべき10000回目の敗北を喫したのだ。


 腕相撲に徒競走、マラソンに町内野球大会にカラオケに睨めっこ。はてはカバディに至るまで一度も勝ててはいない。

 日々筋トレにいそしみ、空手やボクシングなどメジャーな格闘技もやっている。


 いつ、どんな危険がユキを襲ったとしても守れるようにがんばってはいるのだが、お義父さんの方が強い以上まだまだ先は長そうだ・・・

「それじゃあ姫ちゃん気を付けて行って来るんだよ?ちょっと癪だけど、僕がついていてあげられない以上姫ちゃんのこと頼んだからね?ナイトくん。」


「うっす!͡この身に代えてもいかなる危険からもゆきを守ってみせるっす!!」

 いつかは認めてもらえるように、今日も一日根性決めて頑張ろうじゃないか。


「今日もいい天気。ね、貴くん。」

「おいおい、お前がそういうことを言うと・・・」

 先ほどまでの晴れ模様だった空がたちまち曇天に。そして謎のゲリラ豪雨。

「あぶねえ!」


 予想通り。準備していた折りたたみ傘を勢いよく開きユキにさす。

「ふぅ。今日もしっかり気合入れてかねえとな!」

「ごめんね。いつもありがと。」

 豪雨に打たれながら「気にすんな!」と笑ってみせ登校を続ける。


なにせこの程度で挫けているようでは今日という日すら乗り切ることはできないだろう。


 安久間 幸姫。彼女については”かわいい”や”頭がいい”など色々語ることあるのだが。あえて特筆べき点は二つ。


 一つ目は、神がかって運が悪い。名前の「幸」という字が嫌味かと思えるほど徹底的に悪いのだ。


 水溜りがあれば必ずと言っていい程車が横を通り、鳥のフンは的確に彼女を狙い、角にぶつけた小指の回数は数知れず。

 その度に俺はユキと車の間に割って入り頭上には常に厳戒態勢。数多のタンスの角にやすりをかけ丸くしてきたものだ。


 彼女が頭の悪いおれと同じ学校に通うハメになったのも、試験当日に会場へ向かう途中、困っている妊婦さんを3人助け迷子の子供を4人交番まで送り届けた。

 挙句、電車は人身事故で止まっており交通事故によりバスは来ず。


 会場にたどり着くことなく試験当日を終えてしまった。本当に運が悪いのだ。

その上お人好しで困っているはほっておけない質。


なので俺は、いつ妊婦さんを3人担ぎ迷子を4人抱っこすることになってもいいように日々筋トレを欠かさないのである。あと、根性も身に着くし。


二つ目は――

「あ!雨やんだ。」

「通り雨だったみてえだな。今度からは星座占いだけじゃなく天気予報も常にチェックしとかねえとな!」

「パパも貴くんも心配しすぎ。もう子供じゃないんだし。」

「バカ野郎。ユキの場合少しの油断が本当に命とりなんだぞ?もっと気合い入れねえとダメじゃねえか!」

 

 ふくれるユキをたしなめながらびしゃびしゃになった服を絞りつつ学校へと向かう。


「お、ナイトとお姫様の登校だぞー!毎日毎日ほんとがんばるなぁ、お前。」

「バカ野郎!そんな軽いノリでトマトジュースなんて持って近づいてくるんじゃねえ!」

 校門近くで出会った同級生を絞りたての制服を振り回し威嚇する。


「わ!お前びっちゃびちゃじゃねえかよ!やめろ!つめてえ!」

「いきなり紙パックが破裂したらどうする。ユキに近づくときには徒手空拳でかかってこい。」

ちなみに余談だが「徒手空拳」は俺の扱える数少ない四字熟語の一つだ。

「おまえは達人か何かなのか?そもそも破裂なってするわけねえじゃん?」


 全くこいつらは・・・ユキの運の悪さをなめるんじゃねえ。

 経緯はどうあれ、汚れるもの系はユキをめがけてくるように設定されてるんだよ!

「貴くん・・・恥ずかしいってば・・・」


 服の袖をひっぱりユキにもやめるように促される。しかし、断じて油断するわけにはいかないのだ。

「言ってるそばから!」

 振り回していた制服をユキの頭上に広がるように投げ、見事カラスのフンをシャットアウト。 


「ちっ。ちょっと飛べるからっていい気になりやがって・・・俺だっても少し気合入れりゃあ――」

「それは無理だよ貴くん。」

 こいつは今日も長い一日になりそうな予感がするぜ。


 鼻をクイっと親指で払い少しカッコつけ気合を入れなおす。

 ようやく多くの試練を乗り越え俺たちは校門をくぐったのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 あっという間に時間は過ぎ去り時刻は放課後。カラスが鳴くから帰る時間だ。

「・・・199・・・200」

 俺は校庭の端の鉄棒で日課の懸垂にいそしんでいる。 


「お待たせ。ていうか、毎日毎日待たなくていいんだよ?」

「ユキ一人でなんて帰らせられるわけねえだろ?待ってるこっちの身にもなってくれよ。」

 帰って来た時にはズタボロになったユキを想像するだけで気が気じゃない。


 というか無事に帰ってこれる気がしない。

「俺が一緒に帰りたいっていうのもあるしな!まあ、ユキが本気で嫌だって言うなら陰ながら見守るパターンに変更するが・・・」

「そのうちパパと一緒に通報されるよ?別に嫌なわけじゃ無いけど・・・やっぱり申し訳ないなって。」


 少し俯き加減にもにょもにょする彼女の頭を撫でながら笑いかける。

「んなこと気にすんな!それにお義父さんにも頼まれてるしな!」

「もう!撫でるならもうちょっと優しく撫でてよ。」


 小さいころから一緒なせいか、ユキは俺にとって初恋の人でありながら『妹』のような存在である。

 しょげていたり、落ち込んでいるときにこうするのが癖になってしまっていて今でもつい癖でやってしまう。


 スキンシップが激しい男は嫌われると雑誌か何かで見た気がする。そもそもこんな軟派なことするのは俺の理想とする『漢』じゃねえ!

「やっぱりまだまだ気合が足りねえな、、、。」

「また何かバカみたいなこと考えるでしょ?ほら、帰ろ?」


 少し前を歩きだしたユキの後を追いおれも歩きだす。

「待て待て!前を歩くな!もし目の前に地雷原が現れたらどうすんだ!?」

「地雷は現れて無いから効果があるんだよ貴くん・・・」


 最近かわいそうなものを見るような目で見られることが増えた気がする・・・

 こうやって人は、大人になっていくんだな。俺は悲しいぜ。


「やっぱりまだまだ日が暮れてくるのは早いね。」

「そうだな~。温かくなってきたって言っても四月だからなぁ。」

 ほのぼのと会話をしたりしなかったり。そんな感じで帰路を歩く。


「・・・どうしたの?」

少しの沈黙のあと突然のクエスチョン。

「いや、どうもしてねえぞ?」

 視線を移した彼女は俺の方ではなく2.3m離れた電柱の影の――虚空に話しかけていた。


「あ、そっちか・・・」

 先ほどトマトジュースの危険に対処していて言いそびれたが彼女の特筆すべき点その2。


 安久間 幸姫は・・・幽霊が見える。

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